安倶水家当主

第10話 来訪

 欠けた月が夜空高くを登る頃、風成が過ごす街から遠く離れた山奥に複数の叫びと嗚咽が響く。


 ひっそりと立てられた山小屋。その周りをぐるりと何者かが囲んでいる。


 小屋から聞こえる助けや痛みを訴える声。彼らはそれが聞こえるたびにゲラゲラと不気味に笑っていた。


「⋯⋯いつ聞いても最悪な気分だな」


 小屋の入り口前に蒼樹が立つ。すぐそばにいた綺麗な女の姿をしたモノが無垢で華やかな笑顔を浮かべ話しかける。


「そう? とても素敵な旋律だと思うわ。同伴が許されるあの方が羨ましい。あなたの代わりに私が入って、召し上がりたいくらい」

「名出しで呼び出されたのは俺だ。これ以上たがえたら本当に殺されちまう。さて、開けるぞ」

「⋯⋯むぅ。宇野うの様、滝登鯉 蒼樹様がおいでです」

「はぁい、どうぞ。龍の坊ちゃん」


 蒼樹は一息つくと構えた顔つきで中に入った。


「来たぞ」


 不快な鉄の匂い、暗闇でもわかる至る所に飛び散った液や人の欠片。


 蒼樹は不快感こそ表に出しているが動揺や恐怖の類は一切ない。この場面は飽きるほど見慣れた光景だった。


「早めに来てくれてありがとう。楽しんでいく?」

「⋯⋯はぁ」

「やっぱ辛いんだ。まぁ、君にとって彼らは──」

「おい」

「ふっ、そう怒らないでよ」


 暗闇でも蒼樹ははっきり見えている。全裸で縛られ、身体を無数に荒らされた数名の人々。彼らは手を加えられたことによって普通なら絶命する破損でも死にきれない。


 先日捕えた“魔法使い”たち。今やあの時の傲慢さや無表情は消え、ストレスにより外見も変貌している。


 この光景を入り口近くで眺めているだけの女の姿と、この地獄を作り出した1人の影。彼は汚れた身体を気にすることなく道具を置くと蒼樹に尋ねた。


「前、君が教えてくれたことについて手を打とうと思う」


 鋭い眼光が蒼樹をとらえる。


「しくじった言い訳ではないのだろ? の情報は」

「この目に誓って」

「気配に乱れはなし。信じるよ」

「⋯⋯どうするよ」

「そうだなぁ⋯⋯」


 少年は道具の山とは別の場所に置いている刀を手にし、魔法使いたちに安らぎを与えた。



 日付変わりの昼。武道系部活の生徒たちが視聴覚室に集められた。


 生徒たちは突然のことでソワソワしている。


 風成はとても面倒くさそうな顔でその一席にいる。


(このような招集は大概誰かがやらかして奉仕活動やら連帯責任やらの話だろ)


 背後にはやたら声掛けをしてくる村上。斜め方向には女子部員に囲まれながら、自身にも目を向けるマリード。


 大きなため息をこぼした。


「諸君、静かに」


 前方に武道系部活の各顧問と教頭がずらりと並んだ。教頭が口を開ける。


「手短に話す。本日、君たちのもとに来客の方が見学にいらっしゃる。武道の活動支援を熱心にされている安倶水あぐみ財閥の方だ。失礼がないように。

また、来客の方は君たちの力を借りたいと言われている。

緊急であるので、準備できるものは少ないと思うが、計画されている宿の試運転に是非参加してほしい。

詳しくは⋯⋯」


 説明の途中、風成はざわついた。“安倶水”の名が出てからというもの、マリードが明らかに敵意や殺意を出した。それが気になり話を最後まで聞き取ることができなかった。



 放課後、剣道場の外で風成は一息つきながら考え事をしていた。


 安倶水と聞いたらその関連者である蒼樹と接触したことを思い出した。


 途中で意識を飛ばしたため、マリードに何があったか伺ったところ、どうやら“海色”が出て争った後、突如自身マリードを見て去っていったこと、マリードは王に彼との接触は報告していないことを聞いた。


 彼はその目に映した者の情報を全て見ることができた。


 彼の口から自身やマリード、再生の魔法使いグラシュのことは伝わっているはずだ。


(どうやら魔法使いどもと安倶水財閥は強い敵対関係を持ってるみたいだし⋯⋯)


 ぐるぐると思考を回す風成の背後から、2人分の知っている声が聞こえてきた。


「廻郷さん!」

「廻郷!」


 振り返ると、いつも以上にテンション高めの村上と同じくらいの様子である亜信がいた。


 まず第一、風成は亜信の格好に驚いた。


「お前、弓道部だったんだ⋯⋯」

「おう! 実力もそこそこだぜ! 全国大会常連ではあるしな⋯⋯ってそんなこといいんだよ‼︎」


 亜信は手をばたつかせながら続けた。


「安倶水財閥の人が来るって言ってたじゃん! なんとさ‼︎ まさかの当主様が! あの財閥の頂点が来たんだよ‼︎ いやー、ここの学校がすげーのか、財閥さんの懐が広いのか! もう大興奮!」


 その勢いに風成はいつもの態度が取れずに固まっていた。


 続けて村上が言う。


「亜信さん、僕に先に言わせてください! 僕この後すぐ予定あるので! 無理言って時間作っているので!」

「いいぜ〜! 空手部が先だったしな!」

「いやー、変な声が出ましたよ! 厳格な風貌と和装! 長い歴史を持つ一族としての誇りと多くのプレッシャーに負けない気迫! 付き人の女性の気品の良さもカッコよかったです!」

「いやー、宇野さんだったっけ? 凄かった⋯⋯でかい」

「あなたは何を見てたんですか。これ以上は深掘りしませんがね」


 気を取り直し語った内容は、来客を称賛するものだった。


 基本は生徒のやる気を底上げする言葉を用いていて、アドバイスを頼まれると根本的な問題とその解決策を瞬時に答える。理解が乏しい人には実践でわかりやすく解説をしてくれる。武道を知り尽くしていて、少なくとも空手と弓道の腕前は頭ひとつ抜けた達人レベルという。


「たしかメインは剣道とおっしゃっていましたから、得意分野となればもうそれは神域ではないでしょうか!」

「ぜってーお前は目に留めてもらえるだろうなぁ!」


 強さを求める風成にとって心躍る情報だ。なるべく平静を装い軽く相槌を打ったが、その技術を是非ともこの目で見たいと思った。


「確か順番的にもうそろそろ剣道部かと。僕はこのへんで失礼します! ちょっと見たかったな⋯⋯。亜信くんも部長に怒られないうちに戻ってくださいね!」

「へーい!」


 村上が去った後、亜信は周りを見渡し誰もいないことを確認し、小声で風成に話しかけた。


「俺も剣道見たかったけど部長怒るとめんど⋯⋯怖いから戻るとするわ。その前に一つ言いたいことがあってな」

「なんだ」

「会橋のことだ」


 強張る風成の顔と対照的に小声ながら少し嬉しそうな顔を浮かべて亜信は言う。


「あいつ、安倶水って名前聞いただけでやばい殺気出してたろ」

「気づいてたのか。なかなかだな」

「へっへ、人の気配には敏感な方でな。もしもだが

、あいつがなんか起こしそうなら俺も関わらせてくれよ。試運転には参加できないが解釈次第でと認識できる」

「協力してやるとでも言うつもりかよ?」

「違うぜ〜。単に俺が気に食わない。あの魔法使いって類が。障害はスムーズに取り除きたいのでな」

「なんのことだよ」

「ハハッ、気にすんな」


 亜信は距離を取るといつもの明るい調子で話し始めた。


「んじゃ〜な! 来客までに悪態つくなよー!」

「余計な一言だな」


 手を振って離れていく彼の姿を無視し、彼女は剣道場に戻っていった。



 しばらく練習をしていた部員たちのもとに顧問が召集をかけた。一同は稽古をやめて即座に駆け寄る。


「では、こちらに」


 案内された2人の影。部員たちはざわついた。


「安倶水 海慎かいしんです。我々は武道のさらなる発展と継続の一環として本日足を運んだ次第です。急な申し出であるにも関わらず、承諾してくださった皆様には感謝しております」


 整えられた黒髪と和装、厳格な風貌、気迫は聞いた通りのもの。その物言いが案外丁寧なことに風成は内心驚いていた。


 横に付いている女性を見る。女性としてはなかなかの高身長で、綺麗な黒い長髪を高い位置でまとめている。キリッとした美女で、その豊満な肉体は目立っていた。スーツが苦しそうである。


「助手の宇野 澄香すむかです。短い時間ですがよろしくお願いいたします」


 部員達は気を引きしめて挨拶をする。こわばった雰囲気の中、風成は別の気配を纏う彼に視線を向ける。


 高身長であるため、ただでさえ目につくマリード。獲物を見る鋭い光が宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る