第16話 こうけい

 専用のバスに乗車したトドロキ高校の生徒たちは長時間の移動時間をそれぞれ過ごす。


 風成は一人離れた席で仮眠をとり、マリードは部員たちと雑談をして過ごす。


 高速道路を経て山道に入り込む。生き生きとし広がる緑と広大な絶景は生徒たちを感動させた。


 宇野は生徒たちに解説する。


「この山は多くの怪異や伝承が語り継がれている神秘の地です。あちらからこちらまで神秘の調査と生態系環境保護のため、安倶水家は一部を私有地として、他は保護団体と共に運用をしています」


 その活動範囲の広さに、生徒たちは小さな驚きの声をこぼしていく。


 宇野に生徒の一人が語りかける。


「あの、神秘って、怪異や伝承ってどんなものがあります?」

「えぇと。神話と混合されて祀られている山の主とその家来たち、祟り葬るほど力を増していく悪霊、名を呼んで連れ去る女の話⋯⋯。怪談話として親しまれた存在から忘れられかけてるものまで多くありますとも」

「宇野さん、もし彼らに出会ってしまったらどうしたらいいですかー!」

「もう、受け入れるしかないですね! ほら、今もそばにいるかもしれないですよ?」


 盛り上がる生徒たちの中、マリードは宇野のその言葉に少し身が引き締まる感覚を覚えた。


「さて、もうそろそろ到着です」


 少し霧のかかったところに、広い駐車場が見えてきた。コンクリートではなく細かい砂利が敷かれている。バスは音を立てて数台止まっている隣に止まった。


「お荷物をお出しします。さて、順番にどうぞ」


 合宿の荷物をそれぞれ持って宇野の案内に一同はついていく。少し歩いたところで一つの大きな和風建築の門がどっしりと構えていた。


「私立トドロキ高校の皆様、ご案内いたします」


 門のそばに設置されている窓口に宇野は声かけし、素早く手続きを終えると、大きな門がゆっくりと開いていく。


 開かれた先には立派な和風庭園が見え、道筋にずらりとスーツや着物の役員が並んでいた。


「ようこそいらっしゃいました」


 彼らは揃って一例をする。


 あまりにも不慣れな光景に生徒たちは固まってしまう。彼らの意識を戻すため、引率の宇野は手を一度大きく叩いた。


「はーい、では私に続いて一人ずつ、一列でゆっくり入ってきてくださいね」


 生徒たちは緊張や不慣れゆえの不安から、ゆっくりと前に進んでいく。


 マリードが周りに合わせた行動をとっていると、上を見て立ち止まる風成が目に入った。


(何を見て⋯⋯!)


 マリードは頭上の光景に目を見開いた。


 綺麗な水色の鱗を輝かせた、空を泳ぐ美しき和龍。それも数頭がこちらに目を向けながら一定範囲を旋回している。


 マリードは思い出す。

 以前、合同練習で『龍の血』を持つと言っていた少年の存在。


(この龍はあの男の⋯⋯)

「正解、まぁ、俺の親戚をそんなジロジロ見るなよ」


 途端、背後を振り返ると、制服を着た不機嫌な顔の蒼樹が立っていた。


「滝登鯉 蒼樹」

「ふん、オラいくぞ。宇野さん引率だから俺があんた見張んなきゃな。ま! 廻郷先輩も近くにいるからいいけど! 行きますよー! ここ広いから迷子になりますよー!」


 風成は一息ついて歩いていく。マリードの後ろに彼女は続く。その彼女の隣を蒼樹は強引に歩く。


「くっつくなよ!」

「えー! 許してくださいよ!」

「一列だろうが、指示は。並んで歩くにしても広さは十分、わざわざ密着する必要あるか!」

「俺の親戚が龍になってる理由はヒソヒソ話でしか話せないですもん」

「⋯⋯⋯」

「“神眼”。だ。滝登鯉家の血を持つ者は龍の姿になると使える。親戚は危険人物を中に入れないためにあぁやって交代で見張ってるんだ」

「お前の親戚だったのか」

「うん。あ、俺はこの姿でも神眼使えるからな。前も言ったけど」


 蒼樹の話を聞いてしばらくした後、先頭にいる宇野の声が聞こえた。


「はい、前の方から順番に詰めてお座りください〜」


 着いたところは会議室の一つ。前方には異なる制服を着た生徒たちがいた。トドロキ高校の生徒たちが全員入ったのを確認すると、蒼樹は自身と同じ制服の生徒たちの席に座り、宇野がマリードのそばに着席した。


 風成は彼がどれほど危険視されているのかまじまじと感じた。


(こんな危険に感じているのに、なぜ招き入れるのだろうか)


 疑問に思ったが自身には関係ないことと彼女は前方を向いた。


 各校の引率係や安倶水家の使用人たちが挨拶を終えた後、その中の一人が今回の試運転合宿について概要の説明をした。


 今回は6校を対象に募集をし、集った63人で1泊2日の技術強化を目的とした指導を行うこととなる。弓道部、空手部、剣道部と別れてそれぞれの過程を終えた後、要望や感想を記してもらう流れである。


「本日は全体のシミュレーションも兼ねているので、大人数を想定した時間スケジュールとなっています。広範囲を移動する場合があり、混乱を招きかねないので、各場所に設置してある呼出機の使用の仕方を説明します。多く配置しているので、状況を判断した上で是非ご利用ください」


 説明が終わったと同時に、会議室の前方ドアから人が入ってきた。


 海慎とその隣に似た顔立ちの少年が場を見渡して一礼をする。

 少年は特徴的な茶髪で、長めの髪を緩く結っている。中学生くらいの見た目だが、とても大人びた印象を受ける人物だ。


 海慎は使用人に向けて顔を縦に振る。彼らはそれぞれの役割のために一斉に動き出す。


「私が実践します。私が先頭に立つので前方から退出してください」


 生徒たちは指示に従い退出していく。


 海慎が連れてきた少年は退室口の端にちょこんと立ち、生徒たちの顔を一人ひとり見つめていた。そして風成とマリードが退出する瞬間、3人ははっきりと目を合わせた。

 直後、少年は少し前の列に加わり、マリードの横には宇野がピッタリと寄り添う。


 風成は胸のざわめきを感じ、少年の方を向いた。


 少年は生徒たちに話しかけられていた。


「君いくつ?」

「お手伝いかな?」

「もしかして、お子さん?」


 少年は聞いてきた彼らの顔を見て、はっきりと受け答えをする。


「僕の名前は安倶水 海成うみしげ、中学三年生です。本日は次期当主として多くを父から学ぶべく参りました」


 その周りの生徒たちは驚きの声を上げたため、引率担当者に注意を受けていた。


 周りの生徒たちは彼の真面目さに関心を持っていたが、マリードは敵意を見せ、風成は彼を見て胸が締め付けられる感覚を味わっていた。

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