第29話 少女の欠片
幼子の姿をした『カギ』に連れられた3人の視界に、不快な薄暗い空間をわずかに照らしている青い炎のような塊が映る。
幼子はそれまで男子高校生たちにしがみついていたが、たったかと前に行き先頭を行く。
明るく大きな声を無理して出していると3人がわかるくらい、泣き震えている子どもの声が耳に入る。
「あ、あとちょっと! あの光がね、鍵穴なのよ。あそこにおてて置くといいの。でも、もう一つの鍵もあるからね、待っててね」
高校生たちは明らかに様子がおかしい彼女を心配し声をかけようとしたが、その前に自分のことしか頭にない女魔法使いの心無い言葉が伝う。
「はぁ? あなたひとつじゃないの? 最初に言いなさいよ」
「ご、ごめんなさい。でも、来るはずだから、きっと」
「きっとぉ? どこまでもふざけてるわね。幼い姿をとってるから多少はいいって? ただの『カギ』なのに変に甘えないでくれる?」
2人は女魔法使いに非難の声を浴びせるが、背を向いたままの彼女が首を縦に一度振って答える。
「甘えたらダメだよね。ごめんなさい」
顔を下げている悲しい小さな背中を、彼らはそれぞれの思いを抱き見つめた。
静寂がしばらく続いた。気まずい雰囲気をどうにかしたいと純平は2人に話しかけようとする。
そんな彼の耳に、数人の話し声が聞こえてきた。
「あの青い灯火が目的地です。もう一対のカギもいずれは。あ、いました。解除の際、もしものことがあるので、最大限接近してください」
対の方向から、多くの人影が現れる。双方の魔法使いたちは互いを認識しあった途端、その顔を歪ませ睨み合う。
先に口を出したのはベールだ。
「マリード、あなた達! なんで裏切り者どもと一緒にいるの?」
エジンが怒りを抱えながらも、上の立場にいる魔法使いに丁寧に応答する。
「魔法も使えず、困難な道のりでした。不本意ながらも協力関係を築かないといけなかったのです。ご理解いただけます?」
「ならもう終わりじゃない。殺しなさい」
「道具も魔法もないのにどうやって? ここは何が起こるかわからない気味の悪い空間というのはお互いに知ってますよね? 変に時間をかけてしまうより、早々に脱出するべきでは?」
「立派に口答えするじゃない。高等魔法使いとはいえ、“王”直属である私とは天と地ほど差があることを忘れてないかしら」
「でしたら尚更冷静にお願いします。元々あなたの身勝手な行いがきっかけで起きたことです」
「ううううう! あのひと以外の存在が私に意見するんじゃないわよぉ!」
騒ぎ立てる彼女達の間に、ずっと人影が入る。小柄の男子高校生である亜信は、飄々とした態度で彼女達に話しかける。
「落ち着けよおねーさんたち。あと少しで脱出できるんだ。ここまでの道のりもあって、俺たちみんなつかれている。休憩くらいしよーぜ!」
小さく怯えた声を出し、ベールはおとなしくなった。
仲裁に入った少年を、エジンは見下した感情を隠すことなく睨みつける。
彼と合った視線。エジンは本能的に溢れる内側の不安と恐怖に驚き、勢いをとめた。
落ち着きを取り戻した彼らはやっと思い出したかのように『カギ』の少女を、そして彼女に駆け寄るさらに幼い『カギ』を見る。
カレッドとグラシュは口々に言う。
「さぁ、早く鍵開けろよ。それともまたなんか手伝えってか?」
「なんで二つともあの子の姿なの? 年齢もわざわざ幼くなってるし」
「グラシュ、気にすることないよ。早く外に出ないと」
「そうね」
幼い方が周りの人々を1人ずつ見つめる。ぐるりと見渡して、最後にベールの方にずっと視線を向けた。
「ね、ねぇ」
小声で震える声。純平はその声色から含まれる幼子の気持ちを汲み取る。不安で、何かを押し殺して、それでも溢れる訴えの感情を。
ただ、意識を向けられたおんなは小さなソレに一切の関心を持たない。
「早くしなさいよ。少しでも早く出たいのよ!」
小さなソレは強く力んでみせた。幼子が泣かないためにする動作そのもの。
動きを止めた片割れに、もう一つのカギが寄り添い、頭を撫でる。
「あれほど言っただろ、お互いに。ここまで辿り着けたなら、もうやることは一つだと」
「ううう、でも、ううう」
「結果は出た。その日々の価値は示された。行こう、そして終わらせよう」
“カギ”の声は魔法使いたちの耳に届いても意味を成さない雑音でしかない。なかなか目先の青い灯火に行かない“ふたり”を責め立てる。
“カギ”の言葉を聞いていた純平は、彼らの態度に怒りをぶつけたくなった。飛び出そうな声、動き出しそうな体を、横にいる亜信が止める。
「純平、落ち着け」
「なんでだ? こんな酷い状況を見過ごせってか?」
「酷いって⋯⋯同じだろ?」
「あ⁉︎」
「お前のクラスの様子と」
純平の脳裏に、11組の光景が広がる。とりわけ騒がしい教室。いろんなクラスメイトの声。飛び交う個性。
そこに不釣り合いな窓際の一席。
近寄るべきではないというクラスの常識。
新入生時代から皆の当たり前。
窓から差す光を浴びる、小柄で見たこともない美しさを持つ人。
「はじめまして。俺、スポーツ専攻の川辺純平って──」
周囲が止める。
彼女と同じ中学から来たという、最初に意気投合した男子生徒がこれでもかと彼女の性格の悪さを出来事をまじえて語る。
その通りで、学校のイベントごとはことごとく非協力的。1人でできることしかしない。
(当たり前のことだ。そんな奴、誰も相手に)
芸能科所属のトップアイドルである同級生が、人目を気にせずその席に近づく。
「どんなことに興味があるの? これとかどう?」
(意味ないだろ。何やってんの、モモエちゃん。
──意味、って、あれ、意味は)
意識を今に向ける。
自分を心配そうに見つめる親友の名を呼び、弱気な声を絞り出す。
「俺、知ろうとしてない。同じだ。
「落ち着け、気にするな。そんなもんだろ」
「いやいや、なんで? お、おれ、はぁ、はぁ」
「純平⋯⋯」
取り乱す親友を落ち着かせるために、少年は“カギ”への関心を絶った。
中学生姿のソレはそのことを察し、もう一方の様子を確かめる。
1番高い背丈の人と目線だけが合う。彼の体には、両サイドに女たちがまとわりついていた。
筋肉質の女性の方は鋭い目線をこちらに向ける。首をぐいっと動かす。
おしゃれな女性の方は、一途に彼の顔を見続ける。
カギの片割れは、理解した状況をくすりと笑った。小さな方の手を握り、優しい瞳で、穏やかな声で話す。
「安心だろ? 何も変わらない。誰も損をしない。悲しくて悔しいけど、最適解は見えている。こちらも解放されるんだ。一番良いカタチで収まる」
「そう、そうね! うん、うん! 行こう」
彼女たちは手を強くつよく握り合う。
その震えを見ていたのは、たった1人の視界。『王の物』である彼の思考は何もしない、で解決している。
理解しているのに、両サイドの部下がいてなお、体が動き出しそうで仕方がない。特に右手は、エジンでなければ抑えが効かない。
彼の視野に別の風景が霞がかる。
夢で何度もなんども見る、嵐と荒波の中。伸びる誰かの汚れた手。
(声を、言葉を紡がねば。また、また──)
口を開けようとしたその時、怒りと熱量がこもった大声が背後から迫ってくる。
「ちょっと待ったぁぁあ!」
人の域を超えた速さで青の灯火に迫る影は、そのそばにいた2人の『カギ』を片手に収め、地面に勢いよく滑り込んだ。
異空間の地面が柔らかく特殊なので、その衝撃を難なく受け止める。
周囲は突然現れた、見慣れない学ランの少年を見る。
彼らの目線を気にすることなく、彼は強く両腕の力を強める。
痛がる『カギ』たち。中学生姿の方のソレが、彼の名を呼ぶ。
「やめろ、離せよ
「無理っす! 廻郷先輩!」
プラウは強くマリードに密着しながらため息混じりに乱入者に言う。
「脱出まで後少しだってのに。君、ソレはカギよ。姿はあなたの知ってる人として──」
「黙れ!」
「何もしようとしない、何も決められないお前がすまし顔するな。気持ち悪りぃ」
制限もリスクもなく使える『すべてを見透かす』瞳は、現状を全て蒼樹に伝える。
「あぁ、ほんっとうにやべーわお前ら。こんな工夫も何もない、自称『カギ』のウソすら疑えねーのかよ」
蒼樹の発言に幼い方が焦りだす。
「だめ、言わないで! もう解決することなの!」
「解決? 先輩の消滅が?」
「ねぇ、言うこと聞いてよ!」
「無理です! 俺は、何も返せていないから。あなたには消えてほしくない!」
彼らの会話に、グラシュが口を出す。
「先から何を言ってるの? 消えるとかなんとか。ウソって何。私たち騙され⋯⋯」
彼女の不満をかき消す大声で蒼樹は言葉を被せた。
「お前らが1番知っているべき姿なのに! 先輩の『ヒト』である魂の一部。そうあろうとした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます