第31話 留める

 少女の姿の方は、作った表情であると一瞬でバレるような微笑みを向けて、自分たちの手を掴む女子高生に声をかけた。 


「ここが気持ち悪いって言ってただろ? 早く出たいと言ってただろ? さ、再生の魔法使い! 早く恋人の元へ行け!」


 幼い子供の姿の方は、素直に悲しい顔を浮かべて言葉を放った。


「私のこと邪魔って、盾にもしたじゃないの。今さら同情とかはだめよ」


 彼女の拒絶に連なり、周囲の魔法使いは声を上げる。


 カレッドは突然自分の元を離れ、脱出に必要な行動を止めている恋人に驚いていた。そして次第に彼女をであろう美しいだけの存在に怒りが膨らむ。


「タイミング最悪すぎだ! 犠牲になるって決めているんだろ? 変にこっちに取り入るな! グラシュ、目を覚ましてくれ」


 ベールが続いて罵声と説得を試みる。


「その炎の悪魔と意見は同じよ。見た目だけの汚い在り方だこと。ほら、再生のあなた。早く戻ってきなさい。脱出しないことには何も進まないのよ」


 マリードの部下たちも混ざる。


「次から次に! 私たち上位種の邪魔をして楽しいか? なんであんたも混ざってんだよ、再生の魔法使い!」

「そ、そうよそうよ! 大体こんな事態になったのはこの子の不始末。責任くらいとらせなさい」


 エジンとプラウは、純平たちによってマリードから引き剥がされた後、手が空いた蒼樹によって行く手を阻まれていた。思い通りにならない歯痒さで、エジンはイライラが溜まっていた。


 風成しんゆうの欠片を引き留める少女の手が強張る。

 次々に飛び交う心無い言葉や、冷たい目線、大きくて怖い声。


 それは自分グラシュもしてきたこと。


 前世の記憶──700年ほど前に経験した、横暴と身勝手に巻き込まれ、恋人と引き裂かれ殺された日をはっきりと思い出しているから。また引き裂かれることがないようにと、誰もが入れない世界を恋人と築いていた。


 グラシュにとってそれが安泰できる手段だった。それでよかった。


 しかし、気づいた。風成の精神世界が具現化したというこの世界で過ごした時間。気持ち悪さしかなかった空間。


 彼女を慕う爽やかな見た目の少年がシワを寄せ怒りのこもった震え声で言ったこと。


『本来はどこかに花畑とか綺麗な草原とかあってもいいんだがな!』


 先程の、小さな方のカケラの言葉も思い出す。


『確かな生きがいなんてないの!』


 魔法使いではない、ただ1人の少女は涙をこぼしながら、溢れる自身への怒りを必死に言葉にした。


「責任なら私たちにあるわ! 私たちの都合に巻き込まれただけなのに、誰も⋯⋯私も、助けることもそばにいることもせず、傷をつけて」


 頬を伝う涙は止まらない。置いていってしまった親友と過ごした時間を再び思い出すほどに溢れてくる。


「ふうちゃんは優しすぎるの! すぐ人に譲るの! だからきちんと留めないと、止めないと──」



 2人が小学3年生だった頃。以前ほどではないが、まだまだ『海で拾われた赤子・風成』への偏見は続いていた。


「廻郷さん、倉庫開けやってくれない?」

「廻郷さん、代わりに大きいおかず運んでくれない?」

「廻郷さん、この溝掃除できそう?」


 晴々とした笑顔を向けて彼女は答える。


「いいぞ!」


 クラスが別の麗奈は昼休み、必ず風成のところへ訪ねに来ていた。


 新学期が始まって、新たな交流関係を築きに会話をしてみたり遊んだりしている中、彼女はいつも黒板消しをしていた。


「麗奈、少し待ってくれ!」

「⋯⋯日直の子は?」

「あー、遅れることがだめな約束してるらしくて」


 風成に対するあからさまな加害や悪口、無視は無くなった。しかし彼女の『みんなと仲良くなりたい』という思いは、空回りしていた。


 図書館で伝説や怪異の調べごとをしながら麗奈は口を開いた。


「ねぇ、ふうちゃん。そのー、嫌なことはきちんと嫌って言っていいのよ」

「うーん、しかし誰かがやらないといけないだろ?」

「そうだけれども。そう、ふうちゃんも誰かに頼み事してもいいのではないかしら」

「うーん、それはなんかなー。謝りたくなる」


 酷い仕打ちを受けたり、理不尽な扱いを受けたりした経験もあるのに人を真っ先に思う優しさ。


 とても素晴らしい心持ちだと感じながらも、麗奈は漠然としたモヤモヤを抱えていた。


 ある日、学校で騒ぎが起きた。


 ジャングルジムから風成が落ちたのだ。


 内容は男女のチームが喧嘩を始めた。麗奈と一緒にいた風成はクラスメイトからをされた。


「男子がボールを横取りして逃げたの!」

「しかも、1人はジャングルジムに登って」

「私たちが取り返しに登ろうとしたら下にいる男たちに押さえつけられて」

「ねぇ、代わりに取ってきてくれない?」

「廻郷さん、運動神経いいから」


 麗奈が制止する前に親友は承諾してしまった。


「すぐ戻ってくる!」

「わ、私も行くわ。片付け終わったらすぐ駆けつけるね!」


 素早く丁寧に片付けをしたあと、急いで外に向かう。

 靴箱で履き替えていた時、何人かの悲鳴が聞こえた。


 嫌な予感がして、靴紐をきちんと絞めることなくドタバタと校庭へ向かう。そこには苦しそうな声をあげて、頭部から血を流す風成がいた。


 麗奈は急いで職員室と保健室に駆け込み、教師を呼んだ。風成はそのまま救急車に運ばれて行く。


 教師達はその場にいた子供達に何が起きたか聞いて回る。


「男子が落とした! 廻郷さんが登って話をしようって言ったのを手で押して。こいつらがわるいんだ!」

「はぁ? お前らが下で俺の悪口言ってたからムカついたんだけど」

「落としたのはあんたでしょ!」

「あいつ呼んだのはてめぇらじゃん。そもそも30分でボールは交代って約束だっただろ?」

「少し待ってって──」


「バカじゃないの⁉︎」


 麗奈はたまらず、不慣れな大声で怒鳴った。溢れる涙、うまく言葉が紡げない。しかし必死に言葉を絞り出す。


「なんで誰もふうちゃんの心配してないの⁉︎ なんでよ、謝って! おかしいよ、最低よ!」


 次第に呼吸も荒々しくなる。目の前がぼやけていく。


「まずい、この子過呼吸起こしてる!」

「⋯⋯さん、この子を保健室に!」



 麗奈は意識を今に戻した。


「あの時、覚えてる? 遊具から落とされた日のこと」


 少女の方のカケラが、無理に作った明るさで話す。


「あー、お前も過呼吸起こしてさ、ゆっくりするべきなのにすぐに病院来たよな! 針、少しだけで済んだの奇跡だって言われて〜」

「その時言ったでしょ! 『自分自身も大切にして』って」


 彼女の言葉を聞いた途端、風成のカケラ2人は悲しい笑顔を浮かべた。2人は別々に発言する。


「大切にする意味がないもん」

「今の現状分からねーの?」


 カケラ達に触れている手がさらに力む。


「わかってる、だからこそよ! 私に、こんな魔法使い達ひとたちのために行かないで。あなたを見ることすらしない他人まで手を伸ばさなくていいって!」

「いや、でも」

「大切にする意味がないなら、私が理由になる! 一緒にいようよ、今度こそ」


 麗奈の言葉に被せて、カケラ達は声を荒げる。


「もう黙って!」


 小さな方が怒った顔を浮かべて、少女の方はしわくちゃな泣き顔を浮かべて口々に言う。


「また来ないで! 苦しい。終わらせて!」

「最後の最後で迷わせるなよ! 今更なんだよ、レ、んん⋯⋯。き、期待させるな!」


 離れようとするカケラと意地でもしがみつく麗奈。

 もたついている彼女達に腹が立ったエジン、恋人を取り戻そうと考えついたカレッド2人が近づくために駆け出す。あと少しで再生の魔法使いの体を掴むというところ。背後から溢れるで振り返る。彼らは唖然とし、足を止めた。


 それにまだ気づかない彼女達は一歩も譲らない交渉を続けている。


 少女のカケラが叫ぶ。


「だーかーらー! もう無いっつってんだろ! ほかの方法が」


 感情が宿るはずがない男の声がかぶさる。


「ある」


 その声で麗奈とカケラ達は背後に立つ熱気と存在に気づいた。


 その場にいる全員の目線がそこに集まる。


 汗が次々に流れ出るほどの熱風の中央には、2人の男子高校生。


 彼を後ろから支えている純平と、ふらつきながらも構えて立つマリード。そして、彼の手に握られている、熱の発生源である


 少し離れた亜信は不安を浮かべた目で彼らを見守る。


 鋭くも力強い一つを見据えた瞳の彼を、誰も三柱・王の兵器マリードとは呼ばなかった。


 彼は一つ一つ、確かな声で宣言した。


「鏡との“接続”を──斬る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る