第17話 成せること

 日程説明が終わり、いよいよ本格的な練習が始まった。


 剣道部の生徒たちは基礎練習から行う。安倶水道場の師範数名が軸がぶれてないか、癖がないかを確かめ、生徒一人ひとりに指南する。


 その道を極めた彼らだからこそ、瞬時に相手の弱みを見抜ける。


 風成をはじめとした生徒たちは、そのレベルの高さにただただ感心し、やる気を燃やす。顧問の担任や各校の指導員はその様子を休みの合間にメモを取っていた。


 充実した午前の練習が終わり、生徒たちには昼食と休憩時間を与えられた。


 「うぉおおお!」


 案内された食堂で生徒たちの感嘆の声が響く。


 並べられた栄養たっぷりの品々。運動部の彼らが求めるちょうどいい量。なによりとても食欲がわいてくる香り。


「いただきます!」


 それぞれに今の心境やこの後の予定の話などで盛り上がる。たった1人を除いて。


 風成はそそくさと済ませてしまうと、係の1人に声をかけた。


「少し外の空気を吸いたいのですが、そういう場所ってありますか?」

「案内しますよ。しかし安全のため、行動を設置しています監視カメラで追わせていただきますがよろしいでしょうか?」


 風成はうなずき、中庭に続く廊下に案内された。


(指導はいいが、やはり人の繋がりが強すぎるな)


 はぁとため息をつく。自身以外のため息が耳に入った。


(⁉︎)


 風成は咄嗟に聞こえてきた方を向く。


 少し離れた中庭の縁側に、ポツンとパーカーのフードを深く被ったラフな格好の少年がいた。


 彼も目を丸くして少女を見つめている。


 彼をよく見ると、顔を覆う程度の黒髪の長さ。また、童顔ながら鋭い目つきを持っている。


 背丈は近いが明らかに海成とは異なる人物だ。


(誰なんだこいつ)


 風成は少しの不気味さを感じ鳥肌になる。反面、何かとても高揚する気分があり、その原因がわからず混乱しかけていた。


 静寂を絶ったのは少年の一言。


「あんた⋯⋯」


 そう告げると目をつむり、口を強く噛み締める仕草をした。


「なんだよ」


 彼女はいつもなら無視と無言を貫くが、なんとなく、声を返してみた。


「⋯⋯合宿のお客さまのひとりか? 今あいつらはお食事中だろ。迷ったのか?」


 案外荒い口調の彼に、風成の複雑な心情は飛んでいく。


「一息付きにきただけだ。お前の邪魔なら別の場所に行く」

「ふぅん。よかろう、せっかくだ。そっち来てやるから話そうや」


 彼の態度は礼儀知らずだと思っている。丁寧な態度でもいつもなら突き放す。しかし彼に対しては、いつも他者に浮かぶ拒絶が出ない。


 スタスタと距離を詰めた少年はドガッとそのばに勢いよく座った。


 風成は中庭の綺麗な盆栽を見ながら語りかけた。


「話したいというからには、話題はあるんだろうな。特にないならすぐ行く」

「無駄な時間にはさせない。単に聴きたいんだよ。お前、“強くある”ことにこだわってるだろ」

「⋯⋯」

「行動に無駄が少なく感じた。まぁこれは前置きだ」

「回りくどい」

「余裕がないな。まぁいい、こんな状態だからこそ聴きたい。お前さ、は弱いと、ダメだと感じるか?」


 風成は少し間を置いて問いの意味を考える。しかし出る結論は一つ。


「弱いな」

「理由を聞こうか」

「できることをできなかったという意味で考えた。本来なら成し得たことをしくじるなんぞ、“穴”を作ったとしか思えねーな」

「“穴”?」

「油断、驕り、怠け⋯⋯そんなところか」

「⋯⋯そうか」


 少年は捻り出したような弱々しい声で呟き、うつむいた。少年が握る拳は、ふるふると振動している。


 風成は泣かせたかと焦ったが、今更他人の顔色なんて疑うのは縁を欲している弱い人間のやることだと考え、彼から目を逸らした。


「完全なだ。その上で吐き出させてもらう」


 少年は今にも泣きそうな熱を込めた声で、小さく話し始めた。


「成すべき力を持たされたとしても、勝手に課せられた重荷だとしても、得たのならそれだけに生を捧げねばならぬのか。一時いっときの憩いも許されず、努め続けねばならぬのか。も同じ“人”の身ながら、求められるは生き様ではなく役割なのか。なんという、なんという残酷な運命さだめか⋯⋯おお、ならばいっそ⋯⋯」


 少年はなにかを言おうとして、己の口を両手で塞ぐ。


「⋯⋯これだけは言ってはダメだ。想いなのだから。人であるをオレが否定しては⋯⋯」


 風成は取り乱し気味の彼に目をやる。何を言っているか全くわからない彼をどうすればいいか焦る。


 あたりを見渡そうとしていたその時、曲がり角から蒼樹が顔を覗かせる。


「先輩、もうそろそろお戻りになった方がいいっすよ」

滝登鯉たきのごい! えっと⋯⋯」

「何1人でわちゃわちゃしてるんっすか」

「は?」


 気配が感じられないことに気づいた風成は後ろを向く。そこには誰もいなかった。


 「は⋯⋯?」


 恐怖が少しずつ湧き出てくる。自分が話していた存在は誰だったのか不安になってくる。


 万が一の事態であったらいけないと、蒼樹に少年の特徴を伝えた。


 彼はうなずきながら、1人納得した様子で笑顔を向ける。


「きっと、懐かしい潮風の香りを辿って来たんっすよ」


 いきなり抽象的なことを言いだした後輩に、彼女はその綺麗な顔を歪ませて睨んだ。


「そんな顔しないでくださいよ! あ、ほら! あと少しで始まります! いきましょう!」


 強引に手を取られた風成は半ば引きずられてそのまま中庭から離れていった。


 季節外れの春風が中庭を吹き抜けていく。

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