第18話 見物
1日目の合宿は何事もなく、予定通りに進んだ。参加者は皆、明日の鍛錬に向けて疲れをとりそれぞれ案内された部屋で睡眠をとった。質の良い寝具は質の良い眠りを与えるのに十分だった。
誰も彼もが深く眠る深夜、物音を立てないように廊下を進む大きな人影。彼は監視の目がないことをいいことに、魔法使いとしての任務を遂行しようとしていた。
(本家の屋敷と繋がる廊下。“鍵”を作れば行けるか)
道場と本家の住む屋敷を繋ぐたった一つの廊下。昼間そこの構造は見たのであとは魔法でどうにかすればいい。
(俺の代わりがなかなかいないのだけが痛手だが、機会は今が──)
「お兄さん、どうしました?」
背後から人の声が聞こえる。
(いつ背後に?)
疑問はよぎるが、ここは一芝居と抑揚をつけて言葉を紡ぐ。
「君は海成くん⋯⋯だよね? ちょうどよかった。ちょっと眠れなくてね」
「用は係の人に声かけしてと説明されたと思いますが」
「そうだった⋯⋯忘れていた。戻ろうかな。でも真っ暗闇でわからない」
「僕が案内しますよ」
「頼む」
海成は迷子にならないようにとマリードと並び指差しで案内する。
事前に大体の場所は把握している。自身の寝床も案内無しで戻れる。だからこそ、少年が全く異なる場所に誘い込んでることはわかった。
「ここで寝ませんか」
着いた場所は昼間見かけなかった人々が集う広い中庭。囲む人々は妙な雰囲気でニタニタしていた。
「⋯⋯」
マリードは少年を冷たい目で見下ろす。魔法を用いて剣を作り、即座に彼の胸を貫こうとした途端、強い衝撃が横腹に迫る。間一髪で受け身を取るが、勢いは強くそのまま中庭まで吹き飛ばされた。
海成はしゃがむマリードを見下ろしながら中庭を囲い始めた彼らの1人に声をかける。
「
「はい、海成様」
美しい川のような雰囲気をもつ可愛らしい顔の女性が、布に包まれた一本の刀を差し出す。布を剥ぎ、自分の手に持つと、軽く振り構える。
「妖怪たち、鮮血を浴びたいなら結界を張れ。一匹だけだが、この図体となかなかの実力。上等な食事だろう」
『おおおおお!』
人の姿はたちまち崩れ異形となる。彼らは不気味な気配をまとい放つ。それは一つに混ざり中庭全体を覆う半透明で巨大な囲いができる。
海成は足に体重をかけながら言う。
「安心してください。長く、長く眠れるように努めますので」
「⋯⋯安倶水。排除する」
体勢を整えた両者は目先の獲物に向けて飛びついた。
・
風成の寝床に足音が迫る。襖を開けることなくその少年の体は中に入る。そして意識が夢の中にある彼女の体を布団越しにつかんで揺さぶり、、一言告げた。
「弱くないなら来い」
「⋯⋯?」
目を覚ました彼女は寝ぼけたまま体を起こす。
(気のせい?)
二度寝をしようと布団をかぶりかけた時、思いっきり襖を開ける音が響いた。
「廻郷先輩っ‼︎ 来れますか⁉︎」
「うるさ⋯⋯滝登鯉か。なんだ?」
「あのデカブツが! 海成様が! 止めないと!」
「⋯⋯え」
「武器は用意します! 多分あなたなら!」
「⋯⋯あぁ」
縁を拒絶しているのなら、無視して寝てしまえばいい。しかし体は、意志は、蒼樹と共に走っている。吐き出したい衝動を原動力に変える。
中庭にたどり着くと妙な半透明の囲い。その壁を力強く何度も叩く海慎の姿があった。
「解きなさい! 野蛮なことはやめるのだ」
『おいおい、お飾りが何を言う! 何より、こんな楽しい場を邪魔するんじゃない!』
蒼樹と風成は彼の後ろに着いた。
蒼樹は当主に対して膝もつかず、焦った様子で尋ねる。
「なぁ、海成様は⁉︎ デカブツはどうなった⁉︎ まだ生きてるか⁉︎」
「始まったばかりのようだ。今止めなければ取り返しがつかん! 妖たちよ、冷静に対処を!」
風成の目に入った光景は、多くの異形が取り囲む中で命のやり取りをする2人の男の姿。
妖怪の姿は横にいる彼らの様子から推測するになんの珍しいものでもないようだ。問題は、胸が痛くなる二つの殺意の渦である。
蒼樹は鱗を身体中に浮かべ始めた。
「結界、ぶち壊すからそのうちに先輩いけるか?」
「わかった」
蒼樹に渡された刃の無い刀。それを握りしめ機会を待つ。
空に向かい飛び上がる半龍。その体はさらに頭上から伸びる大きな手につかまれ、地に押し付けられた。
「ガハッ⁉︎ くそが! はなせよ!」
『よろしくない、龍の子。宴に混ざれぬならこのままやけんの』
この巨大な手も妖怪である。海慎はせっかくの打開策を封じられたため、さらに焦りを見せた。
「海成! 我欲に走りみっともない! 場をわきまえよ! お前は⋯⋯当主だろうが!」
その声を聞いた海成は傷だらけのマリードを地に叩きつけながら言葉を発した。動きを止めた彼の体は少し埃っぽいがほぼ無傷だ。天地ほどある実力差を見せつけて遊んでいたと容易にわかる。
「父上と蒼樹か。廻郷さんも⋯⋯。貴女、寝床に行ってください。無駄な記憶は使いのものを寄越すのでそれで」
「海成!」
「同胞が殺されるの、そんなにきついか? 魔法使いのお二人さん」
この言葉を聴いた海慎と蒼樹の気配が、一瞬にして変わったことを風成は感じた。
年配の男は深い悲しみを、半龍の少年は強い怒りを含んだ顔を浮かべる。
咆哮のように蒼樹は叫ぶ。
「海成ぇ〜っ! お前なぁ〜!」
「うるさい、“デュース”。お前なんぞ、その血にしか価値がないと何度も言っただろう。その上で僕のそばにいるという選択をした。⋯⋯あれ、やっぱり嘘? “みそのおじさん”、もっと強く押さえつけてて。彼との連戦を考えるとちょっと辛い」
「海成、うみしげ〜!」
空の大きな手はさらに強く、龍を潰さんとするほど地に押し付ける。苦しそうに彼は手の中でもがいていた。
マリードから身をひいた彼は挑発するように首を上にあげ、首元を指でなぞる。
「魔法使い:デュース・ヴリューべ。大体
ベール直属の部下だった“デュース”。マリードはその姿をとてもガタイが良く自分と同じくらいの大男だったと記憶している。その生まれ変わりであると言う蒼樹は全く似ても似つかない。
一つの疑問が生まれる。
(記憶がありながら、なぜ従う使命を放棄できた?)
その解答を解く前に現状を打破しなければならないと意識を戻す。
敵は刀を再び構えた。
「ちょっともしもを考えて。すごく嫌なんだけどもう終わりにする。この憎悪を、少しでも冥土に持っていってくれよ」
マリードも咄嗟に剣を生み出し立ち向かう。
来てしまう最悪の結末の始まりを、外の風成は唖然と見つめるしかなかった。
荒波が聞こえる。
(ダメだ、やめてくれ、なぁ、●●●●、●●●⋯⋯)
「⋯⋯来ただけでも満点。あとは任せろ」
彼らの刀が触れ合おうとする、刹那。
武器が触れ合う金属音が響く。妖怪たちの声は歓声から疑問の声に変わる。
結界の一部が鋭く斬られていた。
そして、中央で睨み合う彼らの間に、フードを深く被った少年が素手でその武器を止めていた。驚くことに、彼の手に武器による傷はない。
風成は彼を見て昼間を思い出した。
「⋯⋯あの庭で会ったガキ」
海慎と海成も口々に言葉をこぼす。
「彼は⋯⋯?」
「まって、僕知らないよ、彼のような存在」
フードの少年は髪に覆われていない方の目を海成に向ける。
「安倶水の人間であるお前らがそれを言うか」
そして彼は視線を龍に向ける。彼は手が緩んだ隙に抜け出していた。人の形に戻る。
「いいのか? あんた」
「あぁ。思えば意味のないことをしてるからな。俺に触れられる奴なんて現世にはいない」
「それでもここに来たのか」
「⋯⋯俺も嫌なことはある。悪いか?」
「そうか、妖刀・“春呼”。ただ1人、乱影さんが扱えた万能の刃⋯⋯」
人の形をした刀は、その言葉を聞き、目を細め視線を下ろした。
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