第27話 届けたかった
純平は、自身の足元にぴたりとくっついている女の子に尋ねた。
「まさかお前、廻郷?」
女の子は目を見開きながら、口元をギュッと締めて首を横に振った。
無言が続いたが、絞り出しように彼女が話し出す。
「あのね、わたしはね、『カギ』よ! 出口に連れていって!」
少年たちは唐突な発言に、二人で顔を見合わせおろおろとしている。対して、女魔法使いは、小さな子の姿を目に映すことなく、鼻で笑いながら言葉を紡ぐ。
「迷ってる私たちに頼み事?」
女の子はベールの方を向きながら、考えて考えて、やっと話し出す。
「出口わかるの! そこまで連れていって!」
「わかるなら一人で行きなさい。早くしなさい。こんなところ、気持ち悪くてしかたがないわ」
正体は謎ではあるものの、幼い姿をとる子に容赦のない言葉を次々浴びせる女魔法使いの器の無さに、純平は呆れた。代わりに自分がしゃがみ、女の子に話しかける。
「えっと、君は『カギ』なんだな? 出口がわかるって? ゆっくりでいいから詳しく教えてくれるかな?」
「うん! おにいちゃんありがとう!」
泣きそうな顔をしていた『カギ』は、ころりとキラキラした笑顔を見せた。
彼女が言うには、その姿は近くにいた人を真似しただけで特に意味はないという。この気味の悪い世界は中心部に青く光る『核』があり、そこまでいけたら全てが解決するそうだ。
「ただ、意地悪されて、一人では行けなくされたの。誰かに連れていって貰わないとなの」
純平は息を整えて、亜信に声をかける。
「そう言うことだから連れて行こうぜ。ちょっとお前に任せっきりになるかもだが」
「いいぜ、お前は無理しないように。たんと俺に頼りな! さて嬢ちゃん、案内頼むぜ」
亜信は小さな鍵を抱っこして、純平の様子を気にしながら、指示通りに進んでいく。
純平は振り返り、魔法使いの女に嫌々ながら一応声をかけた。
「俺らは行くから。好きにしてたら?」
小さくなっていく彼らの背中を、ベールは拳を握りしめながら、バタバタと追いかけた。
「ちょ、待ちなさいよぉ〜! 女を一人にしておくなんて鬼畜よ!」
・
幼い風成の姿をした『カギ』は、彼らが知る本人とかけ離れていた。
些細なことでも積極的に話しかけてくる。
「栗色のお兄ちゃんが『あしん』にぃ、大きな方が『じゅんぺい』にぃ、なのね!」
はじめこそ、見た目が知り合いそっくりかつ、性格が真逆であることに調子を狂わせていた二人だが、数分話すうちに慣れていた。
「あしんにぃ、この岩、こっちに転がせそう?」
「こんぐらいなら余裕だ! 俺は力持ちなんだぜ!」
「すごーい! ふぅ⋯⋯わたしもムキムキだったらよかったなぁ」
『カギ』は、ぎこちない言葉で一生懸命案内をした。
「じゅんぺいにぃ、あのボコってとこ、押せる? 届きそう?」
「亜信ちょっと台になってくれ、よし、これで確実に⋯⋯おしっ!」
三人で迷って、似た道を回っていたことが嘘のように、『カギ』の案内は順調に進んでいた。
柔らかい壁が向こうの道を邪魔しているところに彼らは到達する。
「純平、これ俺らが二人がかりで抑えて、先にクソ
「不安だなぁ、あいつ、ちゃんとしてくれるかなぁ」
鋭い目つきで二人はベールを睨みつける。
「なんなのよあんたたち。私をバカにしないで。出るための行動ならきちんとするわよ」
ベールは『カギ』を抱え、二人が抑えている壁の隙間を強引に潜り抜けた。そして少しその場から歩き、余裕のあるところで『カギ』を降ろした。
「あの、おねーちゃん」
「お礼はいいわ。目障りだから私の視界に映らないでくれる? 声も聞かせないで。イライラするの」
幼子は口を強く噛み締め、着ているワンピースのスカートを両手で強くくしゃくしゃと丸める。
後から来た亜信と純平は必死に『カギ』を慰めた。
「おー、気にすんなよ。あいつだいぶイッちゃってるからさ。ほら、お兄さんの特技サル顔ー! ってもとからじゃんー!」
「高いたかいするか? 俺ほどの背丈はなかなかいないぞー、レアだぞー!」
『カギ』は溢れそうな涙をおさえて、笑って見せた。
「ありがとう、やさしいおにいちゃんたち!」
少年たちはひと段落ついたと大きく深呼吸をする。
純平はその直後、足に力が入らなくなり、地面に倒れ込んだ。
「純平⁉︎」
「じゅんぺいおにぃ!」
横目で見つめるベールがため息をこぼしながら告げる。
「そこのチビに会う前から、あんた限界きてたじゃない。変に頑張ってたけど、人間なのに無茶するからよ」
倒れ込む彼に駆け寄る『カギ』と亜信。彼は一瞬、ベールに鋭い目線を向けたのち、純平を仰向けにして様子を見る。
「あしんおにぃ、じゅんぺいにぃは無理してたの?」
「あぁ。こいつ、野球部だし根性凄くて。自分の体が本気で耐えられなくなるまで頑張るクセがあるんだよ。そのせいで冬くらいに体ぶっ壊して。春半ばまで療養中の身なんだよ本当は」
息を乱している彼の額に、幼子は触れる。
「そうだったの。ごめんなさい、ごめんなさい。無理させちゃって、迷惑かけちゃって」
純平は額に広がる小さくて冷たい感覚に癒され、落ち着くことができた。
「心配させちゃったな。もしよかったら、ちょっと休憩していいか?」
「うん!」
純平は仰向けのまま、その彼の両隣に亜信と『カギ』はそうように寝る。ベールは少しだけ離れたところに、壁に寄りかかる。彼らがいつ動き出してもついていけるように。
三人は好きなものや出たら真っ先にしたいことを色々話し合った。
大体は『カギ』が彼らについて根掘り葉掘り聞いてきた。あれこれと話すうち、すっかりお兄さん気分になった純平が幼子に質問した。
「せっかくなら、お兄さんたちに聞きたいことがある? 俺らの知恵と経験で答えよう!」
「純平、調子乗んなって。ハハハ」
女の子はむくりと体を起こし、深く深く考えて何かを捻り出そうとした。
「あ、思いついた!」
キラキラとした瞳で、彼らを見つめる。
「あのね、お兄ちゃんたち、どうやったら“想い”
は届くの?」
二人は頭を悩ませた。思った以上にふわりとした質問だ。
(告白のことなのか?)
純平がはじめに答えた。
「えーっと、好きって伝える方法か。思い出を作っていけば、きっと伝わるんじゃないか?」
その答えに亜信が反発する。
「いやいや、そんな消極的なことだと無理だぜ! やはり献身だな! 相手が望むことをしてあげれば伝わるさ」
「亜信、それはいいように利用されて終わるって!」
二人の言い合いを鬱陶しそうに見つめていたベールは、口を挟む。
「アピールするのよ。自分の素晴らしさを、魅力を、これでもかと相手に教え込むのよ。そうすればいいじゃない」
高校生二人は口を揃えて言う。
「それはうざい」
「なっ、せっかく素晴らしい回答をしてあげたのに!」
それぞれの言い分を決して曲げずに盛り上がる三人を、女の子は乾いた笑顔で眺めていた。
「⋯⋯ありがとう」
その小声は、誰の耳にも届かなかった。
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