第21話 泡沫の灯火
“春呼”は憎悪の炎がさらに膨れていく感覚を
「奪った元凶を前にまともにいろと? 刀の君には分からないだろう! この叫びが! この無念が!」
刀は物悲しい表情を一瞬のうちに切り替える。背後を変形させて囲む結界全てを斬り裂く。結界の破片が落ちていく中、“春呼”は目を光らせ妖怪を睨みつける。
「俺の性能はわかっただろ? この聞き分けのない坊ちゃんを落ち着かせよ。クソガキに手を出すことはできずとも、貴様らくらいは⋯⋯」
『ひ、ひいい』
ただの脅し文句ではない。刀はいつでも斬り捨てられるように構えている。
結界がなくなったことにより自由が聞いた蒼樹は率先して彼の元に辿り着き、その体にまとわりついた。
「離せ!」
「ぐっ⋯⋯やっぱり強い。おい、お前ら! 俺1人じゃ無理だから来いよ!」
妖怪たちは震えながらもその指示に従った。
少年の動きが完封されたことを確認した“春呼”は身を離し、もう片方の男に全てを向ける。
「なぁ、あんたが弱いのか? それとも鎖が強固すぎるのか? いずれにしても──堕ちたな」
乾いた笑いを浮かべる刀。恐怖とは異なる体の震えが生じていた。
すると目の前に二つの影が伸びる。
海慎と宇野は彼の両側に立ちその手を肩に乗せ支えた。女の形をとる怪異は刀に話しかける。
「久しぶり、というべきだろうか」
「以前は武器としての接触。今宵は亡霊のような存在としての対話。はじめまして、でも問題はなかろう」
「ふぅん。さて、私たちはこのデカイだけの人形を運ぶよ。極少の人魚の血を飲ませれば回復はするだろうし、我らはこいつを見張っていないとな。あんたは彼女に寄り添ってあげなよ。お前は奴の形見でもあるのだからな」
「⋯⋯少しでも荒波を抑えることができるなら」
“春呼”は庭を離れ風成のところに歩み寄る。
「行こう、悪夢はここまでだ」
「⋯⋯あぁ」
風成が庭から離れた直後、悲痛な少年の慟哭が屋敷中を渡った。
・
風成は寝室の前で別れを告げたが、“春呼”は彼女が寝るまでそばにいると言い頑なに動かなかった。折れた風成は自分が横たわる横に座らせた。
「健やかに眠れるように。子守くらいさせてくれ」
「姿形はお前の方が幼く見えるのに。違和感があって落ち着かんな」
「どう努めても“成人”には化けられないんだよ。俺は未完成だから」
「未完成⋯⋯?」
“春呼”は人の形をとる自身の手を見つめながら語る。
「ある役割のため俺は作られた。しかし性能重視で持ち手のことを考えられていなかった。その力は人が使うには厳しかったのだ」
「持ち手を選ぶのではないのか」
「あぁ。持ち手は俺に込められた力と同じ以上の“生物としての力”がいる。俺の“力”が流れて体を破壊してしまうからな」
“春呼”は自身を握ろうと名乗りを上げた人々を思い出した。彼らは自分に込められた“力”に耐えきれず、燃えたり離散したりした。その度、多くに怯えられた。
失敗作と全てに見切りをつけられた時。
『人を喰らう妖刀か。行き場がないならわしのところに来ぬか?』
輝かしい命の灯火。彼はなんの支障もなく妖刀を己がものとした。
「その男こそ、乱影だったのだ」
「乱影⋯⋯さん。本当に、いたのか」
「あぁ。ちっこい小僧と小柄な美しい海色の女を連れて、のんびりと、しかし豪快に暮らすことが好きな奴だった」
サラリと溢れた2人の存在。風成は彼らを伝記の中で知っている。
「五郎はもちろんだが、海美も⋯⋯いたのか」
「⋯⋯」
風成を見つめる刀の目つきは、慈しみを帯びていた。
「話が逸れた。あまりにも、
「⋯⋯そうか」
「俺自身も解放の仕方が分からない。役目は知っているのに」
「全てを斬る以外の性能が⋯⋯?」
「斬るのは仮初⋯⋯初期段階の性能。俺は“継続”の願いを込めて作られた。本来は溢れたモノを救う役割。“終わりの因果”を斬るのだ」
「う、ん? む、難しいな」
「まぁ、本当は悲劇を終わらせる刀だと思ってくれ」
“春呼”は目をゆっくり閉じた。落ち着きながらも確かな感情を含む声で言う。
「どんな器にも限界がある。溜まれば溢れ出す。それまでに“我が主”となる者が必要だ。あやつの望み、あやつがただ一つやり残したこと。しかし、世とは残酷だな」
“春呼”の細めた口を眺めながら、少女はゆっくり夢の中に入っていった。
・
翌日、練習は問題なく始まった。マリードも生徒の1人として励んでいる。
彼らの声が屋敷中を伝う。その響きに、ある一室にいる蒼樹は羨ましそうに唸り声を上げた。
「い〜な〜。今日が一番面白い鍛錬だったのにな〜」
「⋯⋯僕への当てつけ?」
「海成様。どうコメントすればいいか分からなくなること言うなよ」
「何割かはそう思ってるでしょ。君の地雷踏んだし」
「まぁ、ねぇ」
本に目線を向けながら正座している海成と、その正面であぐらをかき座る蒼樹。暇そうにくつろぐ龍の血筋は、顔を膨らませながら横を見た。そこには丁寧な管理をされてる品々の山。
「乱影さんがいたとされる平安時代──900年ごろかぁ。安倶水記に記載された通りのものを再現した模造品。これ、無駄になったな」
「そうだね。“彼”に関するものに触れされることによってあの魔法使いの魂を揺さぶる計画⋯⋯。“彼”の形見に触れてすらああだからね」
「二日目にゆっくりと、だったはずだったのにな」
「仕方ないよ。まさか昨夜、早速僕たちに害を与えにくるとはさ。でも分かったからいい。無駄なんだね」
「⋯⋯おう。この程度だったか」
わずかな窓の隙間から風が吹く。乱影と似た色と言われている海成の茶髪が優しく揺れた。
・
トドロキ高校の生徒たちは帰りのバスに乗車した。つい先程まで鍛錬をしっかりしていたため、生徒たちは皆静かだ。離れた席に座っている、周囲に気を張っている風成でさえ疲労で寝ている。
全身の疲れを確かに感じているが、マリードは眠りにつけなかった。ずっと頭にこびりつく言葉を思い出す。
面談と称して海慎と宇野に呼び出された。内容はここでの出来事の口封じ。
「この家の構造、人々、出来事を一つでも話してみな。再生の魔法使いと廻郷ちゃんは殺す。より苦痛を感じる痛ぶり方でねぇ。その肉体は食べてしまう気だ」
宇野はどちらに転んでも楽しい様子。眉にシワを寄せる彼に、宇野は綺麗なその顔を邪悪な笑顔で歪めた。
「あぁ。また見たかったなぁ、あの強さ!
その嘲笑いがどうしても離れない。彼はキリキリと歯を噛み締め、ズボンごと震える手を握りしめていた。
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