第40話 深夜校内

 風成は蛍光灯が使えないことと、誰かが外出した隙間があることを2人に伝えた。


 微かな月光と校外の街灯だけがたよりの廊下。3人は一つ空気を飲み込んで自然と密着しながら部屋を出た。


 一歩一歩が重く、動作も鈍くなる。百得は持ち前の“演技力”で気丈に振る舞う。


「とりあえず一階に行こう! 先生がいるはず! その道中あの子が見つかればいいんだけれどねっ」


 スマートフォンのライトも3人とも不調を起こしつかなくなっていた。次々に恐怖心を煽る現象が起こっているが、それに負けじと踏ん張る元気を与えるプロアイドル


 階段に近づいたところで、妙に外部から照らされた場所を風成は見た。

 そこは本館とつながる渡り廊下。夜は防犯のためにしまっているはずのもの。


「まさか、本館に行ったのか?」


 風成の足取りと一緒に止まった2人は奥が真っ黒でわからない渡り廊下を見つめ、冷や汗をかいた。


 深夜の不気味な広い建物内を歩き回ると考えるとさらに足がすくんでいく。麗奈も、全く体が動こうとしないのに強がりの言葉が口から放たれる。


「私たち先輩だから、探しに行かないとね。怖くない。怖くないはず」


 前に行こうとするたび胸が激しく高鳴る。頭が割れそうなほど痛く、冷たい汗が幾度なく体をなぞる。

 自分たちの早くなっていく呼吸音だけに意識を持っていかれそうになったとき、慌ただしい足音と共に知った人の声が恐怖を払った。


「お前ら、一旦止まれ!」


 何人かの人影の中から、一番小柄な少年・亜信が風成達の元に駆けつける。


 緊迫した状態のため取り繕うことを忘れた風成はつい、彼の苗字を初めて読んだ。


「波、くん」

「あー、こりゃだいぶあぶねー感じだったな。現状説明と指示を出すからまずは落ち着け」


 彼女たちがいつもの態度を見せるまで、彼は3人と自身の背後にいる男子生徒の間に立ち続け、それぞれが余裕ある様子を確認してから、一番互いの顔が見やすい渡り廊下の真ん中に皆を集めた。


 マリード、カレッド、純平、村上、想生歩はそれぞれ消極的な態度で亜信の元に近づく。特にカレッドが放つ風成への敵意に染まった表情はさらに場を悪くする。


 そんな彼を制止するかのように亜信は鋭い眼光をちらつかせる。以前ベールが逃げ出すほどの邪気を放っていたことを覚えている炎の魔法使いは渋々目を瞑り自身を落ち着かせた。


「これで話はできそうだな。直球で言うぞ、俺たちは校内を出られないし俺ら以外は絶対起きない。さらに言うとこれ解決しないと多くの合宿参加者は廃人確定」


 唐突に告げられたことにより誰もが疑いや混乱を浮かべる。


 説明を納得してもらう方法を考えるため少し唸り声を上げてから、隠していた自身の力を話すことにした。


「ほら、俺ってさ“悪意”を向けられたり感じたりしたらその対象に“不幸”を招く体質じゃん。実は結構明確にわかるんだわ、誰がどんな“悪意”を俺に向けるか。その“誰か”は感じ取れる。

 つまりね、感じ取ったわけ。俺含めた合宿参加者みんなに向けられた犯人の悪意を」


 話を続ける前に、亜信は自身の言うことを否定せず、しかし他言せず、指示を受け入れ遂行することを約束させた。


 この不気味な現象は生き霊──誰かの強い念や想いが霊となったものが起こしている。それもいくつもの生き霊が一つとなりとても強力な悪霊となったものだ。

 この悪霊は『学校生活を楽しんでいる人全てに向けた妬みや恨み』の念でできており、宿参加者皆に牙を向けた。

 今目を覚ましている生徒達は『念への耐性』がある人、またはその人物とより近い人である。耐性持ちは亜信、風成、想生歩。


 話を進めるため想生歩はどこか不機嫌な様子で補足をする。


「波先輩の言う通りっす〜。廻郷先輩は無自覚みたいだけどぉ、なんとなくわかりまーす。そーいう力を持つ人たち同士は」

「そうだな。あと、耐性とは逆に『念と合う』子も存在する。花成乃ちゃんがこれ。彼女は悪霊に招かれて校内に行ってるぜ。そのあとは念に取り憑かれるか一体化するか、だ。こうなっちまえば間違いなくその子は狂人化する」


 亜信は一息ついて、解決法を告げる。


「生きてる人に及ぼしてるほどの“力”は発動しないけど、俺はここでみんな守っておくさ。花成乃ちゃんを校内で探してこい。風成、想生歩くん、会橋で。同性が1人はいた方がいいだろう? それに想生歩の体力のなさ、会橋ならサポートできる。  

 いざって時は、条件が揃ったら悪霊払えるだろ。情報屋なら、オカルト対策案の一つや二つ、な?」

「⋯⋯っ」


 珍しく顔をしかめた想生歩。大きく息をついたあと、風成とマリードの手を取り、校内へ誘導する。


「行きましょー、先輩たち。だいじょーぶ、おれは特に耐性あるから、精神攻撃はカバーできるよぉ。でも悪霊本体には絶対触れないようにねぇ」


 その言葉通り、風成は先ほどの恐怖心が静まっていた。体もいつものように動く。もしその悪霊に襲われても対応できる自信がある。

 巻き込まれたマリードも危険人物の少年とした約束のため反故できず立ち上がり、学校の対人用の性格を演じながら2人と共に歩き出した。


 去り際、先輩達より一歩前を歩いていた彼はぼそっと呟いた。


「こじつけ、嘘か。かつてのおれならば⋯⋯」


 その一瞬は異なる雰囲気と言葉遣いであったため、風成たちは空耳かと思い特に意識せず横に並んだ。



 本館は不気味なほど光がない。2メートル先の空間を把握できればいい方だ。


 一番夜目がきくマリードは2人に手がかりや光景を伝えていく。


 妙に響く3人の異なる足音、不自然に体に触れる風により、風成の脈は早くなる。無意識に自身の寝巻きを指で幾度とくしゃくしゃと触った。


 ずっと歩いてきた感覚が芽生えるほど数分が長いと感じ始めた途端、マリードが想生歩の手を引っ張り、声を上げた。


「明らかに人とは思えないものがこの先にいる! 廻郷、走るぞ。はぐれるな」


 いつも気配に敏感である彼女だが、この校内ではその感覚が低下している。複数人のうめき声のような音を聞いてやっと実感が芽生えた。


 離れるため走り出した3人の背後を追うように影は手を伸ばしていく。


『羨ましい! お前らだけ楽しそう! 許せない!』


 走って、階段を駆けて。


 それでも影は執拗深く3人の後を追う。


 体力が限界を訴えかける寸前、彼らの視界に探していた少女が入る。風成は懸命に声を絞り呼び出した。


「花成乃──」


 彼女はフラフラと反対方向、つまり悪霊の方に向かい歩いていた。走ることに必死で3人は彼女に触れられないまま通り過ぎてしまう。引き戻ろうとしたが勢いが止まらずうまく止まれない。


(しまった⋯⋯)


 彼女が黒い影に覆われかける。


『──ひぃっ』

「⋯⋯美味しそう」


 怯えた悪霊の声にかぶさる、後輩のおかしな発言。


 刹那。


 禍々しい光が少女の体を覆うように現れ、その光はまるでタコの触手のように迫る影に絡みつく。


 むしゃむしゃ、くちゃくちゃ、ごっくん。


 悪霊の苦痛を訴える声が小さくなるほど聞こえる咀嚼そしゃくの音。


 異様な光景を、風成達は顔を引きつらせ見ていた。


(あ、悪霊を、食べて⋯⋯る?)


 悪意は消え、一息ついた花成乃はバタンと地面に倒れた。

 想生歩は身動きを止めている先輩からするっと離れ、同級生の元へ駆け寄る。


「⋯⋯こっちはさらに限界間近、か」


 再び雰囲気が違う彼の発言。風成の頭は混乱していた。


 そんな先輩2人の方を振り向いた彼はまたいつもの様子である。


「ちょーっとお願い、いいっすかぁ? 悪霊、おれが退治したってことでよろしくでぇす。今見た光景は3人の秘密でぇ」


 無理にへにゃりとした表情を作る彼を見ると、理由を聞く気にもなれない。マリードが嘘の出来事を即座に創作し、それが校内で起きたことというていで待機組の皆に報告することとなった。


 合宿最終日の宿泊は不可解な物事と妙な悪寒を一部の生徒が抱いたまま、幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る