第23話 膨張
占い師が持つ鏡から、強大なエネルギーが発せられる。その勢いは、彼女が紫色をまとい輝いているように見えるほどだ。風もないのに、ふわりと髪や羽織が揺れる。
間近でそれを見ていた純平は自身の前に立つ親友に話しかける。
「魔法使いって、あれだよな? 2年前、なんか人を化け物にして、それを見かけた俺たちを追いかけ回してた集団⋯⋯」
返事を返さない亜信は、小刻みに震えて硬直している。
「亜信? おい、亜信!」
彼の顔を覗き込む。いつも飄々としている敵知らずの彼が見せたことのない、硬く険しい表情。目は見開き、口を小刻みに震わせている。
恐怖を感じている。
「あ、亜信! 急に? 魔法使いじゃない、なら。鏡か? “しゆき様”が、出した、それか?」
純平はただ、非日常的なことが起きている公園を眺めるしかなかった。
鏡を持った彼女は、エジンが作った結界の外に出た。
「な! せっかくお前たち人間のために
エジンが作る“盾”は一度作り終えると変形できない。さらに再度出すならば5分待たなければならない。
1人出た彼女を、ベールが見逃すはずがない。
「あなたたち! あの女を殺すのよ! ほら見なさい、あなたがすぐに喉を切らないから、彼女は殺されるのよー!」
「プラウ、彼らの動きを止めろ」
エジンの隣にいる、流行りの装いに身を包む大学生くらいの女性は持っていた複数の小石を準備する。
「はい、マリード様! “
唱えた途端適当に小石を投げる。それらはまるで追尾型の弾のように障害物を避けて、黒マントの足元に向かう。
プラウの魔法は、一定範囲の“目に捉えたモノ”に投げたモノを『意図した場所に当てる』というもの。
動きを止めるために、彼らの足元に狙いを定めたのだ。
しかしそれは無駄に終わる。
占い師は鏡を頭上に掲げた。
「数人もいますから、仕方がないです。怖いから、仕方がないです。『鏡よ鏡。光を集めたまへ。邪なるものを照らす日のごとく、こはくこはく』!」
鏡は空の沈みゆく太陽に勝るほどの光を帯び、そして、不規則な光の束を無造作に放つ。
眩しいさから目を閉じた彼らの耳に、肉が焼ける音と数名の叫びが届く。鼻に不快な焦げの匂いが広がる。
光が落ち着いたところで目を開く。そこには、高熱を浴び身体の一部分が消滅した魔法使いたちが転がり落ちていた。
あまりにも刺激の強い光景。純平は胃の中を空にしてしまう。側にいる亜信はさらに怯え、己の身を抱き締める。
グラシュたちも、彼女たちを囲んでいるもう半数の黒いマントの集団も、意識を占い師に向ける。
そこにいた魔法使いたちは感じた。
“彼女が持っている鏡は、危険なモノ”
ベールが静寂を金切り声で破る。
「キィ〜ッ! 殺しなさい! 私たちの、私の邪魔をするモノは全て消し去るのよぉ〜!」
黒マントの魔法使いたちは一斉に占い師に襲い掛かる。
「嫌、来ないでください。『鏡よ鏡。それを包みたまへ。2度とげに触れられぬやう、こはくこはく』──!」
鏡を胸前に構える。そして、その面に襲ってくる黒マントの魔法使いたちを写す。鏡にとらえられた彼らは次々に丸い顔サイズの鏡に変わった。
「んんん!」
鏡の所有者は転がっている肉片にも当てる。それらは歪な形の鏡となった。
「念入りに、念入りにです」
彼女は再び鏡から光の束を少し放ち、散らばる鏡全てを割ってまわった。割られたそれらはゆっくりと粉になり消えていった。
「こんな、大人数、初めて、はぁ、はぁ」
ふらりと力なく膝をつく。荒くなる呼吸をゆっくり落ち着かせる。彼女は意識を抱く恐怖心を持って持たせて、前を向く。
「あなたたちも、魔法使い、ですか? 怖くて、恐ろしい。なら、私は、消さないと。だって、感じて、しまうから。心が、落ち着かない、のです」
彼女は立ち上がり、再度何かを唱え始める。
魔法使いたちは警戒と敵意を彼女に集中させた。初めに動いたのはベールだ。
「ち、調子に乗らないでよっ! 人間ごとき! “
魔法を使い、公園の遊具を変形させ襲う。占い師はそれを綺麗な身のこなしでかわす。
鉄の障害を避けて、一息ついた彼女に向かい、エジンがその恵まれた体格で蹴りを仕掛ける。
彼女はその手で軽く攻撃をかわす。流れるように彼女は鏡を器用に移動させながら魔法使いを殴りつけた。エジンはすぐさま距離をとる。
(この女、ゆったりとした羽織や服装のせいでわからなかったけど。あの感覚、あの技術。彼女は私ほどに肉体を鍛えているし、私以上に体術を極めている!)
マリードも魔法:
「私の魔法に、これらを使用してよろしいですか?」
「了承。殺せ」
プラウはいくつかの武器を持ち魔法を使用した上で投げる⋯⋯が。
「⋯⋯あれ? うまく魔力が、練れない?」
ほぼ同時に、魔法使い全員が自らの異変に気づく。
彼らは知っている。“海色”の出現が起きている。
多く起きた不思議な現象が唐突に止んで、一旦落ち着きを取り戻す純平は、亜信に気を配りながら、現状を見る。嫌悪の目で見ている同級生の気配がおかしい。協調性がなく輪を乱す行動ばかりとる、外見だけはとても綺麗である嫌いな人物。
(なんだ? イラつきじゃねぇ、怖い! なにが⋯⋯!)
彼女の肌が、白く変色する。髪の一部が海のような美しい青色に染まる。
なにが起きているのか。
それは本人である風成もわからなかった。
(抑えられねぇ。 “海色”が引きつけられるように前に出る。やめろ)
風成が必死に気を張る中。鏡を再度構えた彼女は唱え終わっていた。
「『こはく、こはく』! 消えてください、恐ろしくて悍ましいあなたたち!」
鏡は、魔法使いたちを捉える──前に。
「映さないでくれ‼︎」
半ば海色に染まった風成が、鏡の前に移動していた。普段の身体能力を凌駕した踏み込みで。彼女がいた場所に築かれた深めの穴と地割れが、その力が人のものでないことを物語る。
鏡に映る少女の顔。険しい顔をしているはずの風成とは異なる、歪んだ笑顔の青い虚像が浮かんだ。
『こんな機会もあるのですか。面白おかしく使わせてもらいます』
持ち主は、鏡に異様な違和感を感じた。
鏡に映った少女が消えた直後。突然、鏡は青く光り出す。
それはまるで全てを飲み込む大波のように街を包み込んでいった。
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