第37話 共に学ぶ者たち

 疲労の表情を浮かべた風成は、朝早くからフラフラと校内に向かって歩いていた。必死に頭に詰めた膨大な暗記事項をこぼさないように唱えながら、本館と第2号館の間にある中庭に足を進める。


「おっはー、廻郷。にしてもめちゃくちゃつかれてんなー」


 亜信は、超特進の1組生徒に配られる超難関大学の過去問題集をキリのいいところまで進めたあと、それをリュックにしまい、風成の前に笑顔で立った。


(誰のせいだ⋯⋯と言いたいが過去の積み重ねだからな。責めるのは違う)


 人当たりを極限まで悪くしている自身にここまで協力する彼に払うのは、拒絶よりも敬意であると判断する。


 暗記項目確認を彼女はお願いした。


 時々つっかえたり少し間違えたりしたが、9割以上は覚えていることが分かり、彼から『合格』の言葉が出た。


 優しくほのかに微笑む亜信の笑顔が、風成の凍え切った氷に少しの温もりを与えた。


「すげぇよ、この量。頑張ったな」

「⋯⋯うん」


 少しにやけつつある口元を、両手で覆い隠した。


 しばらくゆったり朝日を浴びるだけの2人だったが、亜信が何かを思い出したように声を出し、少々暗い顔待ちになる。


「どうした」

「いや、ここまでさせて申し訳ないんだけどさ。合宿、参加できねー可能性がだいぶ高いんだよ」

「は?」

「俺もお前もだぜ。定員以上の応募があったんだ、しかも倍率が高い」

「詳しいな」

「Mr.模範に昨日手伝いを頼まれてな。定員60人なのに、300人ほど応募してたんだと。まぁ、からかいの分含めてだが」


 勉強合宿実行係は、その予定表に書き込まれた内容がより計画的で積極性にあふれる人を優先に振り分けた。しかし、想定外の量でさばききれなくなった彼らは、各々信頼する人を数人誘って今日の発表に間に合わせた。


 亜信も30枚近く確認した。知り合いの分を担当しないようにすることで公平に判断していく。

 目を通していく中、いい加減なことが書いてある紙や、希望者名は別々で全く同じ計画が書かれたものを数枚見つけた。それらは選考対象外として振り分ける。


 それでだいぶ削れたと見込んでいるが、作業終わりの省かれた紙の厚みから推測して半分はまともなものであるのだとわかった。


「50%以下だぜ、選ばれる確率。さらに言うとみんな仲良くって考えたらもーっと下がるぞ」

「そうか」

「Mr.模範は主催だから例外として、俺、純平、風成おまえ、あのバカップル、Momoちゃんと花成乃さん、でかいだけのアイツ──」

「待て待て待て! は、はぁ⁉︎」


 言葉を遮るほど、後半に出てきた人物たちの存在に目が見開き、先ほどまでの疲労感が興奮に変わる。


 そして、倍率がとんでもないことになっていた理由も察しがついた。


 多くの交友関係を持つ純平にとどまらず、恵まれた身体と計算し尽くしたキャラで男女ともに人気のマリード、学校にくる日の方が少ないトップアイドルの百得や花成乃も参加希望を出したと知った人たちは、『これを機に近づきたい』と思い応募をするに決まっている。


 彼女はクラクラしてきた頭をおさえながら、合宿が勉強できる環境になることを祈り教室に向かっていった。



 放課後、貼り出された合宿参加者一覧を見て意識を彼方に飛ばし立ち尽くす風成がいた。


 自分と、協力してくれた2人の男子生徒の名前を全日分見つけた時は一息ついた。

 確認する中で目に入った親友を名乗る魔法使い、その恋人、自分を監視しているでかい人形も全日参加となっていた。

 土日に至っては百得、花成乃、想生歩も参加するようである。


 騒がしい未来が確定した。


 放心する彼女に、マイペースな情報屋こうはいが声をかける。


「だいじょーぶですぅ?」


 少し驚きの声をあげたものの、風成はいつもの人を寄り付かせない雰囲気を出す。


「なんだ」

「よかったですねぇ、おれらも無事参加できましたぁ」


 ニヤニヤしている彼と風成の心情は真逆。


 太内教頭派の企画とはいえ予想以上に密な接触が待っているせいで、少女は唸り声をあげ続けていた。



 勉強合宿初日。参加となった生徒は、宿泊用の荷物と学習予定の教材を持って通学する。


 勉強合宿参加生徒は、18:00までに宿泊可能な新校舎に集合しなければならない。ただし、連泊する生徒のみ、荷物を取り替えにいくなど正当な理由で届を出した場合20:00までに引き伸ばされる。


 土曜日は午前中だけ用事による外出が許されている。最終日は、18:00で解散、帰宅となっている。


 警備関連は充実しており、とくに土日は増強する運びとなる。

 アイドルに対するストーカーや妄想癖による危害問題が取り上げられている中、界隈のトップに立つ2人が参加するためだ。


 企画総管理者は日替わりで『太内教頭派』が務めることになっている。加えて、大学生以上の人物を対象に『スタッフ』を臨時で雇っており、食事担当、勉学支援担当、掃除担当が各5名ずつ配置されている。


「こんなところか」


 確認のため注意事項や説明を読み通した風成は、17時過ぎに参加者で賑わう新校舎への入り口に着いた。


「ウキキ、こっちこいよー廻郷!」


 この人並みの中、嫌われ者の名前を呼ぶ少年の声に顔が引きつる。加えて、彼のそばに立つ親友はマリードに近い高身長なので、すぐに彼らを見つけてしまった。


 普段の自分の行動を踏まえると無視をするべきだが、ここまでしてくれた恩義と奇怪な力を持つ亜信への恐れが彼女の行動を鈍らせる。


「そんな緊張すんなって」


 意識を前に向けるといつの間にか駆け寄ってきた亜信が笑顔で話しかけていた。


「⋯⋯なぁ、お前」

「気にすんな。俺の噂や力、忘れた?」


 。彼に対して抱く悪い感情は全て抱いた当人に返ってくる。

 彼はその特異な力と噂を利用した上で風成と接触している。亜信が気にかけていることにより、この合宿中に彼女に向けられる冷たい視線は幾分か減らせる。純平の立場としても『親友がなぜか気に入ってしまい振り回されているだけ』と解釈されるので、連鎖して嫌われることはない。


 なんとなく彼の思惑を察した風成は感謝と自責の念を心に浮かばせ、眉を寄せ口をつよく閉じた。


 その様子を人だかりの中心部から見ていた麗奈とマリードは歯がゆい思いを胸に募らせていた。


 1人は恋人がこれまで以上に密着・話しかけているから行動できず、もう1人は話しかけてくる参加者に対応しているため接触を断念した。


 数分過ぎたところ、入り口が開く。


「はい、順番に入ってねー。初日は予定通り今から夕食ですよー」


 生徒とスタッフの数名が声をかけ、次々に中に生徒を入れていく。


 彼女たちは誘導の指示により、偶然一緒になってしまった。


 恋人にひっついたまま風成に冷たい目を向けるカレッドと、風成の方に手を回し陽気に振る舞いながら炎の魔法使いを馬鹿にした目線で見る亜信。


 ギスギスしたまま中に通される彼ら。


 とたん、先頭に立っていた純平とマリードが足を止めた。


「なんで⋯⋯」

「聞いてない」


 警戒心を高める2人の様子に、何事かと風成たちは覗く。


 そこにいたのは、カジュアルな服を着ているマリードの部下の1人、プラウ。マリードを見て、困り果てた顔で頷きながらある人物の方へ目線を向ける。


 その先には参加者の食事の準備に勤しむ、ベールがいた。

 が好む普段の厚化粧やおしゃれな服装ではない。メイクはほぼしておらず、髪を上に一つに束ねており、エプロンの下にはシンプルなシャツとジーンズを着ている。


 風成の瞳に入った『魔法使いの女』の姿は、紛れもなく、『大人になったお兄ちゃん』だった。

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