第24話 心象

 生ぬるくねっとりとした感覚が恋人同士の魔法使いに伝う。カレッドとグラシュはその不快感を避けるため、すぐさま体を起こした。柔らかく不安定な地面は、立つだけでも苦労する。


「なんだ、この空間」

「何が起きたの?」


 薄暗くてよく見えないが、柔らかい肉の塊のような岩でできた洞窟。それが彼らが抱いた印象。


「公園にいて、“しゆきさま”に会いに行ったら面倒ごとに⋯⋯えっと」

「グラシュ、しゃがむぞ!」


 突然のことに驚き声をあげることもなく、彼に引っ張られる。


 するととても強い突風と合わせて、鋭利な小さな個体が勢いよく頭上を過ぎていった。


『フフフフフ』


 不気味な笑い声と共に、今度は地面から手のような黒い影が伸びる。


「うわぁ! グラシュ逃げるぞ!」

「何ここ! 気持ち悪い!」



 同じ頃、目を覚ましたベールは悲鳴をあげていた。


「熱い、熱いわよっ!」


 通れそうな場所以外は黒いモヤがかかり、触れただけでも痛い。上には高くない位置にある“天井”から、焼きただれはしないものの触れると痺れるほどの温度の水が落ちている。


 地面に触れて自在に操ることも考えたが、魔力が全く練れない。


 彼女はさわぐことしかできなかった。


「どこなのよぉ! 助けなさいよぉ!」



 純平は蒸し暑さから意識を取り戻した。側には固まり震える亜信。


「亜信?」


 亜信に近づこうと身を起こすため力む。思い通りに体は動かない。

 

「な⋯⋯!」


 自身の体をよく見る。続けて親友の体も見る。全身の至る所に、黒くて禍々しいつるのようなものが巻き付いている。同時に、柔らかな地面がだんだん膨らんできている。


(このままじゃ、生き埋めじゃねーか!)

「うぉおおお!」


 純平は精一杯力を使い蔓を解いた。それは諦めたかのように地にへばりつき、灰のように消えていった。


(亜信は⁉︎)


 未だ正気を戻していない、敵なしの友人。いつも自分を助けてくれる優しい存在を放っておくことは、彼にはできない。


 駆け寄って、強引にまとわりつく黒い縛りを解く。強引に扱ったためか、少し手が切れて赤みが出る。そんな痛みで少し止まりながらも、全て解ききった彼は、友の両頬をパチンと叩いた。そして少し強引にその両頬を中央に向かい押す。


「亜信、震えが止まらない光景は見なくていいから! 代わりに俺がちゃんと手を引くから! とりあえず動けや!」

「⋯⋯!」


 彼らの目線が交差する。


「⋯⋯じゅんへー、はらひへ(純平、放して)」

「よかったぁ!」


 純平は彼の頬から手を引いた。そしてヒリヒリする手を軽く振る。


 亜信は両頬を揉みほぐしながら辺りを見渡す。そして頭を抱えたあと、言葉を口にした。


「⋯⋯なんだここ、気色悪」

「俺たち、公園にいたよな?」

「うーん、とりあえず探索するか?」

「そうだな、また蔓っぽいやつ出たら困るし」

「なんか迷路探索みたいだよなー」

「ダンジョンみたいだよな、趣味最悪だがな!」


 2人は、顔を見合わせてゲラゲラ笑いながら足を進めた。



 占い師として名をあげている少女は、力なく座りこんでいた。


 柔らかい肉のような壁、鋭いツララが多くある頭上、凍えてしまいそうなほどに寒い温度、一面に広がる氷の地面。


 “無力な自分”を移す地面から目線を逸らすことしかできない。


「鏡。鏡さんがいないと。私、何もできません⋯⋯。あ、ああ、あああ──ッ!」


 虚しさと、悲痛を込めた声が誰もいない空間に響いた。



 マリードとその部下がいる場所も凍えるほどの寒さが襲う場所だった。彼らの真上にある雲のような塊から、しんしんと雪が次々に降って積もる。時折風と共に聞こえる歌声は、物悲しさを含んでいた。


「マリード様、このままでは寒さでやられてしまいます! くそっ、何が起きたんだっ!」


 高身長で筋肉質なエジンはマリードが歩む道を持ち前の力で作っている。魔法が使えない不便さもあり、イライラが溜まっている。口調も素の強い物言いになってきていた。


「私が温めます」


 プラウはそれを口実に、ベッタリと彼の体に手を回し身を寄せる。その顔は命取りな状況であるのに緩みきり、ニヤついている。


 マリードは、ある程度の環境に耐性を持ち、女性一人分の重さが加えられても問題なく歩ける体力がある。しかし妙に動きが鈍る。どうも視界が、頭が、この現状を受け入れようとしない。


「マリード様、どうにかして道を開けます! あぁ、なんなんだよマジで!」

「寒いですか? 衣服越しで伝わりにくいなら⋯⋯その⋯⋯」


 部下の声も軽くしか入ってこない。目を開けると、この空間を見ると苦しくなる。


 鈍っていくマリードの感覚。


 遠く色褪せた向こう側に、すべてが持っていかれているようだ。


 誰かの手が荒波に伸びる風景が、脳裏に浮かんでは消えていく。


(また、どこかに? なぁ⋯⋯)


 はしばらくの間、歯を強く噛み締めた。



 街が一望できる街に側した山のある場所に二つの影が立ち止まった。


 後ろにまとめた色素の薄い髪と青い瞳が特徴の彼──蒼樹。


 その後ろを付いている、深くフードを被る少年の形を取る刀──“春呼”。


 彼らの目に、海色の円形ドームが街をどんどん覆っていく様子が映る。


「“春呼”見ろよ、“異空間”だ! 少しずつでかくなってるぜ!」

「⋯⋯しかもこの気配、持ち主は。貴様、どういうとだ。話せ」

「うわー、すぐ答えを求めるのは⋯⋯なんてな。廻郷先輩、だいぶまずいことになってるぜ」

「⋯⋯原因は奴、否。か」


 彼らは危険度をすぐさま理解した。


『これを排除せねばならない』


 しかし、彼らには肝心の“対処法”がなかった。正確には、奇跡にすがるしか思いつかなかった。


「なぁ、“春呼”。お前を使える奴がこの空間の中に残っているか?」

「現世にはおらぬと言ったろう」

「お前がそう決めただけで、試した奴すらいないだろ、現世は」

「1000年以上も現存してる。触れられなくてもだいたいわかるさ。龍の若造よ」


 山道に戻ろうとする彼の服を、蒼樹はぐいっとつまんだ。


「使い続けなくてもいい、一回扱えれば上出来だ! 奇跡にかけるぞ、レッツゴーダンジョン!」

「お前、たまにが垣間見えるよな⋯⋯って。行かんぞ、おいこら!」


 そのまま蒼樹は龍の姿をとり、人ならざる手先でかれをつまみながら、広がる海色の世界に突っ込んで行った。

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