第28話 居たかった

 薄暗い、影が彷徨う異質な洞窟のような空間に、凛々しくも可愛らしさが残る堂々とした少女の声が響いた。


「さぁ、私の指示に従え。脱出するぞ!」


 美しくなびく長髪の小柄な少女。この街にある市立の中学生制服をまとう、彼らが知る風成かのじょより明るく少し幼い雰囲気。


 マリードが誰も正確に聞き取れないほどの声で似た人物の名を言う。それに被るようにエジンが指を差し叫ぶ。


「どこに行ってたんだ、観察対象の人間! そして何を言い出す。わかっていることを全て話せ! 下等な人間、上位種われわれの言葉には従うように」


 少女は目を丸くしたあと、吹き出し笑いで返答をする。


「ふふっ。筋肉のお姉さん、勘違いしてるぜ。私はお前の言う人物ではない、と言うか人じゃねーよ。私はこの異空間の『カギ』だ。それも『鍵穴』までのナビゲートもできるぜ」


 自身の性能を説明し、誇りげに仁王立ちする『カギ』に、カレッドに支えられているグラシュが疑問をぶつけた。


「脱出の必要部品ってことはわかったわ。ただ、なんでよりによってあの子の姿を、それも少し前の方をとっているの? もうちょっと何かなかったのかしら」


 少し間を空けてから満面の笑みで『カギ』は答える。


「形をとらないと貴様たちの目に映らない。さぁてどんな造形にするか。そんな時、“モデル”をちょうど見かけてな。それを参考にしたらこのようになったのだ」


 ひとりでに頷いている『カギ』に向かい、グラシュは冷たく言い放つ。


「形だけじゃなく、なんとなく中身もかたどってないかしら。別の模擬はなかったの」


 少し眉を中心に寄せて『カギ』は答える。


「すまねーな。でもあと少しだから」


 表情と少し弱々しい声色が、マリードの耳に響く。それは目の前の『カギ』を名乗る存在に対して漠然とした違和感を覚えるものだった。


 『カギ』は早速、妙な方向を指して指示を出す。


「これ、実は持つことができる岩だ。力がある3人、そうだな、男2人とそこのガッツリお姉さんが力を合わせれば動かせるな。そこに『鍵穴』へ通じる道がある」


 人任せな指示に、カレッドはため息混じりに発言する。


「なぁ、案内するならあんた一人でそういうだるい作業やっていけよ。あいつの姿摸しているんなら、できるだろ。馬鹿力」


 『カギ』は制服のスカートを強く握りしめながら返答を返す。


「私は見た目こそお前が知る怪力女だがな、この体、構成物、全部別物だ。ヒトの肉体構造の模擬ではぇの! つまり非力だ! 出口の締まりを解くだけの存在なんだよ」

「はぁ、紛らわしい」

「申し訳ありません〜、でも仕方ねぇだろ。恋人との日常を取り戻したいなら体も動かせよ」


 『カギ』の姿を見ることなく舌打ちしたカレッドは、グラシュに応援の口付けをしてもらったあと、渋々マリードたちが立つ岩の前に並び、指示通り動かした。そこには小さめだが確かに進むことができる通路があった。


 しかし、他の誰もが、先に行こうとしない。『カギ』は首を傾げ尋ねた。


「なんで行かんのだ?」


 その問いには、岩をどかし終えたマリードに駆け寄り、支えるという体で腕に絡みつき密着する女魔法使い:プラウが答えた。


「不安だからよ。今までとは雰囲気全然違う通路だし。あなたが本当に『カギ』なのかもわからない。私たちを騙す別物なのかもしれない。あなたが先に行っても安全性の証明にもならないわ」

「それを言われちゃあ困るぜ。でもまぁ、わかるぜ。信頼ないかー。でも早くしねぇと、もっと広くなるしなぁ」


 通路の前でしゃがみ頭を悩ませる彼女。周囲の魔法使いたちは厳しい目を彼女に向ける。


 そんな中、マリードが告げる。


「俺が続いて行こう」


 プラウとエジンが彼の両腕に体を押し付けながら必死に引き留めの言葉を交互に浴びせた。それでも、彼の決断は揺るがない。


「結果騙され被害に遭っても、文句はない。そもそも、死ぬ時点でその程度だと言うことだ」


 二人の魔法使いは渋々手を離す。“王”の最高兵力としての価値を盾にされては何も言えない。


 大きな彼がソレに近づいてくる。


「案内を頼む」

「あぁ、任された。⋯⋯ありがとう」


 『カギ』は感謝の言葉を述べながら体を通路の方へ向けた。柔らかい微笑みを浮かべていたが、その表情を誰も目に映すことはなかった。


 マリードは通路の安全性とその先にある別空間の様子を伝えに戻ってきた。


 部下の二人は彼の無事を真っ先に喜び飛びついた。彼女たちの気分の高揚を抑え、淡々と説明をする。


「向こう側はしばらくあまり問題なく歩くことができる。しかし別空間との境目が奇妙なことになっている。地面の安定性が低い。膝下まで食い込む柔らかなところだった。体感温度も低めだから、なるべく効率よく進まなければ体力が奪われる」


 エジンは強気に溢れた逞しい表情で意見する。


「私の肉体と体力には問題ありません。ただ、プラウが心配でございます。そこでご提案です。我々二人で彼女の支援をしながら進みましょう」


 プラウはマリードに支えられ触れることができ、エジンにとってはマリードと協力して何かを成すことができる。お互いに好意を寄せる相手で心を満たすことができる。


「承諾」


 いつもの無機質な彼に戻ったことで彼女たちは安堵した。


 3人は小さな通路の中へ入っていく。


 最後尾のプラウが裏切り者の2人に声をかけた。


「先みたいに、私たちだけでは対処できない場面もあるわ。出るまでは協力関係築いた方がいいんじゃない? それとも、永遠にここでデートを楽しむの? あなたたちにはお似合いではあるけれどね」


 挑発的な発言を受けてカレッドは怒りの表情を浮かべた。


「協力を提案する態度かよ。他の解決法探そう。勝手に詰んでろよ、お前らで」


 頑なに動かない彼の手もとに、そっと包み胸元に持ち上げる細く綺麗な手が映る。


「カレッド、少し冷静になりましょう。このままでは何も脱出のヒントを得られない。正直、ここは苦痛で仕方ないわ。見た目も、環境も、感じる全てが気持ち悪い」

「そうだな、君をずっとここに留めるわけにはいかない」

「協力というより利害関係を結ぶ感覚よ。たっぷりお互いに利用し合おうじゃない」

「そうだな」


 2人は前後になり、通路の中に入っていった。


 通路の出口に着いてすぐ、ひとつの『カギ』と目が合った。


 『カギ』はやれやれといった表情で彼らに声をかけた。


「おまえら遅かったな。ケツが引っかかるような場所はなかったはずだが」


 親しい人に話しかけるような調子で声をかけてくるソレに、2人は冷たい目を向ける。お互いに顔を合わせ、男の方が意思を伝える。


「お前さ、ただの模擬なんだろ? ただでさえ厄介者の姿だから気が滅入るんだ。雰囲気すら真似とか勘弁してくれ。淡々と情報だけ言えばいいからさ」

「わかった」


 『カギ』はすんなりと聞き入れた様子で、必要最低限の案内以外は止めた。


 マリードの部下たちも彼の一言には賛成のようで、機械的な案内を始めた『カギ』に負の感情を向けなくなった。


 足場が不安定な空間にたどり着く。『カギ』は注意点を説明しようとしたが、多くがマリードに説明を聞いたとソレの言葉を跳ね除けた。向かう方向を指で示させると、次々に着地点へ向かっていった。


 『カギ』は先に立つ5人を無表情で見つめ続ける。


 エジンがたまらず、遠くのソレに言葉を投げた。


「早く来なよ。ヒトじゃないなら体力の問題とかないだろう?」


 片手の人差し指を顎下に当て、首をしばらく傾げたソレは言葉を返す。


「複雑な移動機能がありません。移動には基本多くの支援が必要です」


 頭を抱える魔法使いたち。誰が『カギを持つ』か決めなければならない。


 役割分担という名の押し付け合いを始めようとゆっくり距離を縮める彼らだったが、1人姿がなかった。


 プラウはまさかと思い先ほどいた位置を見る。


 そこに向かい、マリードが再び進みにくい奇妙な地面を進んでいた。


(マリード様、形を模しただけのアレにも。本当に異変が多い。なにをしたの? なにがあるの? 廻郷 風成)


 マネキンのように立ち止まっている『カギ』の目の前に立ち、彼女の身長に合わせ屈んで彼は話す。


「お前、本当のことを話しているのか? 模したって、どういうことだ? 廻郷はどうなっているか知ってるのか?」


 風成にそっくりの、たまに青く見える黒く美しい瞳はしっかりと目の前の大きな少年を捉えた。


「今は『鍵穴』にたどり着くことを優先してください」


 彼に悪寒が走る。

 現状もそうだが、言われるがまま行動した先、何か取り返しのつかない結末が待っている気がした。


 彼は思わず口元と眉、ソレの肩に置いた両手に力が入った。


 彼の視界に映る『カギ』は、うっすら目を開けた状態で、静かに口角を上げていた。

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