赤点回避・勉強合宿
第34話 勉学の難
風成は夢を見ていた。過去に得た、とても優しい温もりを再生していた。
周囲からの悪評や針のように鋭い視線を浴びる
『ずっと笑い合っていきましょ、ふうちゃん!』
いまだに過ぎ去ったありふれた一瞬を噛み締める惨めなこどもを嘲笑する“
残酷な今を告げる明かりが強く目元を照らす。
「⋯⋯え」
光から逃れるように飛び起きた風成の耳に、ここに来るはずがない女子高生の小さな驚きの声が響く。瞼を開けると視界にはっきりと親友の体を有した魔法使いが映った。
「あ、えっと。洗濯物とか、食材とか、使ったの。その、ごめんなさい」
辿々しく緊張を帯びた発言には、いつもの冷たさや無関心さが全くない。不思議に思った風成だが、頭が冴えてきたことにより、意識を失う前のことを思い出した。
鏡に封印され、“海色”が暴走し、なんとか切り離した魂の欠片だけで相打ちして鎮めようとした。助ける人たちは自分を罵倒し嫌う人たちであっても、それによる魂の崩壊も受け入れて。
しかし、龍の血を引く後輩が、焼き爛れている手を気にすることなく妖刀を扱った敵の人形である男が、自身を嫌うありふれた同級生が、──親友の名を騙る魔法使いが、自身を引き留めて始末をつけてくれた。
目の前の彼女は、3年前の夏に現れた知らない女性ではない。
(でも、認められない。受け入れられない)
麗奈としての意識が芽生えたことを喜ぶことより、今の彼女が過去の親友との思い出を塗り替える怒りの方が勝った。
あの迷宮の中、どうなるかもわからない不安を抑えてまで自分を留めた彼女を信じることができない。自分の未熟さにも怒りが込み上げる。
二つの怒りを隠しきれず、風成は悪態をついた。
「目的はなんだ。何を企んでいる? なぜ今更擦り寄り始めた?」
「ふう、ちゃん?」
予想外の問いに麗奈は動きを止めた。
自分がしてきたことを考えると、今していることくらいで感謝され、元の関係に戻れるなんて思っていない。つい、近い距離感で接してしまったことを反省する。
(私の本心も、行動も、態度も。全て恐ろしいものよね)
離れた隙間を認めた上で風成が安心する言葉を考えて、麗奈は発言した。
「
「お前のエゴのためってわけでいいか?」
「うん。ふうちゃんは⋯⋯」
「馴れ馴れしく私の名を呼ぶな。私はもう動ける。さっさと出ていけ。世界でいちばんの恋人様がお前を待ってるんだろ」
激しい拒絶に、心がズキズキと痛み鼓動が大きく聞こえる。麗奈はあまりにもキツい彼女の態度に負の感情を抱くが、すぐそのモヤは消えた。
(遠ざける言動は私も散々してきた、3年間も。時には身代わりにしたこともあった。ずっとふうちゃんはこの痛みを味わってたの)
彼女の魂のかけらが、麗奈がいた最後の日を模擬するほど、親友の存在が大きかったことはきちんとその目で確認している。
「わかったわ。でも、学校に来てないようならまた来るから」
「あぁ。支度するから早く行けよ」
風成は顔を合わせることなく淡々と登校の準備をした。
歩いたらすぐ触れられる距離なのに、麗奈には気が遠くなるほどずっと遠くに感じた。
すぐ登校できるように、事前に済ませていた鞄を持って、重い雰囲気の廻郷の家をやっとの思いで出る。
下を向いて歩く彼女の耳に、恋人の声が響く。顔をあげるとすぐ、恋人が映る。
「カレッド」
「グラシュ〜、さみしかったぁ!」
いつもならもっと優しく包み込むような抱擁だが、昨日の様子から離れてしまいそうだと焦ってきつく震えるほど抱きしめた。
「グラシュ」
甘えと不安が入り乱れた声の彼を間近で聞いた彼女は、グラシュとしての自分もきちんといると伝えるように自身も抱きしめ返した。あまりない力を精一杯こめて。
「安心してねカレッド。私はあなたが大好きよ。愛する唯一の恋人なのよ」
その後、口付けを交わし、学校までの道のりを仲睦まじく歩いて行った。
・
体に積もっている疲労感と怠さが抜けきれず、支度に手間取った風成は、いつもより遅い登校となった。賑やかな生徒に溢れた校内を歩く彼女からはため息しか出てこない。
だれもかも、彼女を避けているので、そばを通ったとしても『いないもの』とし会話を続ける。
先に来ていたマリードも同級生に馴染むため必要以上に彼女に接することはない。一瞬目線を彼女に向け無事を確認したあと、“堅期”を演じた。
一方、純平は声をかけようと彼女をじっと見た。改めて思うのは彼女の孤独な空間の異質さである。
(うう、俺1人では無理だ!)
変わることの難しさを1人で感じていた。
・
昼休み。担任の熱血教師が、風成を職員室に呼び出した。
「学業と部活動について話さねばならないことがある」
風成が出た教室で、マリードは純平に小声で疑問を言った。
「何かあるのか。勉学は苦手みたいだが、部活動はできているだろ、廻郷は」
「そうだよな、マ⋯⋯堅期は知らねーよな」
純平はマリードにある学校事情と風成の成績について話した。
・
担任は申し訳なさそうに、目の前に立つ女子生徒に向けて話を始めた。
「廻郷さん、君は4月から学業と部活動の規則が追加されたことを知っているか? 一応プリントは配布されたはずだが」
「いいえ、すみません」
「“学業不振の生徒”に対する部活動制限が追加されたのだよ」
「⋯⋯え」
風成は国語以外の教科が軒並み赤点である。今までは同じテストをもう一度解く追試のみで済んでいたのだが、今年度からは次回の定期試験まで部活を制限されるようになった。
普通科だけでなく、専攻科も同じだ。
担任教師はいつもの熱血さを抑え、申し訳なさそうに応援の言葉を送った。そのまま風成は退室した。
頑張れと言われたものの、孤独を選んだ彼女は全て1人で解決しなければならない。今でさえなんとか努めているのに赤点ばかりなので、なんの進展もできないと諦めた。
部活動──剣道ができないことはとても悔しくて悲しいが、そう生きると決めたための負担と割り切るしかない。
「廻郷先輩」
ふと、後ろから凛とした綺麗な声色がした。
(後輩で私の名をきちんと呼ぶ存在はいないはずだが?)
驚き振り返ると見覚えのある長髪姫カットの女の子がいた。
やたら話しかけてくるアイドルの同級生・百得と一度、ホールで出会ったライバルアイドル。一年生とは思えない大人びた様子の彼女、
「廻郷先輩、少しお時間いただいてよろしいです?」
「なんだ突然」
「先ほど⋯⋯」
花成乃が何か言おうとした途端、ゆるりとした男の子の声が被せるように発言した。
「困ってるなーって思ってぇ。いいっすぅ〜?」
「大知くん、先輩にまでその態度は失礼ではなくて?」
「えぇ〜。かなのんは逆にこわいよぉー。でも引き留めてくれてありがとう〜」
「いいえ、専攻科全てのピンチ、なのでしょう?」
花成乃に追いついた彼は、ふわりとした髪を雑に束ねている姿が特徴的の、マイペースな少年だった。
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