第35話 情報屋の少年

 挨拶を交わしてきた少年を風成は全く知らない。そもそも花成乃のことも一度百得のせいで引き合わされた一回だけの面識だ。


「よく、名前まで覚えているな」

「ええ。Momo先輩から話はよく聞いていますので」

「アイツ⋯⋯」

「とても綺麗で強い方だと。実際、私もあの日先輩を見てそう思いました」


 認知した日を話し合う2人は、強い目線を感じる方へ顔を向ける。花成乃の同級生である男子生徒が面をつけたような作り笑顔で待っていた。


「かなの〜ん、昼休みもあと少しだしぃ、はやーく伝えようよ。情報は早くゲットの方がいいよねぇ」


 花成乃は彼に謝ると、風成に紹介を始めた。


「この人は私のクラスメイト。大知おおち 想生歩そうほです」


 紹介された彼は花成乃のそばに並び、ピースサインを作った手を顔にピトッと付けながら補足をする。


「初めましてぇ! 一年の芸能・スポーツ専攻の想生歩くんでぇす。情報収集が得意な、トドロキ高校新聞部所属、超期待の大型新人で〜す」


 軽々しい態度から彼の自己紹介に疑いの目を向ける風成。その視線を感じ、彼は首を傾げるがその実力の鱗片を見せていないことに気づいて語り始める。


「かなのんとおれ、ちょうど双方とも職員室に用があってきたんですぅ。そん時ねぇ、廻郷先輩が来たのを横目で見てぇ、ちょーっと話聞いちゃったんですー」


 風成はそうかと納得したが、数秒経って冷静に考えてみたら、それがただの盗み聞きであることを理解した。


「は? ふざけんなよ、よその話に耳すませんな」

「怒らないでくださいよぉ、まだ話の途中ですし、おれたち後輩みーんなの今後にも関わる事態が先輩の件には絡んでるんですぅ」


 自身の赤点問題が後輩世代すべてに関わるということが、疑問で仕方ない。先ほど花成乃も似たことを言っていたので、そこだけでも知るべきかと去りたい気持ちを抑えた。


 花成乃が級友の言葉を補うため口を開く。


「盗み聞きには違いありませんが、彼は特殊な聴覚と情報処理能力がありまして。声が聞こえる空間で、数名ほどの同時会話なら全て理解してしまうのです。職員室、我々合わせても話している人が10人未満でした」

「その後の先輩の声質も聞き取れましたぁ。すんげー困ってる感じでしたし、太内ふとうち教頭派としても助力したいですしぃ」


 風成は急に教頭という単語が出てきて、頭の中が混乱し始めた。トドロキ高校には2人教頭がいることは知っている。ふくよかで生徒との会話を積極的に行う方と、痩せ型で物事をきちんと取り締まる方。


「教頭が⋯⋯なに?」

「想生歩くん、解説お願いしてもよろしくて?」


 彼はにこやかに承諾し、風成にこの高校の教育方針の変化について話し始めた。


「情報はとーっても武器になりますからねぇ、知ってて損はないですよぉ、むしろアンテナはっていきましょ〜」



 トドロキ高校は、教頭2人を筆頭にした『教育方針の派閥』がある。ちなみに校長は中立である。


 ふくよかな体型が特徴の『太内教頭』が掲げている方針は“協調性、コミュニケーションを主にして、社会を生きていける人材をつくる”。


 痩せ型体型が特徴の『細稲ほそいね教頭』が掲げている方針は“個性、個々の能力を主にして、社会を引っ張っていく人材をつくる”。


 専攻科の教師は大体『太内教頭派』である。特進、進学担当の教師は『細稲教頭派』がしめる。


 去年までは双方の派閥の教師がいいバランスで保たれており、どちらの利点も、問題点も補いあえているような環境が続いていた。


 しかし、『太内教頭派』の実質No.2が、定年と家庭の事情が重なり、退職してしまった。


 そのためバランスが崩れ『細稲教頭派』の勢力が強まり、教育方針の案もそちら側の意見が優位に通る状況に陥ってしまった。


 想生歩がこれを重く見ている理由。それは、『細稲教頭派』は“個性や個人の能力”を重視し育てる方針ばかりを出すので、チームで何かをすることが多い専攻科所属の一同によりそう教育が十分にされないのではないかということである。

 それだけではなく、目を通した案のほとんどが『欠点を自分の力で補えるようになる』カリキュラムに溢れていて、“個性重視”という点から矛盾していきそうな雰囲気もある。


「これは個人的になんですけどぉ、弱みまでも人に預けられないってぇ、おれにはチョー生き辛いんですけどぉ!」


 想生歩がムッとした表情で言った最後の文句だけは、賛同できない風成。


「別に私は1人でいいが」


 関心が剥がれそうになっていると焦る花成乃。

風成をその気にさせる方法を、彼女は芸能界で磨いた人への態度と百得の事前情報で練り上げる。


「芸能科の私たちにとってはかなりの痛手なのです。才能だけで残り続けれる方は稀。コミュニケーション必須の業界なのに、今の方針が侵食され続けたら、私たち以降、下手したら私たちも。妙な縛りに囚われて、その才を発揮できずに詰む可能性があります」


 後の世代に負を残し足を引っ張る行為は弱いことだと認識している風成にとって、彼女の危惧していることには共感できる。


「だが、それは教師が決めることだろ。私たちがどうこうできねーし、そもそも私は⋯⋯」


 困り顔の風成に、ゆるりとしていた想生歩が姿勢をただし話をする。


「専攻科の活気を見せつけると、だいぶ変わる気がしますよぉ、ここ、私立だし。先輩は人当たりの悪さは有名ですけど、剣道部のエースとして走り続けたじゃないですか。あなたが『細稲教頭派』の制度をでうち破いてくれたら、それはまぁ盛り上がると思います〜」

「ある方法?」


 想生歩は今まで時折見せていたふにゃりとして抜け切った微笑みではなく、優しさの中に期待と想いが溢れているキリッとした笑顔で教えた。


「Mr.模範先輩⋯⋯もとい村上生徒会会長がなんとか通した案なんですけど、ズバリ『校内勉強合宿』です!」

「校内⋯⋯勉強合宿?」


 花成乃はキョトンとした風成にむけて説明を付け足した。


「増設された校舎、大人数が宿泊できる設備がありますでしょう。部活関係で使用されることが多いですが、今回はそちらを利用するようです。『協力して学習する』。太内教頭先生の方針を生かした活動です」


 つまり、協力や関わりにより学力を向上し、正面から“細稲教頭派”の方針を砕こうという方法である。

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