第19話 断絶

 “春呼”は両者の武器を強く握りしめる。


「殺意を止めろ。動くな」


 “春呼”は形こそ人そのものだが実体は刀。彼らの刃で体が裂けることはない。


 海成は動かせない武器を軸にして足に力を込める。途端、の体から刀身のようなものが生えて、少年の頬よこを通る。数本の茶髪が舞っていた。


「次、かすめる。それでも動くなら死なない程度に壊す」


 月光に照らされた刀身が光った。


 海成の顔はどんどん曇っていく。


「なんでソレを庇うの? 君が本当に“乱影さんの刀”なら、安倶水の敵を庇う行為はおかしいよ」

「過ちを歩むなら修正する。守るとは、常に相手が望むを提示するものではない」

「あやま⋯⋯ち?」


 少年は眉間にシワを寄せながら、目を大きく見開く。刀を握る手にさらなる力を込めているためか、手に浮かぶ血管がより濃くなっていく。


「僕が何を間違えている? ゴミを片付けてやっている。穢された安倶水われらをここまで戻した。結果は出ている。僕の憎悪は、復讐は、誰にも否定させないよ⋯⋯」


 海成は自身を見つめる父に視線を合わせる。憐れみ、悲しみを含むその表情。


「⋯⋯傀儡のくせに。父親を演じないでくれるかな? いないんだよ。僕の家族はいないんだ。が殺したんだから」


 少年はかつてあった愛する者たちの姿を脳裏に浮かべた。



 異変は9年前に生じた。

 当時5歳であった海成ですら気づいたことだ。激務の僅かな時間の中でも、家族と接触していた父:海慎が、全くといっていいほど顔を出さなくなった。


 環境のためたくましく成長していた海成は、幼いながらも我慢ができたので、寂しさはあれど気にしないようにしていた。


「兄上?」

「海成、直感って少しは信じるべきだぞ」


 6歳年上の兄:海人かいとは後継として才覚も覚悟も意志も備わっていた。父もそれを知っていてか、海人の望む鍛錬は全て課し成長を喜んでいた。


 それほど仲の良かった2人の接点は今はなく、海人に至っては父に存在を悟られることすら嫌ってる様子。


「あいつの動き、おかしいんだよ。最近積極的に情報交換しているあの支援団体もなんか嫌なかんじがする。アトラン⋯⋯だっけか?」

「ち、父上のこと?」

「⋯⋯父上、なぁ」


 鼻で笑う兄の横顔に、影がかかって見えた。


 海人は、密室に弟を連れてきた。


「兄上?」

「静かに。今からお前に、全て教え込む」


 海人が一面に広げた古い紙の束。記載されているのはこの家の間取りのようにも見える。


「兄上、これは」

「この家の全てが書かれた書。歴代当主が所持するものだが盗んできた」

「ち、父上に返さないと」

「海成、今のアレと俺、どちらが信じるに値する? まだお前は幼いが、生き抜くためには確かな目を早く身につける必要がある。その練習の問いだ」

「⋯⋯」


 すれ違い様に顔を見ることくらいしかしなくなった父と危険を冒してまでなにかを考え行動する兄。比較をすれば答えは簡単。


「⋯⋯兄上、お願いします」

「ありがとう、海成。この家は多くの隠し通路や部屋がある。それを全て覚えろ。その後、この紙は燃やす。もしものためだ。備えはいくつもあった方がいいからな」


 その通路に行くまでのカラクリ仕掛けも含め、2人は懸命に覚えたあと、父がいない合間を見て紙を全て消し炭にした。


 次の日、海成は母親と兄の激しい言い争いを聞いて起きた。バレないようにその会話をふすま越しで盗み聞く。


「母上、我々は行方をくらませるべきです! これほどの異変すら容認するのですか! 適当な理由で13の家を追放したんです! 我らの盾となるあの滝登鯉家すらもですよ!」

「彼らの目の使用は、龍への変化は負担があってのこと。それに、当主様は“我が家から解放されてほしい”との意思で推し進めたと聞いているでしょう」

「それが唐突なのです! あの支援団体と絶対何かあります! やることなすこと全てこの家の利益がない! かくなるうえは俺が──」

「調子に乗ってはいけません。あの人の新たな挑戦なのです。何も考えず何かをする人ではないと、あなたは知っているでしょう。それとも何か証拠があるのでしょうか。彼が当主として不当という」

「⋯⋯」

「これ以上は新たな命に負担がかかります。頭を冷やしなさい」


 異変を感じる少し前から姿を見せなくなった歳の近い滝登鯉家の少年。

 知らない顔でありふれた本家。


 何か取り返しのつかないことが始まる予感がして、幼子は震えていた。


 それから少し経った夜、最悪な方向で全てが的中する。


 父が部下と家を離れたことを知った海人は変わり身を普段の寝室に置き、弟を連れて隠し部屋で過ごしていた。


 屋敷中の人々が家をバタバタと強引に調べている。


「なに、何が起きてるの?」

「海成、ここにいろ。母上の部屋を覗いてくる」


 海人は隠し通路をうまく使い、母の寝室を天上裏から見た。


「あ、あ⋯⋯」


 少年が理解するには残酷な赤にあふれる部屋の中、変わり果てた母の姿があった。


「海成を守らないと」


 少年は母の部屋の枕元にある日本刀を手に取り、弟の元へ戻る。


 兄の血走った瞳と手に取った武器。


「兄上」

「海成、脱出する。これから俺らは、生き延びることだけ考えて行動するぞ」

「⋯⋯はい」


 隠された複雑な狭い道をひたすら歩き回った。しかし、どこの出口に行っても話したことすらない使用人たちに囲まれている。


 どうするべきか、動きながら考える彼らの耳に、敵の声が入る。


「なんだ、この通路」


 海人は力み震えた。


(見つかる!)


 少年は後ろを振り返る。兄の焦り具合と無機質な使用人の声で自分以上に怯える弟。


(⋯⋯選択の時か)


 少年はひどく落ち着き始めた。その自分の思考にも驚くが、決めてしまったのだ。


「海成、“幻の道”を使え」

「兄、うえ。そこは1人が通れば壊れるところです」

「それほどのことが起きている。繋がっているところに不安はあれど、ここよりかは危険ではないからな」

「僕がいけば兄上は」

「選べ。この兄の想いを閉ざすか、続けるか」

「う、う」


 他人の声が近づいてくる。


「頼む」


 兄の悲しげな瞳と声。

 海成はその小さな体で、溢れそうな言葉を抑え、兄から素早く離れていった。


「時間は稼ぐ。ありがとう海成。この家を、意志を、を、どうか紡いで」


 無我夢中で“幻の道”を走る。


 裸足が傷つくが胸の痛みの強さにかき消される。


 走って、走って。


 気がつけば柔らかな土の上で、うつ伏せになっていた。


 顔を上げると、見たこともない不気味な造形の者たちに囲まれていた。


 その中から、着崩した着物から隠しきれない豊満な体つきを露出させている、ツノの生えた綺麗な女が歩み寄ってきた。


『その顔、アナタ、安倶水の者か。そしてここを使ったってことは⋯⋯。おい、お前たち』

『うへへ、いつぶりか、楽しみが増えるのぉ』


 海成は恐れるより、安堵していた。特に目の前の女──“牛鬼”は相手をしてくれている。彼らが妖怪という存在と知った後も、その自然豊かな場所に居続けた。彼らも幼子を仲間として、多く接してくれた。それはここ数か月の家での生活より快適だった。


 青色の龍が自身の前に現れた。人型をとったそれは、海成もよく知る元使用人の1人だった。


「長く長くお借りしたご恩を、返すことすらできぬ我ら。お守りすることすらできなかった我ら。今一度、機会をお恵みください」


 牛鬼の後ろに隠れる海成に対し、頭を下げる彼。安倶水家に仕える13の家は、半年前に起きた“安倶水家妻子行方不明事件”から、独自に調査を始めていた。


 彼は海成を“見る”ことにより全てを悟り、涙を流していた。


『ふぅん、まぁ、“神隠し”もここまでとしようか。海成、彼らの元にいけ。お前には成さなければならぬことがある』


 牛鬼は彼を龍に託した。



 海成は理解した。

 父はあの日死んで、別の存在になっていたこと。あの事件は全て父だった者とアトランという支援団体が仕組んだこと。アトランの者たちが只者でないこと。


 蒼樹が全て明かした。


 彼は海慎が“魔法使い:アンセン”となったその日、殺そうとした。


 むやみに龍の力を使用することを禁止されていた彼の、ましてや当主に牙を剥いた彼の言葉を誰も聞きはしなかった。


 彼は一族でも飛び抜けた強さを持っていたため、一族全体で監禁されていた。


 しかし事件が起きたあと、13の家は彼の話を真実とし動き出したようだ。


「俺も“魔法使い”の魂を持つが、我が運命は、命は、あなたに捧げる。我らが失態は全てを用いて償う」


 こうべを垂れた彼らの声を、海成はよく聞いていなかった。黒い怨念が、彼の全てを包んでいた。


 海成は多くの力と知恵を求めた。


 激しく燃える憎しみが強力な原動力となり、11歳になるころには、13の家の誰もが敵わぬ存在になっていた。


 アンセンから家を奪還する計画を細かに練っているときだった。


「海成様」

「どうしたの」

「諜報員からの情報です。当し⋯⋯魔法使い:アンセンが、来月までに先代様が築いてきた全てを“譲渡”する手筈を終えるそうです。

より、“アトラン”の力の増加が⋯⋯!」


 海成の出す黒い気迫。部下の1人である女性は小さな悲鳴をあげた。


「間に合わないね。蒼樹以外の滝登鯉家の人を呼んで。に、あの山に行く。妖怪たちに話をするから」


 海成はかつて自身を見つけた滝登鯉家の1人を連れて、神秘の山に向かった。

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