第30話 迷路の正体
蒼樹の発言からしばらくの沈黙が続く。彼らの意識を戻したのは、2人の人影が息を切らし走る姿だった。
赤紫の髪を揺らす少女は蒼樹たちのところに駆け込み座った。彼女が見てきた中で最も美しい容姿を持つ女子高生の魂の欠片を見つめる。
紫幸は心を普段のように空にしようと意識しながら、やっと提案を口にした。
「この事態は私の責任。どうにかして鏡を壊します」
中学生姿の彼女は即座に否定の意を示す。
「まだその覚悟も、納得もしてねーだろ。それに鏡一つでここまで震えるなんておかしな話。よほど
「でも!」
紫幸に言葉を紡がせないと、幼い方が大声を被せて笑顔で言う。
「鏡は今、確かにあるでしょ! わたしにはぼやーとしたむかしの約束だけ。確かな生きがいなんてないの!」
あまりにも眩しい笑顔。紫幸は納得以外の意思を表現できなかった。ずっと立ち上がり距離を置く。
紫幸の決断に舌打ちした蒼樹は、彼女の後ろに立つ、パーカーのフードを深くかぶる人の形をとる刀に目を合わせる。
「龍の小僧、まずは現状だけでも話せ。それでも誰も動かせぬなら行動すればいいんじゃねーか?」
「あぁ」
この異空間はなぜできて広がり続けるのか。その正体は何か。蒼樹は丁寧に説明した。
紫幸は鏡が持つ機能の一つ“写した者を封印し鏡にする”を使用した。
鏡自身も知らなかったこの機能の限界。
「膨大な概念の塊としての要素を含む“魂”は封印できねーよ。“神”とかがいい例だ。廻郷先輩の中にいる“海色”。奴はソレに該当する。しかしアレはまだ“完全体”ではない。だから何もかも半端になっちまった」
鏡は機能を実行し続けており、膨大な“海色”を封じようとしている。
封じるために大きな囲いを作っているが、作り終える頃に、“海色”はその囲いの外に“魂”を溢れさせて、また鏡に囲いを作らせている。
「例え話をする。内側から溢れる水を止めるために囲いを作るが、作り終えた頃には水は溢れてる。急いで作り直すが終えた頃にはまた外にもれている。ソレの繰り返しだ」
酷いことに、“海色”はその『囲いのデザイン』を支配している。
「言うなればこの気色悪い景色は先輩の心なんだ。本来はどこかに花畑とか綺麗な草原とかあってもいいんだがな!」
“海色”、そして風成の意識が基盤になっているので、彼女が認識してない人たちはないことと同じなので形を保てず彷徨うだけになっている。
「ここに集ったお前達や、姿を保っている俺らは運良く認識されてんだ。ラッキーだな」
蒼樹は両腕にいる彼女達を気遣いながら体勢を変えた。
「さぁ、こいつらの正体。これは“海色”の意見に反対した廻郷先輩の“魂のカケラ”。“海色”に取り込まれそうになった時、逃げ出すことに成功した部分だろ」
補足するように少女の方の風成が言う。
「“海色”は全ての
小さな方がさらに補足する。
「この空間全てが体と仮定できたから。散らばった私たちはなんとか再生できた。近くにいたカケラ同士で形を作ったの。私たちの形は、“ヒト”として輝いていた私の姿!」
ニコニコとする彼女達に怒りの顔を見せながら蒼樹は言う。
「そしてカケラの方の自分たちを。人間並の自分たちを“海色”の代わりに封印させることで空間を終わらせ、みんな元通り! 廻郷先輩は魂の維持に必要な“質”が封印により欠落して消滅! ハッピーエンド、になるかぼけぇ!」
“カケラ”のほうの風成たちが代わりに封印されたら、体でもある異空間を生成する力もないので、全てが収まる。しかし体の外に必要な魂の構成要素が欠けたら魂は崩れ去る。生きる者に魂は必要不可欠なので、当然風成は死ぬ。
「魂も再構成されることはない。先輩、ソレもわかってるんですか? 生まれ変わることすらなくなるんです! それでもいいのですか!」
真実を話し終えて叫ぶ蒼樹を眺めていた“春呼”は、周囲の様子を伺った。
彼女の従兄である身体を持った女魔法使い、彼女の親友の男子の名を騙る炎の魔法使い、愛する男にまとわりつく2人の女魔法使いは、その表情に何の変化もなかった。
1人、再生の魔法使いと言われる彼女は、顔を下に向け頭をおさえていた。心配そうに恋人である炎の魔法使いが彼女を抱き寄せていた。
(そんなものか。さて、蒼樹。お前は誰を贄にするか?)
暇だと、目を閉じようとした時。
「離せよ! 人間」
「ちょっと! ふざけないで」
“春呼”は思わず声の方向を見る。
マリードにしがみつく女を、2人の男子校生が引き離していた。
「ありがとう。純平、亜信」
「おう! 後から俺らもそっち行くぜ!」
女魔法使い達を引き留めながら、笑顔で彼に声をかける純平と、不満げな顔を浮かべる亜信から距離を取ったマリード。彼は急ぎ足で妖刀のそばに駆けつけた。
「⋯⋯なにか」
「話がある」
「少し向こうでなら」
他の皆の様子を伺えるほど、蒼樹に余裕はなかった。
少女の風成が静かに言葉を紡ぐ。
「果たしたかったよ、約束。でももう疲れたし、個人のわがままより大切なことが目に見えている」
2人の風成は思い切り蒼樹の腕を噛んだ。
「いてぇっ!?」
彼が思わず力を緩めた隙に2人はするりと抜け出し、青い炎の方へ近づく。
「まぁ、嬉しかったぜ、蒼樹」
「じゃーね、バイバイ!」
再び目を逸らすほど綺麗な笑顔を浮かべた2人。炎の方へ歩みを進める。
あと数歩。
「やめて」
声が聞こえる。可愛らしくてふわりとした、しかし真っ直ぐに凛としていた、親友の声。
しかし知らないふりをしてすすむ。あの日の続きはない。きっと思い出の中のあの子が叫んでると錯覚していると納得する。
「やめてってば! ねぇ! ふうちゃん!」
蒼樹の時とは違う、精一杯であることは伝わるが弱々しい力。しかし確かな温もりが、強さがこもる手が、2人の片手にそれぞれ伸びる。
風成のカケラはそれぞれその手の主を見るために、ゆっくり振り返る。
少女の風成が、眉間に皺を寄せたまま、必死に口角を上げて話す。
「ほんと、そういうのいいんだけど」
彼女たちの視界に映った女子高生。
いつも
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