第14話 牛鬼と強者

 真実の名を呼ばれたソレはニタリと、艶やかに笑う。


「ハハハ、あぁそうだ。私は牛鬼ぎゅうき。水神の派生である妖怪なるもの。その中でもだいぶ古い個体だ。“安倶水成立”の時以前から存在してるのでなぁ」


 マリードは自身の腕で支えている風成に問いかける。


「妖怪⋯⋯鵺と同じ存在か」

「妖怪というくくりでは同じだ」


 しかしそれだけではない。鵺とは違う意味で危険な妖怪だと風成は考えている。


 牛鬼。古くから多くの地域で語り継がれる非常に残忍かつ獰猛どうもうな性格の妖怪。頭が牛の姿をしていて、その身体は鬼の姿をしている。水辺に関連した自然各所に突然現れ、暴れて人に害をなす。時には美女に化け人を誘き寄せたところで食べたという。


 “宇野”の性格は伝説よりは全然マシではあるのだが、全く底にある乱暴さが隠せていない。いつこれが爆発してもおかしくない状況のため風成は焦っていた。


(皆が無事に生還できるだけでもありがたい)

「せめて貴様らは帰れ! 最善策を捨てるな!」


 マリードは風成を持ち上げた。


「撤退するぞ」


 魔法使いたちは理解が追いつかないまま、マリードに従い去っていった。


「うん! みんな街に行ったようだ」


 牛鬼は落ちた表情の海慎の肩に軽く手を乗せた。


「いやぁ、さすが当主の名は伊達ではない! 魔法使いの幹部であるあの者を圧倒した!」

「⋯⋯慰めはいい。あれ程度蹴散らせないのならとうに首を刎ねられている。それに、届かぬのだろう? 君のいう“強者つわもの”に」

「あぁ全く! なにせ──」



 時は千年以上も前に遡る。

 その地域には恐ろしい存在がいた。力のまま暴れ、人を殺め喰らう牛の頭を持った異形。牛鬼はそれだけでは飽き足らず目につくもの全てを破壊し回っていた。


 満たされぬ荒れた心をもつソレは、ある日妙な人間に出会う。


「探しておった! ぬしが巷で有名な“牛鬼”だろ?」


 自分の半分くらいの背丈であれ、人の中ではだいぶ高い方で少々汚れている服や身なり。雑に束ねられた茶色の髪。そして、手には彼の姿に不釣り合いなほど綺麗な装飾を施された立派な刀。


 男はその目線に気づき嬉々と話し始める。


「あぁ、この刀か? 特殊な経緯で使わせてもらっているものでな。“春呼はるよび”と名付けられている」


 牛鬼は目の前の男をどうしようもないほど愚かだと思った。生物ならば危険なものからは逃げて生存を選ぶべきだ。


「刀が美しくとも、持ち主がそれでは持ち腐れだろう」


 ため息と共に本音をこぼす。


「そうかぁ? 見た目はともかく、相性はとても良いがぁ」


 恐怖の表情を一切見せない男に牛鬼は威圧の意味を込めて邪悪な気迫を纏う。


「なにしろワレの姿を見たのだ。生きて帰れると⋯⋯」

「あぁ、そうだ。用があるのだ。ぬし、ワシと勝負せぬか?」

「⋯⋯は?」


 一切の動揺も、鼓動の乱れもない。


 牛鬼は真っ直ぐ男の目を見る。穏やかながらも確かな自信と闘志が見える。


 男は言った。


「勝った方が負けた方に命令をひとつ下せる! どうだ!」

「ハッ! ワレをなめるか! よかろう、乗ろう。我が勝ったら貴様を人前で食い尽くしてやろう!」

「よしきた! 場所は決めてくれ! あと本気でこいよ! ワシはとても強いからな!」

「ふん! 人の強さなどたかが知れたこと! 本気は出してやろう。ワレの本気の蹂躙、いつまでその身が持つか!」


 日が暮れるまで両者は争った。牛鬼の猛威を男は華麗に捌き、攻撃を加える。


 牛鬼は初めて敗北を味わった。男の方は出会った頃より汚れているがまだ幾分か余裕が残っている。


「勝負アリだな。では、命じるぞ」


 男の命令。


『ここ近くの都にいる子供“安倶水家の五郎”が作るこれからを続く限り見届けること』


 初めはとても腹が立った。自分ほどの大物がそんなちっぽけなものを見届けるなどプライドが許さない。だが、背を向きさっていく男に奇襲をかけ勝つことなどさらにみっともない。


 渋々人の世の様子を見ていくことにした。


 それからというもの、男は度々自身の前に現れた。時には海色の美しい“大災害の化身”を連れてきたり、五郎本人と引き合わせたり。


 その度彼らは周囲の力無き怪異を呼びつけ酒をふるい騒ぐ。はじめこそ牛鬼を見ると逃げてかえる奴らばかりだったが、いつのまにか人も妖怪も集いどんちゃん騒ぎ。


 男が来なくなっても騒ぎは続いた。いつのまにか大きく強く立派になった“五郎”──海初うみぞめを囲い騒ぐこともあった。


 さらに時が経ち人と自然が隔たれても、牛鬼は安倶水を見続けた。報告会という名の自然の宴はなおも続いた。


 牛鬼は気づいた。

 心が満たされず荒むことが珍しくなったと。


 いつも誰かが自身を囲い、怖がられながらも慕ってもらってることを。


 いつのまにか、皆が恐れる怪異:牛鬼はいなくなっていた。


「⋯⋯ふっ、そういうことか」


 ・


 の姿のまま、牛鬼は胸元に手を当てた。


「なにせあやつは──乱影らんえいは、この牛鬼を“退治”したのだから」

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