第25話 合流
亜信と純平は、この空間を歩き続けて数分経った。不気味さと気持ち悪さの具現と言ってもいいような風景が次々に目に入る。
「なぁ、亜信。俺おかしくなってるわ。次はどんなキモいところだろうとか思い始めてるや。なんか恐怖よりワクワクがやべぇ」
「いやー、表現されてるよな。芸術の域だろこれ」
楽しく会話している彼らの耳に、相手以外の声が入ってくる。
「助けなさいよぉ〜!」
話が止まる。純平は辺りをキョロキョロ見渡す。
「この声、こっちだ!」
「は、え? おい、純平⁉︎」
彼の行動に深いため息をついたあと、亜信はその後を追いかけた。
進んだ先で蒸し暑さに襲われる。辺りはところどころある空洞以外黒い霧に覆われている。柔らかい地面は必要以上に体力を奪う。手を伸ばせば届きそうな上から落ちてくる“熱い雨”を、彼らは浴びた。
「あちっ! おーい! 来ましたよー!」
「これは。長くいると倒れるぞ!」
「わかった! 急ぐ!」
「そういうことじゃねぇよ⋯⋯」
そう言いながらも、2人は助けの声が聞こえる方へ近づいていった。
声の主を見つけた2人は固まった。先ほど、“魔法使い”たちを従えていた彼女だったためだ。その肉体は下半身が柔らかな地面に埋もれている。
「私の体に触れてもいいから! 助けなさいよ!」
あまりにも傲慢で上から目線。ベールの物言いに、亜信は呆れからくるため息を吐き、目元の汗を拭いながらいう。
「純平、別のところ探索するぞ」
視界を元に戻す。そこに彼はおらず、向こうの傲慢な人物の体を必死に掴んで持ち上げようとしていた。
「なんでっ⁉︎」
「だって助けてって言ってるし!」
「⋯⋯あぁ、もう! わからねーよほんと!」
ベールのところにイヤイヤ駆けつけ、2人の男子高生は力を合わせて、その体を穴から抜きあげた。
暑い環境のため、必要以上の体力を消耗した彼らはしばらく息を整えるため力を抜いた。そんな彼らの様子に気を使うことなく、ベールは次の要求をする。
「さぁ、早くここを抜け出すわよ。あんたたち、私を挟んで歩きなさい」
純平はこの人物の振る舞いに大きく目を見開いた。眉に皺を寄せて立ち上がりながら話す。
「なぁ、一応俺たち、あんたのピンチを救ったんだ。恩着せがましいことは言いたくないんだが、礼の一つもないわけ?」
ムッとした顔持ちで彼女は告げる。
「私は“魔法使い”よ? 下等な人間が上位存在の私に尽くすのは当たり前でしょ?」
純平はこの人物の思考回路に唖然とした。姿だけが同じの別の生き物だと思ってしまうほど。
そんな彼の背を軽く亜信は叩く。
「行くぞ」
「そうだな」
2人は魔法使いからそそくさと距離を置く。
自分を置いていく2人に焦った彼女は、声を荒げながらその後を追ってきた。
「キィーッ! あなたたちなんて、こんな状況でなければすぐ殺せるのよ⁉︎ 黙って従いなさいよ!」
純平は引きつった顔で迫り来る人物を見た。
「やばぁ。無視きめたほうがいいな。なぁ、亜信⋯⋯」
悪寒が走る。
蒸し暑い空間であるはずなのに、魔法使いと話をふった少年は体全体が縮み上がった。
2人の目線の先には、黒い霧のように可視化されたオーラを纏う小柄の少年。明確な敵への殺意により、彼の目は赤く鋭く光って見えた。
「殺すか」
深い地の奥底から響いてくるような重い声色は、他の恐怖を簡単に飲みんでいく。
「あ⋯⋯あ⋯⋯」
親友の怯える声を聞いた彼は、一息ついて、いつものような飄々とした態度に戻って話し出した。
「おっとつい。いやぁ、おねーさん! 怖いことを言うもんじゃねーぜ! 見ての通りお互いピンチ! ここは一つ、協力し合おうぜ♪」
ベールの前に迫り、その方に手をポンと置く。そしてその身を寄せて、相手の耳にだけ聞こえる小声で囁く。
「純平に対して、一切の悪意を許さん」
亜信の手が離れた首元から、赤い横線が浮かび上がる。
「さぁ、この手を取って!」
彼の笑顔の裏に潜む、底なし沼の“悪”。自身を上位種と誇っていた人物は、目の前の少年に従うことに必死になった。
3人は記憶やカンを頼りに様々な場所を回った。濁流が迫る坂、嘆きの声だけが響く真っ暗闇、身を削られそうなほど不規則に吹き荒れる風の間──。
どこを回っても体力と精神を削られるだけで、出口の手がかりは一向に掴めない。
これまでの疲労が溜まり、純平はふらつきはじめる。彼の体調をすぐに理解した亜信は駆け寄り支えながら声をかけた。
「しばらく寄りかかれ。少しはマシになるだろ」
「わりぃ。ハァ、ハァ⋯⋯」
ベールは手を貸すことなく、ため息をつきながら、そばを歩く。
前を歩く人物の態度も彼の気力を削る要素だ。
(でも、もう。話す、余裕も、ねぇわ⋯⋯)
支えられていても歩行がおぼつかなくなる。そのまま意識も途切れそうになったとき、可愛らしい声が足元から聞こえた。
「やっとみつけたから、たえて!」
声がした方へ、一同は視界を向ける。彼らは動きをぴたりととめた。純平も、衝撃のあまり、感じた疲労が全て彼方に飛んでいくようにかんじた。
声の主は、どう見ても10に満たない年齢の女の子。姿は風成の面影を強くうつしたものだった。
・
同時刻、マリード達もこの異空間を探索していた。しかし脱出の糸口は全く掴めていない。
寒さが襲う場所から抜け出した彼らは、ねっとりとした感覚と黒い影が彷徨う薄暗い洞窟のような空間にたどり着いた。
人の声が聞こえると進んだ彼らの目の前に、魔法使いたちの裏切り者の姿が見えた。
“炎の魔法使い”は、恋人の“再生の子”を抱き寄せ、3人の姿を見て強く警戒する。
「最悪だな、お前らと出会うなんて」
「先に言っておくけれど、私たち魔法使えなくなっているわ」
「お互い手出しが難しい。ここは穏便に行くほうがいいだろう。なにせ、体力だけが削られる空間だ」
「ほんと、
「悪いことしか運んでこねぇからな。いっそのこと殺したほうがいいかも⋯⋯」
彼らの意見が正しいと頷くエジンとプラウ。納得の意思表示をしようとマリードを見た。
彼の目に、強い意志が宿っていた。“王”の忠実な傀儡である彼が持つべきではない輝きが光っていた。
「あいつがいなければ俺たちは全滅していた。皆を庇った彼女に、悪意を向けるな」
部下である2人の女は冷や汗をかいた。マリードの言葉に驚きを隠せない。
その発言は無駄で、彼にとっても無意味。
何の利益にもつながらない、何も得もしない行動を“王”が望む完璧なしもべである彼がした。
エジンは彼に抱いている人物像との違いに戸惑う。一方、プラウは彼から距離を取り、胸元の服を強く握りしめた。
その様子をカレッドとグラシュは、せせらわらう。
「はっ! あの“三柱・王の兵器”とまで言われたお前が、随分アイツに肩入れしてんじゃねーか!」
「ふふっ、あの綺麗な見た目に惑わされたの? あの子も罪な女ね」
目の前の彼らを見ないようにと、少年は目を閉じる。
(こいつらが⋯⋯。本当に、アイツの“親友”だったのか?)
じわりと全身に力がこもり始めた、その時。
「罪な女で結構!」
恋人たちの背後から大きな声が聞こえた。それは、彼らにとって嫌でも知っている声質ながら、ハキハキと元気のこもったものだった。
「罪な女の姿で申し訳ねーな。でも、ここから出たいなら信じるしかねーよ、私の言葉」
声の主の姿は、近所の中学生の制服をまとう少女。
現在に近い凛々しく美しい姿に、元気で活発な様子は、噂に聞く中学生時代の“廻郷 風成”そのものだった。
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