第38話 勉強合宿!

 ベールも風成たちからの目線に気付き、困ったような笑顔を見せた。


 純平は鏡の迷宮での記憶を振り返り青ざめる。逃げたくなる気持ちを抑え、後ろにいる仲間たちを庇うように立った。


 マリードは駆け寄ってきたプラウに、普段の無感情な小声で尋ねる。


「他言無用だと伝えたが」

「もちろん、ご命令通りひっそりと応募いたしました。私も先ほど彼女の参加を知ったのです。お伝えしたかったのですが、他の方との会話に時間をとってしまい⋯⋯」


 なまめかしい体の動きをするプラウ。


「⋯⋯ここはアジトではない。お前なら溶け込めるとふんでの人選であることを忘れるな」

「は、はい。来週、たっぷりとよろしくお願いします」


 プラウは自身に視線を送りもしない風成の方を見て、勝ち誇った表情を見せた。


 ベールを知る彼女たちは警戒心をむき出しにした硬い表情を崩さない。

 ピリピリとした空気がじわじわと部屋一帯に広がる。重い雰囲気に痺れを切らした魔法使いの女は眉に皺を寄せながら、任されたおかずの前に立ち軽く頭を下げた。


「反省したわよ。ごめんなさい、ね。埋め合わせに来たのよ。色々迷惑かけた分」


 敵対していた時とは変わり、口調はそのままだが声質は地声にしている。


 魔法使いの3人は、ベールが謝罪の言葉を紡いだことに驚愕と更なる疑心が募る。


「⋯⋯っ」


 風成の眼光がさらに鋭くなり、歯を強く噛み締める。久しぶりに聴いた従兄あにの面影のまま少し低くなった声が、『オンナの嫌いな部分』を集めて煮詰めたような存在から発せられることに我慢ならず、息が荒くなっていく。


 亜信やカレッドを挟んだ横にいる麗奈は彼女の様子にいち早く気づき、この場を打開しようと、前世彼女に加害された恐怖や憎しみを押さえつけながら声を出した。


「あ、のね。私たち、も。馬鹿じゃ、ない。何かあるくらい、わかる、から」


 うまく口が開かず震える声にこもる強気。


 ベールはその様子からかつての『再生の子』とは別であることを感じ取った。少女の心情世界で泣きながらカケラを繋ぎ止めようとしたのままであると。


「グラシュ、危ないから無理しないでくれ。貴様、何を企んでいるんだ? 次は何をする気だ?」


 一方、彼女を片手で抱き寄せている男は、『炎の魔法使い』のまま。前世、多くの悪意を自分に集中させ惨殺されるきっかけを作った男。

 手を下したい。あの悪魔を仕留めたい。


 自分を警戒する人間も、何もしない同じ“三柱”の男も、美しい恵まれた容姿を心のまま簡単に崩す女の子も気に入らない。

 黒い感情で動きそうになる彼女だったが、


「へー、野菜スープだろこれ」


 近くからした声に意識を向けると、少し小柄で猿顔の少年が目の前にいて、勝手に鍋の蓋を開けていた。


「あっ、あ⋯⋯」


 硬直する彼女をよそに、亜信はおたまを持ち、近くにあった皿を適当に選び取って、中のスープをかき混ぜて一口分注ぐ。それをそのまま口に持って行き、じっくりと味わいながら喉に流した。


「ん〜おいしー、デリシャス! あんためっちゃ料理うまいんだな。煮込みとか、味付けとか、材料のバランスとか、全部ちょうどいいわぁ」


 彼の行動にベールや学生たちは唖然とする。


「お前らも飲んでみろよ、めっちゃ──うはぁ⁉︎」

「君! 何してるんだい、勝手なことをしたらいけないよ! 鐘清さんもぼーっとしない! 生徒さんの企画だからね、大人が協力しないと!」


 強気な年配の女性がずんずんと彼らのそばにきて、亜信たちを叱った後にテキパキと指示を出す。普段のベールなら魔法を使えない人間を見下しきって視野にさえいれないが、女性にきちんと謝罪して仕事に取り組んでいった。


 風成たちも亜信の行動で緊張が取れて、流されるまま案内された席についた。


 全学年合わせて60人少しの生徒が集い食事をとる。

 話しかけてくる亜信や純平に軽く相槌を取りながら、炊き立ての白米や身がのった魚の塩焼きを口に運ぶ。流れで野菜スープが入った器に手を伸ばした。

 温かいスープの中にスプーンを入れる。なかなか手が口元まで運ばない。大きく息を吸って吐き、勢いのままくわえた。


(⋯⋯あ)


 幼い頃、乃琉と会って少し後のある日を思い出す。


『いいもんは全部食え! 立派になるために! 俺が食いやすいように作ったから』


(初めて食べた兄さんの料理、野菜スープだったな)


 とても美味しかった記憶がある。とても暖かくなった記憶がある。

 しかし、目の前にあるそれは確かに美味しいが感嘆するほどではない。体内は温まるが心に染みるまではない。


(どこまでも、どこまでも──)


 “海色”の声が大きくなりそうな気がした彼女は、意識を持っていかれないようにできる限りの速さで料理を体内に入れていく。

 突然勢いに任せてがっつく風成に、周りの彼らはギョッとしてしまった。



 指定された時間通りにお風呂などの身支度を先に終えた風成たちは、早速広い一室を使い学習に取り掛かった。


 彼女は亜信によって計画してもらった順序で勉強に取り組む。暗記した公式や決まりを使い問題を解いていくが、早さが予想以上になかった。覚えているところでそれを利用し応用していく力が足りないためだ。


 ちらっと周囲を見る。


 入室前に


「俺かプラウを使え」


と声をかけてきたマリードを見る。

 彼の周りは女性が多めに囲っている。とてもこっちまで構える状況ではないと判断する。


 プラウは明らかに不機嫌な雰囲気を纏い風成を見る。


「あの、若本わかもとさん。ここの解がどうしてこうなるか教えてください」


 プラウの現世名を呼ぶ生徒が出てくる。


「ええ、いいわよ。まずはこの図形をね──」


 自身に向けた悪意ある様子から瞬時に切り替えて対応する様を見て、ついつい吹き出してしまう。


 一息ついた後、頼りにしつつある亜信たちを見る。彼はマリードほどではないものの、校内一の学力保持者であるため人に囲まれている。純平を基準に教員顔負けの説明を展開している。彼の邪魔をするのは気が引けてしまった。


 風呂直後に


「ふうちゃんがよかったら、いつでも勉強アドバイスするよ」


と声をかけてきたグラシュを見る。カレッドが間隔を一切開けず次々にグラシュを質問攻めしている。彼の溢れる『近づくな』の気迫に参ったわけではないが諦める。


(詰んだ)


 頭を両手で押さえ抱え机に額をつける風成。唸り声を微かにあげる彼女の横に1人の影が。


「失礼します、廻郷さん。進捗はどうでしょう?」

「⋯⋯Mr.模範」

「はい、色々落ち着いたので僕もこれから学習に取り組みます」


 そのまま隣に腰掛ける彼。弱みを見せまいと姿勢を正した風成の表情を見て、ほのかにメガネ越しの目を緩める。


「悩んでいるように見えたので。あまり好調ではないですか?」

「正直、進みは悪い。わからん」

「理数系は得意です。ぜひ、ご協力させてください」


 予想外の救いの手に彼女は目を丸める。込み上げる恥ずかしさと申し訳なさが言葉を詰まらせる。

 彼女の緊張を見抜いた村上は提案を補足する。


「国語全般。僕、苦手なんですよ。いつもそこで亜信くんに差をつけられる。廻郷さんは国語はいつも彼と同じくらいの成果をだされていますよね」

「そうだったか」

「ええ。模試を受けられた時はいつも彼の隣に名がありましたよ。そこで、僕に教えてくれませんか? 双方ともに有益と考えますが」


 村上は持ちつ持たれつの関係に持ち込むことで彼女が感じる負担を減らすようにしむける。


 村上は孤独を選んだ彼女の根底にある他者への優しさを信じている。群れることを嫌うが、未来の後輩への負担と天秤にかけて自分の在り方を折った現状が、それを示している。


(せこい言い回しをしていると分かっているが、しかたないんだ)


 村上の必死な心情をなんとなく察した風成は、いつもの悪態を封じ小さな声で了承を告げた。

 

 感謝を伝えた村上は彼女の隣で筆記用具やルーズリーフを広げる。


 高く積み上げられた複雑な積み木を上から一つ一つ削っていくような解説はとてもわかりやすく、風成の模擬問題や過去問題を解く速度は上がっていった。

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