第20話 歪なる至
少年は半年暮らした異形の住処に降り立った。
「みんな、久しぶり」
『お前⋯⋯安倶水の小僧か?』
妖怪たちは次々にその姿を木々の影からあらわにした。
『で、なんの用だ? 里帰りにしては殺気立っている』
「家が⋯⋯いいえ、守られてきたこの地すら危うい事態になってしまったんだ。早急に奪還する必要性ができてね」
海成は“魔法使い”たちの存在や
『ふむ。なぁ、まさか我らの力を借りようときたのではあるまいな?』
牛鬼は顔を曇らせ海成を見る。
「いいえ、奴らは僕の手で仕留めるよ。全員」
少年は龍の血を引く彼らでさえ凌駕する自分の実力を信じている。共に手を汚すと言ってくれる存在よりも遥かに。
「思えば僕は、あなたたちに匿ってもらった時の恩を返していない。どうかな? 宴の肴に、人の肉などは」
『ほう。我らは久々の贅沢ができて、アナタは片付けの手間を省ける。よかろう』
「ありがとう」
海成は頭を下げると、横の木を見つめた。顔を覗かせる女型の妖怪。儚さを感じる可愛らしい形をとっている。
「美しい人魚さん、あなたにはさらにお願いがあるんだ」
『どうせ私の血肉でしょ? 嫌よ。あなたがやられなければ済む話』
「少量の血をいただきたい。代わりに弱った人間を数匹連れてくるよ」
『少しでいいの? 血だけでは完全な不死身になれないわよ。消化して排出してしまえば元の軟弱な人間に戻るわ』
「僕には使わない。躾に利用するんだ」
人魚はその回答を聞き、しばらく考えたあと、口元をニヤリとつり上げた。
『数匹の人間とは別に使っているところも見せて。約束できるなら渡すわ』
「はい。では部下に移動は任せるね」
海成はそのまま屋敷の方へ歩いていく。
『武器は?』
「見つかってなければ北の隠し部屋にあるよ。半分くらいはそこに運んだんだ」
屋敷は一つの門からしか入れない。周囲は少年の背丈よりはるかに高い塀に囲まれている。
少年は見上げると一言呟く。
「ギリいけるかな」
地を強く踏み締め足に力を込める。そのまま彼は跳んだ。軽々と塀を越える高さに到達し、足場に出来そうなところで一息ついた。
そのまま屋根の一つに飛び乗り、隠し扉を開けて複数の武器を見つける。
「本当は“春呼”を使いたかったけど、“持ち主を選ぶ刀”だからね。拒絶されて死ぬ可能性もあるから」
使用する刀を選びながら自分の背後についてきている妖怪に話す。
「派手で豪快な宴が好きでしょ」
『そうだな、その方が盛り上がる!』
海成はそのまま誰かの寝室にわざと物音を立てて降りた。
そこにいた2人はゆっくり起きる。
「しっかりして。当主の次男が帰宅したよ」
「! 生きていたのか⁉︎」
海成は近くにいた1人の手を斬り落とした。悲鳴がよく轟いていた。そこは赤に染まっていく。
「助けを呼ばないと。彼、細切れになるよ」
そこにいたもう1人は海成に向かって高エネルギーの弾を放つ。吹き飛ばされた海成だが、上着の破損を除くと無傷だった。驚いた魔法使いは、
大きな物音を聞いたアンセンの部下たちは現場に集っていく。
「これ、思った以上に散らかしてしまうかも」
海成は立ち上がり力を込める。踏み込んだ勢いのまま魔法使いたちの群がりに突っ込む。彼が通った背後は赤色が舞う。斬り離された肉体が舞う。
「う、うわぁぁぁあ⁉︎」
憎悪と殺気に染まった目が動く彼らをとらえる。その気迫は全身の動作を静止させる鎖のよう。
次々に屋敷は肉片や血の色に染まるが、少年はそれがとても心地よかった。その絶叫が、断片が、液体が、汚された安倶水を浄化しているように感じた。
人魚と交わした約束を守るため、戦意喪失した魔法使い数名の手足の骨を片手で粉砕した後、縛り上げて龍と共にいる彼女の目の前に置く。
「そこから見える位置でもう一個は果たそう」
至る所にある残骸の上を平気な顔で歩いていく少年。すでに終わった彼らには一切の興味がなかった。
だからこそ、気づくのに少し遅れてしまった。背後から赤い液でできた大きな針が海成を貫かんと襲う。
「──チッ」
左肩にかする。少しでも負傷したという事実にさらなる黒い炎が渦巻く。
(魔法使いごときが⋯⋯)
「来なよ! アンセン!」
彼は気配のする方へ彼らが使っていたであろう金属を投げた。人の出力では考えられないその威力は、家の外まで突き抜ける。一部破損したそこから、砂埃のために咳き込む男性が現れる。
「危険人物。排除する」
「その体、君が主導権を握れるほど下賤じゃ無いんだけど。安倶水に──僕に返して」
「⋯⋯“
彼の意のまま、“液体”は動き、固まり、襲ってくる。
不規則に迫るそれらを軽々と避けはしても、あまりにも散らかしていたせいでやがてあたりは囲まれていく。
(どうしたものか⋯⋯)
動き回っているため、肩からの出血が止まらない。一雫地に落ちる。すると、その周りの液体は段々とただの水溜まりになっていった。
(‼︎ これは、嬉しい誤算かも)
液体で彼の周りを覆っているため、中の様子をアンセンはわからない。
「貫け」
その一言とともに液体は──重力に従い落下していった。
「⁉︎」
中から現れたのは左腕の各所に切り傷をつけた少年。彼から流れる血を操ろうとしたが、魔力が抜けていく感覚がした。
「なぜ⋯⋯」
アンセンが次の策を考えようと目を前にやるとそこには怪物──
「飲んで」
海成は手に持っていた人魚の血が入った小瓶と流れている自身の血をアンセンの口の中に押し込み、喉が動くまで手を離さなかった。
ごくん。
アンセンはしばらく動きを止めた。そして目を見開く。
「⋯⋯あ、あ、あああああっ!」
中年の男はそれまでの無表情を崩し、現状に取り乱した。
「あ、私は、うう、妻よ、海人よ! う、海し⋯⋯」
彼の腹に激痛が走る。海成の刀が貫いていた。
「ぐっううう」
「何? 突然。お前がしてきたことでしょ? 母上と兄上を遺体すら残さず消し去ったのも、家をここまで堕としたのも」
引き抜いた刀を胸に刺し、顔面を自身の異様な力で殴る。
普通なら絶命するが、人魚の血を飲んだ彼に救いはない。痛みつけられたところはゆっくり再生していく。
「お前にはまだまだ動いてもらう。安倶水は、僕だよ」
妖怪たちは海成が予想以上の働きをしたことに歓喜した。すこぶる機嫌が良い彼らに、海成は提案した。
「この面白さ、提供し続けるからさ。しばらくここにいない?」
妖怪たちは承諾した。彼らは後に安倶水に従う13の家の者たちの護衛として身を置くことになった。なんでも、妖怪が持つ妖力は魔法使いに対抗できる手段の一つであったためだ。家の者たちは妖怪たちと互いに利益関係を保ちながら過ごしていく。
安倶水家は海成の指導のもとその力を戻していった。記者を集め、アトラン派との決別を海慎に言わせたことで両者は戦いを始める。
度々、安倶水家側にも犠牲者は出た。しかし従う彼らはそれも承知の上である。
「みんな、協力に感謝するよ」
海成は苦悩するアトラン派たちの様子を知るたび、クスっと笑った。
・
海成は今を見る。自分を憐れむ視線の数々に怒りが募る。
「僕が止めた。僕がここまで持ち直した」
こもる強い力。“春呼”でなければ、耐えきれない。
「そこは評価に値する。お前が出した成果。だが、このままでは続かない。お前の憎悪の果てに、復讐の果てには何がある」
「⋯⋯簡単に言ってくれるね」
「もったいない。せっかくの願いが」
「願い?」
「わからぬ。今のお前には何も届かぬ。これ以上のものに至れぬだろう」
「あの方の刀だと、耳を貸せば偉そうに」
「⋯⋯お前たちは道具未満である俺に押し負けているわけだが」
“春呼”は妖怪たちや風成、海慎、蒼樹、マリード、そして海成を見て空を見た。はるか遠い時に想いを馳せる、そんな目である。
「乱影。お前の強さはもう、無き輝きか。1000年だ。そんなに時を経ても現れぬのだ。お前に届く、お前を越す者は」
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