第13話 譲歩
宇野の瞳が鋭く光る。目線はマリードとは別の人物を見ていた。
反射的に風成の方へ足を向け力んでいた。
「当主様は本当に出来が悪い」
宇野は不自由な少女の方に行くと全身を殴り始めた。
「ンッ! グ⋯⋯」
風成はそのまま地に伏す。
海慎は力なく地に膝をつける。
「あ⋯⋯あ、すまないっ、すまない!」
「そう、それでいい。次は本気で殴ろうと考えていた。だって価値のない交渉道具などいらないだろ?」
風成の口と鼻を覆う布に、赤黒いシミがじわりと広がる。あざも傷も増えてしまった。
「⋯⋯」
マリードは目を見開くことしかできなかった。身体は震えていた。動いてもいないのに多くの汗が自身をつたう。
宇野の少し曇った声が聞こえる。
「どうするんだ? 早くきめなよ」
多くの疑問が彼の頭をぐるぐるしている。巡るものの原因となる感想が気づかないうちに口からこぼれていた。
「⋯⋯あんまり、だ」
宇野はキョトンとした顔を見せたあと、吹き出して笑い始めた。とても野蛮で豪快な声を出す。
「グヮハハハハ! ハハァ──何を言うかと思えば」
一瞬で苛つきの表情になる。
「そういえば、アナタは人の世でも幼い方に属する生命活動年数だったな。よかろう、特別に教えてやる。いいか、私はすでに“譲歩”してるんだ。
本来、強きモノこそ自由を許されるが世の理である。ただ、人はこれを嫌い“平等”という概念を生み出した。
今人の世に紛れるモノとして、それは守らないといけない。
故に私は弱者にも選択の余地を残す。本来なら私に従うしか道のない者たちに。
これ以上何かせねばならない⋯⋯それはおかしな話だろ? すでにこっちは譲歩してるんだ。これ以上はその“平等”とは異なるのでは? ただこちらが与えるだけになってしまう」
海慎は反論を告げたかったが、これ以上このモノの機嫌を損ねると少女が殺されてしまいそうで、身動きができない。
無力な自分に嫌悪と憎悪を抱いた。
一方マリードもどの選択が正しい結果と繋がるか何度も繰り返し脳内で実行する。
マリードは王に必要されている
一方風成は最悪いなくても大丈夫である。元から突然出てきた案件でしかない。グラシュさえいればどうとでもなる。
魔法使いとしての最善は決まっていた。
それでも、無意識の中にいる少年は叫ぶ。
(守れ、守るんだ!)
去ろうとしても体が微動だにしない。
理不尽に立ち向かおうとする肉体を制止するため気を張り詰める。
彼の肉体は小刻みに震えるだけでいつまで経ってもその場から進みも退がりもしなかった。
風成は曇りがかった意識の中、気を保つことに必死だった。
(ダセェ。誰かを待つしかない自分が、結局は
このまま、ここで亡くなってもいいと思った。
(これ以上だと、お前が離れてしまう! お前はきてくれても! 並ぶことができない⋯⋯ならいっそ)
それぞれの様子を見て現状を整理した宇野はとても大きなため息をついた。
「はぁ〜、ここまでとは⋯⋯興ざめ。もういい」
宇野は風成に近づき、笑顔のまま手を伸ばす。
そして、顔に巻いていた布や縄を解き始めた。
「ごめんなさいねぇー」
少女を解放しながらマリードに話しかける。
「今からあの子からの伝言を伝える。
ひとつ、連中の誰にも他言せず我々の合宿に参加する。
ふたつ、他言なしでの不参加。これを選択した場合は風成か“再生の魔法使い”をこちらに売ったと解釈する。
みっつ、他言したのなら先ほど名を挙げた2名を消す。
良い選択を」
宇野は淡々と伝え終えた後に口笛を鳴らした。
「アナタの部下の解毒もした。ここに来るように仕込みもした。うまく彼らを連れて帰りな。あぁ、
マリードの周りに黒いマントを深く被った6人の人物が現れる。
「マリード様!」
「⋯⋯撤退する」
「どうされたのですか! 裏切り者も、安倶水に属する者もいますよ!」
「監視対象を家に届けることを優先せよ」
彼らは傷ついた少女を横目でチラリと見た。
「何があったか分かりかねます。ご説明を」
「⋯⋯今はここから離れるんだ」
混乱する魔法使いたちに宇野が唸り声を上げる。
「んんっ。あのなぁ、あんたらの指揮官なんだろ? 素直に従えよ。お前たちってほんと揃いも揃ってダメだな。それに早く行ってくれないか? 腹立つのだけど」
それを聞いた大柄の魔法使いがそのモノを襲おうと接近する。
気づいた風成が力を振り絞り魔法使いにぶつかる。2人は共に地に体をつけた。
「監視対象、邪魔をするな」
「全員喰われてもおかしくない。ここは撤退が正しい」
「喰われ⋯⋯!」
大柄の彼は目を見開く。彼はマント越しに見てしまった。ゆらりと一瞬、女の姿は別の巨体の異形の姿をとった。
「せっかく“おつまみ”できるかと思ったが⋯⋯まぁ、どうせ貴様らはそこまで美味しくないだろうしいいだろう」
暗闇で光るその目。あやふやな輪郭ながらも見えた頭の片側から伸びる立派なツノ。
全員が認知する。彼女は──人間とは別の存在と。
マリードがようやく動き出す。そして風成を支えながら問いかける。
「あれは何だ」
風成は思い出しながら口を開いた。声色はどうしようもなく震えていた。
帰り道街灯に照らされて見せられた異形の姿。凶悪な強さを持った怪異。自身を痛みつけ笑うあの顔が、美しいはずなのにさらに恐怖を招く。
「⋯⋯こいつは妖怪:
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