第32話 想いと決断
純平は刀を構える同級生の背中を支えながら、ぼやけつつある視界を力んで抑え、立つことさえおぼつかない体を根性と覚悟で正した。
(間接的な接触なのに! これで一苦労とか、刀に直接触れているこいつは──堅期は!)
麗奈によって作られた少しの猶予。その時の出来事を何度も思い出し、揺るぎそうな心を律する。
・
エジン達の引き留めを代わりにすると駆け寄ってきた蒼樹に彼女達を任せて、男子高校生2人は不思議な雰囲気の子とマリードが話しているところに向かった。
「ふっ、はははは⋯⋯」
中学生くらいの見た目の彼は、少し小さめの声で笑い続けていた。
一方マリードはそれを見つめているだけ。
亜信が彼らに近づいて何があったか尋ねる。
「おいおい、なんだどうした? 楽しく談笑ってか?」
息を切らしながらその子は──“春呼”は言う。
「んっふふ、俺を使うとか抜かしやがるんだ。
首を傾げる亜信達にマリードは説明した。
「この子は“春呼”という刀だ。人の形をしているが」
牛鬼に口止めされているため、安倶水家で見たその切れ味については何も伝えられない魔法使いの代わりに、亜信が純平に教えた。
「あの安倶水記に出る刀の名前じゃんか」
「安倶水記って、古典の授業で出た記憶あるけど⋯⋯」
「そう、平安時代の伝記。そこに登場する『強すぎる武士:乱影』が使ったとされるなんでも斬れる刀」
「え、刀って。この子が? それに平安時代ってめちゃくちゃ昔だろ?」
「付喪神っていう、長ーく使われた道具が魂を宿す場合もあるんだぜ〜」
彼らの会話の補足をするように、“春呼”は、込み上げる笑いを我慢して話す。
「付喪神は『後天的になる』もの。俺は元から魂を込められている。『道具』であれど
“刀”はやっと落ち着きを取り戻し、少し気難しい顔でマリードを見る。彼に対していだく、怒りにも悲しみにも哀れみにもなりきれない混沌とした思いを込めて。
「アンタはただ、残りカスでしかない
マリードは眉にシワを寄せ、片目を細め刀を睨む。言われた言葉を否定しようにも、理屈と感情どちらかにでも訴えるに事足りるものがなく、口に出せない。
刀は彼の無言が気に障り、さらに厳しい言葉を重ねる。
「しょうもない。愚にもつかない。その身が優れていようが、生命力が長けていようが、てめぇなんぞ
純平に指を向けた“春呼”。彼に近づこうと歩き始めたソレの前に、亜信が立ちはだかる。刀は口を開き少し固まったが、声を出す。
「ほう、お前ほどのモノが」
「コイツがいなくなったら、“枷”はない」
「でもこのままでもこの子死ぬぞ」
「皆で仲良く共倒れの方がマシだ。それに、解決法は彼女が示しているし、実践途中だろ。まぁ、苦渋の決断、と言うやつ」
「そう」
2人の会話に純平が割り込む。
「なぁ、もしかして廻郷のことそのままにするってこと? あいつの死、いや、消滅で終わったらいいってこと?」
親友の詰め寄りに焦りながら、小柄な彼は答える。
「あ、その。だ、だってこの刀使ったら死ぬべ? 廻郷にはすまないが、生きてほしい優先順位はある。お前も死ぬとか嫌だろ?」
「う⋯⋯」
「それに! 知らない他人に使わせたとして、お前、そいつの分まで人生の責任負える? そんな負担お前に背負わせたくないぞ! 廻郷は、自分でそうすると決断してるから、負担面でも、な?」
「ざ、残酷な」
「残酷だろうよ。だが、打開策は誰も持ってないし、全てを丸く収める力も無い。足るモノがないなら諦めるしかない。今、それにより起こりうる欠陥のみを見て騒ぎ立てる無意味な余裕は、無い」
亜信の意見に、純平は恐ろしさを感じた。同じ年月をかけた同級生とは思えない確かな決断力。
その恐れは次第に敬意になる。同時に、彼の言葉を脳内で繰り返すと、自分の情けなさ、無責任さ、おろかさが浮き彫りになっていき、自己嫌悪に陥った。
純平は廻郷を可哀想だと思いもした。自分がやってきたことも悔やんだ。だが、それらは自分の命をかけて償うほどの想いではない。
全て丸く収まれば、反省を言動に変えれば済む心のモヤ。
(──俺は、自分可愛さなんだ。こんな半端なんじゃ、助けるなんて)
話がついたと判断した“春呼”はその場から離れるために歩き始める。唯一の持ち主が生きた時代、とある嵐の日を思い出しながら。
(お前たちはそういう宿命なのだろうな)
左肩に突然感じた重みが、ソレの意識を今に引き戻す。
(この心地、この温度。人の手⁉︎)
高温によって焼けるような音が間近で聞こえる。湯気が視界に入る。
焦って振り返る。
触れられた手は、哀れみ蔑み呆れの感情を向けた男に繋がっていた。
「バカかテメェ、死にたいならもっと別の方法を──」
「死なない」
今まさに焼けている手にさらに力を込める。同時に彼は顔を上げた。
「死なないし、消えさせやしない。キッカケが誰かの残りものであっても構わない。やっと彼女を、カケラでも知ることができた。この機会を手放すものか」
強く握るほど、その痛みは彼の身体中を駆け巡った。それでもその周りにいる彼らに、苦痛による声を一つもあげない。
さらに力を込める彼を見て、刀は焦り始める。
「この時点で負担は分かっただろ⁉︎ その手どうするのだ? 離せよ、魔法使いっ!」
「俺は、堅期。今からお前を用いて、彼女と鏡の接続を断つ者。“春呼”、力を貸せ!」
「──!」
刀は、己を使った遥か昔の男とは異なる色で乏しい輝きであれど、確かに同じ熱さを帯びた命の存在を感じた。
「⋯⋯承諾。うまく断ち斬ってみせろ」
ヒトのカタチが光に包まれ変形する。汚れや錆一つない美しい刀が堅期の手に握られている。
彼はカケラの方向を向き足を進めた。だが、
「こんな、程度では届かない。もっと、もっと」
亜信も、握られた刀も、やはり無理があったと哀れな心持ちで彼を見る。
風成の終わりを見守ろうと決めてその場を去ろうとしたとき、堅期とは別の唸り声が聴覚を伝う。
純平が彼の体を支えていた。
「純平、俺を通じているから間接的とはいえ、お前も『“春呼”に触れている』判定をされている。それでも、いいんだな」
「今十分にできねぇのなら、誰かの力を借りればいい! 自分可愛さが根底だろうが、助けられたらそれでいい! マシな後悔を選ぶぞ!」
クラスメイトの決断を、彼は誇らしく思い笑みを浮かべた。
「ありがとう。一緒に、乗り切ろう」
「おう」
・
堅期はすでに薄れかけている視界と意識を精神力で留めながら、風成を想う2人に声をかける。
「滝登鯉! そして
2人は彼の変化に戸惑いつつも、指示に従うために彼らに近づいた。
麗奈はカケラの前に立つ。蒼樹は急いで堅期の指示の補足と支援をする。
「君はかろうじてか。友人さんは全く見えてないんだな。俺の視界を共有する。青い炎の塊みたいなの、よく見てくれ」
神力を用いて視覚共有をされた麗奈と堅期の目に、青い炎の塊の正体が映る。鏡から伸びる複数の糸に青色の球体がからめられている。炎はその球体から漏れ出ていた。
「この糸を斬れ! これが接続部分だ。糸だけをだぞ! 少しでも双方に触れたらどっちもおさらばだからな! その後俺は鏡をおさえるから、あんたは青い球体をかかえこんでくれ」
2人は顔を縦に振り、それぞれ構えた。
カケラたちは青い炎に集った彼らに声を荒げる。
「見たでしょ! わたしの心、わたしの世界! 気持ち悪くて不気味で最悪だったでしょ!」
「安らぎひとつもない。それでも私に、この世界に居ろというのか!」
刀に力を込めた彼は、接続の糸をまっすぐ捉え、言葉を紡ぐ。
「ないなら作る。お前の心情に、お前に似合った綺麗な景色を」
カケラたちの複雑な心情を込めた声を聴くと同時に、堅期は雄叫びをあげて勢いよく刀を振り下ろす。
全ての接続の糸が、つなぐ二つのちょうど中央で斬られた。
続いて蒼樹と麗奈がそれぞれを手に持ち、再び繋がれないように背中を向ける。蒼樹は走って距離を取り、麗奈は大事に球体を──親友の魂を身に包み込む。
「帰ろう、ふうちゃん」
優しい声に引き寄せられるように、空間全てが球体に収束していく。同時に青く眩しい光が再び彼らを包み込んだ。
・
彼らの目にほんのり赤色を帯びた空が映る。各々、時計を見ると5分程度しか経過していない。タチの悪い夢かと魔法使いたちは辺りを見渡す。
そこには頭を抱える占い師と、彼女の手元にある鏡。そして、ヒトの姿を再びとった刀と、焼きただれた手の少年、彼を支えていたクラスメイト、人とは異なる存在の血を持つ後輩に見守られている、2人の女子高生。
彼女は、深く眠っている黒髪の美しい親友を、両腕で引き寄せ大切に抱きしめていた。
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