第12話 防ぐ手

 マリードが瞬時に生成した様々な武器が、四方八方から海慎に目掛けて放たれる。


(この攻撃パターンは確か⋯⋯防御壁を作るよりかはこれに全てかける方が得策か)


源想う鱗片の詩オー・ポエール。全ての力をこの刀身に」


 見た目は水の刀のままだが、硬さや密度に全てを込めたため本物のそれと変わらない。


 剣の道を幼少期より叩き込まれてから40と幾年。少しだけ怠ったことはあれど、から彼はさらに己を研ぎ澄ました。


(──見えた)


 その腕は才も経験も合わさり、風成を超える神域となっている。


 マリードは鋭い何かが自身を貫いた、そんな感覚がした。しかし何も負傷はしていない。


(気のせいか)


 多くの武器で相手を狙う。避けられた場合はその隙に体の一部を束縛し動きを封じ攻撃。


 王に仕込まれた戦い方しか知らない。知ろうとも、高めようと思うこともできない。


 それが、致命的だった。


「──!」


 自身が放った武器が自分に向けて降り注ぐ。


 マリードは目を見開き、不規則に無慈悲に降り注ぐ武器の雨をかわす。


(なぜだ)


 海慎をみると彼はただ防いでるだけではなかった。マリードの方に武器が向かっていくように刀でさばいていた。


「戦場で『ありえぬ』は通用せん。重鎮が裏切ることもあろうよ。神風が吹くこともあろうよ。目の前にいるかつての同僚が、かつて以上の戦力の技を有すこともあろうよ」


 武器の雨を凌いですぐ、彼はマリードに向けて距離を詰めた。


 刀をしまって水の縄を作り出す。素早くマリードの体を掴み投げ、うつ伏せにしたあと、その両手を後ろに組ませ縛った。


「くっ」

「弱いな。かつての戦いから脅威でもあると感じていたが」



 700年前、マリードとアンセンは王の命令で力を競ったことがある。


 というのも、王は魔力の高い3人を『最高幹部』として手元に置いた。それがマリード、アンセン、ベールである。


 それぞれ『戦』『法』『政治』を任され“三柱”とされた彼らだったが、誰がどれを担当するかを決める際、王が決めたのだ。


「強い者が『戦』に就きなさい」


 ベールは『戦』に興味もないし3人の中で唯一の女性ということもあって彼女が志望した『法』に就くことになった。


 そうして2人で殺し合いとまでは行かない激しい戦いを繰り広げた。


 結果、マリードは勝って『戦』を任されることに、敗北者である彼は『政治』を担った。



 その力に大差が出ても海慎は油断はしない。魔法を出すことができないように少々体が痛み苦しむ体勢の拘束をしている。


「⋯⋯話せるか? 耳を傾けるか? 私は君にも用がある」

「⋯⋯っ、“三柱”だったお前。ありがたき光栄を王より賜った⋯⋯。それが今や牙を向け⋯⋯恥を知れ⋯⋯」

「感謝も敬意も持ち合わせぬ魔法使いマリードの言葉など、何も通じん。それに私はに用があるのだ。魔法使い、発言は控えよ。その肉体を傷つけたくないのだ」


 王の道具として抵抗をやめないマリードに、彼はため息をつきながらゆっくり、先程の威圧的な雰囲気とは違う諭すような声色で語りかけた。


「あの後悔を、この罪を、背負わせたくないのだ。⋯⋯とうに穢れてしまっていても。早くたち切れるほど良いのだ」

「⋯⋯自覚が」


 途端、マリードの肉体の拘束を強める。海慎は苦しむマリードを睨みつけた。


「記憶は無くとも、聞こえているのだろう? 刻んでいるのだろう? 蒼樹から聞いた。君は確かにの前に立った。脅威であるはずの存在を守らんとソレに背を向け、圧倒的な存在と満身創痍の肉体を気にも止めず⋯⋯」


 王の人形であるまじき行動。彼自身も解明できていない言動。──誰にも奪われたくない何か。


 マリードの体の力が弱まっていく。


「そうだ。出てきなさい。君は、君の魂は──」


 言葉は途切れた。


 2人を襲ったのは強烈な力。


 対の方向にそれぞれ飛ばされる。海慎は咄嗟に受け身を取ったが、マリードは木にぶつかりしばらく混乱した。


「それはダメですよ、当主様♡」


 海慎はすぐに、マリードはしばらく考えて理解した。


 宇野が2人をその片腕でそれぞれ投げ飛ばしたのだ。


「う⋯⋯宇野!」

「なんですぅ?」

「あと、後少しなのだ! なぜ」

「あの子に口止めされてることを言いそうになっただろう? 危なかったなぁ。早めに様子見に来て正解だった」

「それは」

「これ以上は寛容せぬぞ。それでも言うならば対価は命だ」

「⋯⋯」


 海慎は動きを止めた。歯を強く噛み、握る手には血管が浮かんだ。


 この様子にマリードは奇妙さを感じる。


(安倶水の頂点はアンセンだ。しかしこの状況、どう見ても支配関係はこの女が上。裏切りの原因は彼女も絡んでいるのか)


 彼の目線に気付いた宇野。その微笑みはとても艶やかでありながらどこか愁いを帯びていた。


「うん、先ほどぶり。あなたに見せたいものがあるんだ。大丈夫、奇襲なんて卑怯で雑魚がする真似はしない。後ろを見なよ」


 彼の胸がざわめく。王以外の指示を聞き入れる必要はない。それでも向かなければいけない。間違えてしまわないように。


 彼女が指した後ろを見る。


「あ、あ⋯⋯」


 見開いた眼球に映る、あざが目立ち、足のところどころに血を流す少女の姿。いつも美しく靡いている黒髪は乱れている。その気を張った瞳は弱々しく感じる。加えて瞳から下は少し汚れた白布で強く縛られ覆われている。


 よく見ると身体ごと腕から下を、そして足首を縄が幾重にも強固に巻かれている。


 少年の脳裏に霞みがかった映像が流れる。


 とても綺麗な『■』色の女が捕われて──。


『助けて』


 足は力み、彼女の方へ体を向ける。


「廻ざ⋯⋯」

「だぁめ♡」


 肉眼で捉えきれない、人間の身体能力ではありえない速さで目の前に立ち塞がった女。


 少年は目の前の障壁に向かい静かに尋ねる。


「なぜ彼女を連れてきた。我々の戦いに彼女は⋯⋯関係ない」

「嘘。まぁ私は穏やかなので一度は許す。関係なくはないだろう。君たちは彼女を一時期狙っていたらしいし、今は監視もしてる。それも数人体制で。とっても重要人物じゃないか。まぁ、安倶水こちらとしてもなんだけど」


 宇野は髪をいじりながら横目でマリードを見る。


 その視線は相手の闘気を簡単に折るもの。自身こそ絶対的強者であると慈悲ある行動。


「繰り返す。卑怯で雑魚な真似はしたくないんだ。それにしても、本当に呆れてしまう。まぁ楽しいからいいんだ」


 とても優しく美しい笑みを浮かべ、温かみのある柔らかい声で少年に問うた。


「私と戦うか、それとも逃げるのか。二つ選択肢があります。後者を選んだ場合、風成このこの所有権を我々ないし私に寄越す意思であるとします。さぁ、どうするか決めて♡」

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