第39話 問題発生
合宿はとても順調に進んでいった。1日だけの参加者も、連泊している生徒も、協力し合う勉強が楽しいためメキメキと学力をつけていった。
金曜日には、風成も過去問題集で赤点を超える頻度が増えていき、この時間が有意義なものであると感心した。
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ほぼ一日中自主学習が可能な土曜日。週末参加を予約していた花成乃と想生歩、百得が朝の8時前に新校舎へ訪れる。早朝支度を終えて講習室に向かった連泊組と合流した。
百得は廊下で風成を見かけ、そばに駆け寄る。いつものように大きな動きで彼女の気を引こうと意気込み、行動に移そうとした。
しかし、風成の手にある英単語帳と赤シートを見て、一息つくことにした。
(今、いつものテンションで行くのはダメかな! 彼女のペースに合わせて声かけをしようっと)
自分の名を呼ぶ声を聞いた彼女は、いつもの元気な様子はそのまま、表現や声を小振りにその場を離れていった。
「どうしたのMr.模範」
「山田さん、先日お願いされた一年生の2人ですが、
「うん。花成乃ちゃんと想生歩くんだね。2人とも苦手分野が被っているから教え合えなくて」
「協力は約束通りに、ただ、こちらからも一つ宜しいですか」
「いいよ!」
「廻郷さんもご一緒にさせてもよろしいです? ちょうど固めるべき部分が後輩くん達と同じなので。
それと僕の手が回らない間、彼女についてくださいませんか?」
百得は多忙ながら優秀な学業成績を持つ。麗奈やマリードに近い学力に加え、対人能力が非常に高いので、人に教えることは得意だ。
また、彼女の個人的な感情でも非常に嬉しい提案だ。風成ときちんと対面できる絶好の機会ができたと思うと力が入る。
(あの日の恩を、輝くものを。私が少しでも⋯⋯!)
1年生の時、強く惹かれた自分だけが知る
・
昼食時間となる12時まで、彼らは学習を続けた。参加生徒達は空腹感を感じていくにつれ集中力を欠いていく。
風成達もだんだん学習意欲が飛んでいき、周囲の様子を伺うようになっていた。やがて村上の周りにいる人たちは目線を1人に向けていく。
たまりかねた百得は席を立ち彼女のそばに駆けつけた。
「花成乃ちゃん、Mr.模範の言う通り一回休も?」
お腹を利き手ではない方で抑えながら問題を解き続ける彼女。村上がスタッフのところに行くように促していたが得意のすました笑顔で流していた。だが、今はその笑顔ですら隠せないほど苦しみが滲み出ている。
「何度でも教えてくれるよ、焦らなくていいの」
「⋯⋯恥ずかしいんです、その、お腹が空きすぎてるだけって」
小声で体調不良の原因を告げた彼女は、恥ずかしさのあまり笑顔を捨て、表情筋を強張らせる。
一瞬きょとんとした百得だったが、すぐさま行動に移す。強引に筆記用具を取り上げ、立ち上がらせる。
「スタッフさん達のところ連れてくねー! 慣れない行事でちょっと緊張気味っぽい」
アイドル活動をする上で身につけた体力を使い後輩をスタッフが待機している部屋に連れて行く。
「あ⋯⋯もも、せんぱい」
「もしものことが起きたらますます太内派の立場がなくなるよ。今はやすみ時だよっ」
「そう、ですね。ありがとう、ございます」
百得はスタッフの数名に彼女の空腹とそれを秘密裏にして欲しいことを伝え学習部屋に戻る。
(それにしても初めてじゃないかな。花成乃ちゃんがお腹を空かせるなんて)
花成乃は、芸能界に少しでも興味を持つ人なら誰でも知っているほど少食で有名である。嘘やそう見せているのではなく、コンビニのおにぎりを一つ食べるのもやっとなほど。食レポ系の仕事は受け付けないことも食に対する事情が裏付けされている。
戻ってきた百得は風成の隣に座った。大きく息を吐いたあと、ペンを握り教材に向き合う。
「⋯⋯山田、さん」
「ふぇ?」
隣から自身の苗字を呼ぶ声が。壁側にいる彼女は誰が話しかけてきたかすぐ理解した。ただ、彼女から話しかけることがあるなんて考えもしなかった百得は緊張気味に反応する。
「ふーなちゃん、なぁに?」
「一年の⋯⋯原赤の不調さ、なにかできないか?」
クラスで見てきた彼女の在り方と全く異なる様子に驚きで反応が鈍る。それを察したのか、風成は次々に言葉を紡ぐ。
「その、あの子がいなかったら私は諦めていたし、この機会も知らなかったし。貰ったものは返す。これだ。与えられっぱなしと言うのはな、その」
「ギブアンドテイクでしょ? うんうん、そうねー、昼休み一緒に様子見に行こうよ」
彼女の意地っ張りを否定しないまま提案をする。
図太いと思っていた同級生の寛容さと優しさに、今の自分を比べ乾いた笑いが溢れる風成だった。
そうこうしているうちに12時の知らせが鳴る。早速移動しようと席の筆記道具を片付けて、出口に近づく風成と百得の目の前に、慌てた様子のベールが現れる。
「ああ、風成ちゃんと先ほどの⋯⋯山田さんよね? ちょうどよかったわ、急いでついてきてちょうだい。あの子をどう説得すればいいのか!」
顔を強張らせる風成と心配でひきつった顔の百得は急いで彼女について行った。
スタッフの一同の慌てた声が一室から聞こえてくる。
「説得できそうな子達連れてきたわよ!」
「鐘清さんありがとう! 君たち、こっちこっち!」
風成達は入室してすぐ己の目を疑った。
苦しそうに水道水を口に運び続ける花成乃。その必死さは服のところどころがびしょびしょになっていることからうかがえる。
混乱している2人の女子高生にベールが慌てた様子で説明する。
「これ以上貰ったらご飯を全部食い尽くしそうだから水を飲むって言って、もうずっとこんな感じなの! 水も飲み過ぎは命取りになるからやめさせようとしてるのだけど全然止まらなくて」
当の本人も小声で現状に怯えながら水を求め歩こうとする。
「なんで⋯⋯私、⋯⋯お腹、はぁはぁ」
スタッフは今から他の参加者の食事も用意しないといけない。風成達は急いで空腹のために泣く彼女に近づいた。
「一呼吸ついて、花成乃ちゃん!」
「原赤、少し座れ!」
百得の時は全く動きを止められなかったが、風成が触れた途端、電池が切れた機械のように脱力する。
しばらくしたら、すっかり顔色が良くなった彼女が立ち上がる。
「あれ、先まできつかったのだけれども」
一瞬の間に訪れた不気味な静寂に、その場の皆は固まる。重い空気の中、ベールがはじめに声を出した。
「わ、わからないけれど落ち着いたのならいいわ。またキツくなったらいつでも来なさい」
軽く返事をしたあと、女子高生達は無言で食事の部屋に向かって行った。
・
夜中、風成は百得の声を聞いて起きた。焦った彼女の声はかなり大きな音だったが、自分以外は寒気を感じるほど深く眠っている。
同じく麗奈も起きて、同じような不気味さを感じていた。人を踏まないようにうろうろする百得に声をかける。
「山田さん?」
「花成乃ちゃんいなくなってる。一年生の大人びた子、あなた知ってるかな」
「ええ、あのアイドルの子でしょう? 手伝います」
「お願いっ!」
スマートフォンのライトを起動し探し回るが、寝ている人の中にはいない。
風成も無言で花成乃探しをする。たまたま電源を確認できたので手を伸ばすが、明かりは灯らない。
(絶対おかしいだろこれ)
恐怖が芽生えてくる。それでも探さないと、今までの頑張りが全て無駄になる。
たまたま風成のスマートフォンの明かりが引き戸を照らした。
そこには人が通れるほどの隙間が空いていて、今の時期に不釣り合いな冷たい風が近くの少女の体を撫でた。
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