第33話 サイセイ
数分後、休憩を終えた彼らは動き出す。
紫幸に向かって殺意を向けるベールとエジン、プラウ。
それを察知し、蒼樹と亜信は紫幸を庇うように魔法使いたちの前に立ちはだかる。
緊張がはしる中、亜信が口を開いた。
「もう疲れたよぉ、俺たち。帰ろうぜぇ〜」
頭の後ろで手を組みあくびをしながら呑気に意見する彼に、ベールは強気になって言う。
「魔法が使えるもの。もうあなたを恐れることもない。さぁ、そこをどきなさい。その鏡も、女も危険よ。さっさと始末するわ」
亜信は大きくため息をついた。両腕をおろし、邪悪を込めた表情で、自信に満ちた魔法使いを見る。栗色の目が赤く輝く。
「この娘どころか、この件に関わった“人間”も殺す気だろ。穏便に済ませてやろうと言っている」
異空間で感じた彼に対する禍々しさを再度、女は感じる。ただ、王に特別身近に置かれている“三柱”としてのプライドが『逃げろ』という直感を抑える。
「ふ、ふん。上位存在の私たちに対して随分の物言いね」
魔法杖を手元に召喚し、彼女はその先端を向けるため彼の顔を見た。
相手が浮かべる、笑み。
不安、理不尽、不幸、災難、不信、悪意。そして、死。
「いやぁあああああああ!」
ベールの悲鳴が公園に響く。その場にいた全員が驚き振り返る。
体をガクガクとさせ混乱し、地に膝をつける彼女。一同は何が起きたのかわからない。
対面していた亜信を見る。蒼樹が彼の肩に手を乗せて、神力により生成した水を少量、ベールにかけた。
水を浴びたと同時に、醜く取り乱しながら彼女は走ってその場を去った。
亜信は目線だけを蒼樹にギロリと向ける。赤い瞳に臆さず、蒼樹は話しかけた。
「⋯⋯亜信先輩、俺たち疲れました。アイツどうにかしてくれてありがとうございます。でも、今はこの辺で」
亜信はハッとしてニマニマとゆったりした調子を取り戻す。
「意思疎通できない奴はどっか行ったな。ねぇ、お姉さんたちもアレと同類なわけぇ?」
挑発を込めた少年の言葉に、エジンは腹を立て一歩足を進めた。その行き先をプラウが手を伸ばし遮る。
「プラウ、あんたね」
「マリード様のそもそもの目的、事態を収めることは達成したわ。それにベール様でさえ逃げ出すなにかを持つあの少年。それを抑える隣の子も。鏡とあの子は始末した方がいいのだけれど、彼らと戦うことになったとしたら、正直生き残る自信すら、ね」
「逃げ腰かよ。戦えば何か変わるだろ」
「マリード様もあの手のご様子では。その前に、彼はマリード様なのかしら⋯⋯」
「チッ」
臨戦態勢を辞めた彼女たちに、蒼樹は頭を浅く下げた。
「その判断に感謝する。相容れぬ俺たちだが、互いのため、今日は解散が良い。あぁ、あんたらの大好きな
彼はくるりと反対を向き、鏡を胸に引き寄せ固まっている少女に手を差し伸べた。
「我ら安倶水一門にさ、神秘の保存や継続に尽力している部門があるんだ。俺たちと一緒に行こうぜ。利害の一致、というやつ」
「利害の⋯⋯」
「1人だとだるいっしょ? このアホども相手するの。俺たちも味方がいる方がいいし〜」
「安倶水。鏡さんも言ってたことがあったな。うん、お願いするわね」
蒼樹は優しい微笑みを浮かべ、ぐいっと彼女の体を上にあげた。そのまま“春呼”の名を告げ、手招きをする。
刀は頷き、高校生たちの元から去った。歩きながら蒼樹に話しかける。
「小僧、
「そういやそうだわー! 海成様がまた機嫌悪くなる、だるっ! 魔法使いが使って生存かぁ」
「その上理由もだろ。ますます海──いや、廻郷を注意せねばならん」
「他にも問題や不安要素が山積み。複雑なことになったもんだ」
2人は間に紫幸を挟んで、文句や愚痴を吐き出しながら公園を後にした。
戦いの火種が治ったことを確認したマリードは、風成を少し見つめた後、エジンとプラウに撤退の命令を出した。エジンは彼の焼けて機能していない両手を見る。目を逸らし、声を振るわせ尋ねる。
「あの、その手⋯⋯。今日、ちょうどあの人が拠点での見張りの番だから、急いで戻りましょ」
マリードはその手を見つめる。感覚すら無いその手の治療は早急にすべきなのだが、唯一治療が可能である部下の魔法を思い浮かべると、その足取りが重くなる。
2人の部下は説得するために彼の側まできた。口々に戻ることを要求する両者の後ろ側から、女子高生がマリードに声をかける。
「あの、その手、ちょっと触らせてください」
先ほどまで親友を抱えていた彼女が気まずそうに、小さな声で彼を見上げた。
声を荒げる部下を制し、マリードは返答した。
「再生の魔法使い、なんのようだ。アイツのところにいただろう」
「クラスメイトの子とそのお友達さんに代わってもらっています。あと、私のことは
「⋯⋯要頬、要件を言え」
「そ、の。ふうちゃんを助けてくれたから、お礼をしたいと思って。その手を再生魔法で治します。なるべく触れた方が綺麗に再構築できるので」
少し離れたところにいたカレッドは、彼女の行動に驚き慌てた様子で急いで駆け寄る。
「今、珍しいほどの弱体状態で、戦意のかけらもないこいつに何する気だ! なぁグラシュ、本当にどうしちまった!」
「カレッド⋯⋯うん、グラシュとして間違ったことをしていることはわかってるの。でも、麗奈として、あの子の親友としては最も正しい選択なの」
「れ、な? 親友? どうでもいいだろう俺たちには!」
「あの日壊された悲しみ、悔しさ、恐怖。それに支配されて、隙をつくるもんかと今までは見ないようにした。でも、新たに築いたかけがえのない存在。増えていくほど、弱みになってしまうとしても、それを自分の都合で簡単に切り離していくなんて。それこそ私たちが嫌悪した邪悪な王と違わない」
恋人の言葉を振り払い、麗奈は敵の怪我に触れる。彼女の魔法が発動し、暖かい光が両手を包む。数秒ほど経った後、光が収まると同時に麗奈は尋ねた。
「動かせますか?」
マリードは何事もなかったような傷ひとつない手を眺め動かした。以前と変わらない動き、握力を確認した。マリードは縦に首を振る。
「よかった⋯⋯。あの、時間まだあります? よかったら、ふうちゃんを家まで運んで欲しくて。もちろん案内します。深く眠っているみたいだから」
部下たちとカレッドが怒りの声を吐く。マリードはそれを無視して承諾する。
「協力するが、その後どうする。アイツの親に連絡はできないのか」
「ふうちゃん実質一人暮らしで。ご両親はとても大切にされているけど、海外に出張してから帰って来られてないみたいで」
その会話を聞いていたのか、純平が風成を支えながら割って入った。
「なんか、ご両親が帰国しようとするたび、交通手段が絶対潰れるって噂聞いたことあるぞ。逆に廻郷を海外に来させようとしたらめちゃくちゃ体調崩してしまうって。大体学校来なかった日はその話があがってたんだと」
それも相まって彼女を遠ざける人がいた、ということも話してしまいそうになり慌てて口を固く締めた。
麗奈は気合を込めて話を続ける。
「私が付き添います。もうそろそろ中間テスト期間にも入るし、学校に行かせないと。家も近いから適任でしょう?」
反対意見が出ないまま、彼らは風成を支え、穏やかな雰囲気で次々に公園を後にする。
ただ炎の魔法使いだけは、支えられている小柄の美しい少女を強い憎しみを込めて睨み、立ち尽くしていた。
・
その日の夜、あるマンションの高層階の一室。女魔法使い・ベールは取り乱していた。あたりは収まらない感情をぶつけられて壊された物が散乱している。
「なによなによ! バカにしてっ! 私は“三柱”よ! 上位種の中でも特別なの! あのガキも、ガラクタ同然の兵器も! いや、そもそもあの女よ。形が綺麗なだけで、気持ち悪い要素しかないじゃない!」
「ハハ、これは見事なまでの荒れっぷりよ」
口調は異なるが、聞き覚えのある声が響く。窓を見るとケラケラと笑う人。
馬鹿にされたとさらに怒りを浮かべた彼女だが、ふと考える。地上から遠くにあるこの窓の外側に彼は突如として現れている。
それ以前のことも連なり、恐怖による震えと苦しさが襲う。
「おうおう、落ち着け。後々掃除が大変だろう」
変形を始めた彼は、次第に以前遭遇した不吉の具現と言える巨大な妖怪になった。声も地の底から響くようなおどおどしいものになる。
「鵺である。取引をしに来た。あの刀を使い生存する者が現れたのでな」
赤い目がジロリとベールを映す。
「
「なっ⋯⋯いや、それだけは! わかったわ、ききます、ききますからどうか!」
ニヤリと、猿の顔は邪悪に口を細めた。
「明日からだ。廻郷に取り入れ、信頼を得よ。その後、吾が日時を指定する。数秒のズレも許さぬ。あやつを痛ぶれ。殺せ。すぐに終わらせず、できる限りの屈辱を、苦痛を、理不尽を与えよ」
思わぬ提案にベールは唖然とする。
風成にできる限りの屈辱と痛みを与えたい。ただ、邪魔者になり得る存在や彼女に潜む“海色”を考えると素直に引き受けられない。
(でも、でも、断ったらあの方が! いや、あの方ならコレに勝てるはず。まってその前に今私が殺されるとしたら──)
「わ、わ、わかったわよ。従う。従います」
「ものわかりが良い。吾もことがうまく運ぶよう振る舞うので安心せよ、ではな」
鵺は窓から飛び去った。不気味を撒き散らすような鳴き声が、街の暗闇に溶けていった。
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