鏡と迷路

第22話 占い師

 風成は教室から誰もいなくなるまで安倶水記を読んで待機する。特に今日は部活が無い日。いつもイライラしながら人がいなくなるのを待つが、急ぎの用もないのでゆったりとしていた。


 11組はとても賑やかだ。それぞれのグループに分かれて異なる話で盛り上がっているのはいつものこと。しかし、この日はスマートフォンを扱いながら同じ話題で盛り上がっていた。


「マジだ! “しゆき様”がこの地域にいるって!」

「この写真、どこなの? わかんない! 誰か特定してー!」


 SNSで大人気の人物、“しゆき様”。彼女は霊視をする占い師である。ふわりとした赤紫髪を左上にまとめている、垂れ目が特徴の彼女は、出生も過去も年齢さえも不明だ。それすらも魅力になるほど彼女の占いの腕は高い。


 的確すぎる相性診断と心情当て。過去全てを見ることができるという霊視を元にした未解決事件の解明。


 築き上げてきた多くの実績は、若い世代の人々から特に認められている。


 本人は放浪癖があるらしく、いろんな地域を転々としている。その中で頼んできた人々を占う。大体どの辺にいるのかはSNSに掲載しているので、“彼女を探す”ということも若者は楽しんでいる。


「衛星カメラのマップ見ようぜ!」

「あぁ。お前はここ見て、俺この辺探すわ」


 盛り上がる教室に圧倒されて、困惑している人物がいた。


「純平〜。来たけど⋯⋯あらぁ」

「おう! 亜信!」

「11組はすげーな。俺のクラスはそこまで盛り上がってないぜ⋯⋯」

「1組の人たちは『非科学的だー! 解明してやる!』ってなってそうだよな」

「そういう奴もいたわなぁ」


 純平は先ほどまで話していた友人たちから離れて、亜信の近くに来て向き合う。


「ってことで探して占ってもらおうぜ!」

「占いなぁ⋯⋯」

「試しの一回だ! ちょっとアドバイス貰うくらいの!」


 純平の嬉々とした勢いに負け、亜信は協力して同行することにした。


「ここ、○丁目の駅裏だな。この写真っていつ撮られたかわかる? この投稿時間そのままだったら、徒歩と仮定するとこの範囲探せば⋯⋯」


 彼の分析力に感嘆をあげるクラスメイトの声までは、風成の耳に入らなかった。



 日が西の彼方に近づく頃。ようやく静かになった教室を閉めて、風成は帰路に着いた。黙々と歩く中、聞きなれない人の賑わう声が片耳に響いてくる。


(祭り⋯⋯にしては違うな。地域の大会かなんか?)


 横目で確認する。目に映った公園は、あふれる人で賑わっている。


 小学生高学年くらいからさまざまな制服を纏う同年代の人々まで、多くの若者が列を成したり、何かを囲んだりするように群がっていた。よく見ると、いつもの余裕がない疲れ気味の亜信、彼とよく絡むクラスの中心人物もいる。


「しゆき様! 次は私の番!」

「はい。では代金と次の中から占ってほしいことを一つ」


 元気な女の子の声に続いた女性の声は、ゆっくり伝わる波紋のように、落ち着き、穏やかな声だった。


(しゆき⋯⋯あぁ、占い師の)


 この異常な盛り上がりの原因を知った彼女の意識は公園から離れていた。


 そのため、反応に遅れた。“しゆき様”の声で気づいた。


「⋯⋯! 皆さん、お帰りください。とてつもない悪意が近づいています」


 一瞬で解散できるほどの集まりではないし、そんな一言で占いを受ける絶好のチャンスを逃す人もいない。


 混乱のざわめきが大きくなる中、突然大勢の人々が倒れ始めた。


 周囲の人たち同様、列にいた純平も眠くなる。


「あるぇ、なぁにこ⋯⋯」

「純平」


 親友の手が肩に触れた途端、その眠気は嘘のように消えていった。


 「ん、え、みんな倒れて⋯⋯どうした、お前ら! おい!」

「めんど⋯⋯。純平、俺から離れるな。『2年前』と同じかもだ」

「⋯⋯おう」


 引きつった顔の純平と、眉間に皺を寄せる亜信。


「立ってる? 人間が?」


 公園の入り口に、黒マントで外見を隠す数名が現れる。


「ターゲット以外は⋯⋯人質にするか」


 風成と彼ら以外には、赤紫髪の女性──“しゆき様”と、魔法使いの裏切り者がいた。


「うっそ。マジか、グラシュ!」

「カレッド、そばにいて!」


 風成の視界にも彼らは映る。風成は公園に向かい走り出した。


「再生の子、炎使いもいたか」

「予定外だが最優先事項だ。6割はそちらで。“生成”だけなら半分もいらない」


 黒マントの誰かが言い終えた直後、二手に別れる彼ら。かたやグラシュたちを囲み、かたや倒れている人たちの前に立ち何かを唱え始める。


 たどり着いた風成はとりあえずそれを妨害するため、力任せに殴ろうと勢いをつけたが、目の前に姿だけは懐かしいが現れたことで失速した。


「クソアマ!」

「失礼ね。まぁいいわ。あなたに名前なんて呼ばれたくないし」


 風成の従兄の身体を持つ女魔法使い、ベール。その睨みつけるような眼光に、かつての温かさは存在しない。


「今度はなんだ? 何をしている?」

「“王”は言われたの。最近“魔獣”がよく狩られていると。だから生成するの」

「⋯⋯?」

「あなた馬鹿だからきちんと説明してあげるわ。複数人で呪文を唱えるの。人間の身体を作り替えてね。あぁ、もちろん思考能力も奪うわ。言うこと聞かないこと多いもの」

「まさか、今眠らされてる人たちを魔獣に?」

「そうよ。あなたがこの街に住んでいるから、生きているから、まぁ、人材集めはここでしたほうが手っ取り早いでしょう?」


 長い綺麗な髪を指で絡めながら淡々と話す彼女に、風成は歯軋りした。


「本当お前らは!」

「止めたい?」


 するとベールはナイフを満面の笑みで差し出す。


「それで喉を切りなさい。あなたが死んでくれたら止めるわ。それと、これを武器にするならすぐさま彼らを殺すわ。海色になって魔法を使えなくしても、持たせたナイフで人質は殺せるわ。さぁ、あなたはどうするかしら? ウフフフフフ」


 最低な要求で、最悪に卑劣。外見からは想像もつかないほど醜いあり方をする人。風成は従兄あにを想うほど、目の前の人物に怒りが湧き出た。


 海色の声が近づいてくる。その前に行動しなければならない。


(選ぶことは決まってる。しかし、こいつの言いなりかぁ。腹立つ)


 地にカランと落とされたナイフを拾い、少女は自身の喉に近づける──。


「やめろ」


 己の手にかぶさる大きな男の手。振り返るとマリードがいた。


 正面には顔をだんだん歪ませるベールが、鋭く彼を見ている。


「またあなた⁉︎ なんなの? この女の騎士気取り?」

「目立つ行動、我々の能力を無闇に使う行為。全て“王”に止められているだろ」

「うるさいわね! 再生の子さえいればあの人は充分よ。こんな化け物に惑わされて。私が覚めさせてあげないと!」

「⋯⋯エジン。人間たちに盾を張れ」


 マリードの後ろにいる2人の女性のうち、“エジン”と呼ばれた高身長で着衣した状態でもわかる筋肉質な肉体を持つ女性は手をかざす。


「はい、マリード様。“我が愛盾として不足なしアブソル・コテクション”!」


 不透明な膜が倒れた人々を囲うように形成された。その中には混乱している純平、身構える亜信もいる。


「魔法⋯⋯」


 ボソリと、眠る群がりの中央にいる赤紫髪の彼女はつぶやく。


 目を見開いた彼女は、深呼吸をして震えを抑える。そしてそっと、黒い羽織の裏に隠し持っていたものを手に持つ。


 それは、古代で使われていたという銅鏡そっくりのものだった。


「落ち着いて⋯⋯よし。『鏡よ鏡。我が敵見抜き封ずる守護よ。今こそ、その力をふるひになりたまへ』⋯⋯!」

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