第9話 不敵
トドロキ高校のある朝、廊下に掲載された掲示物を見て1人の男子生徒が悲鳴をあげた。
「うわぁぁあ! また負けですかー!」
風成はたまたまそこに居合わせていた。突然の大声に舌打ちしながら、その原因となった人物と掲示物を見る。
全国共通模擬試験の成績優秀者発表。上から2番目に『村上
「強過ぎます⋯⋯
廊下で膝をついて全身でショックを現している村上に生徒たちは生暖かい視線を送った
風成はそこから離れようと歩き出した。しかしタイミングが悪く、動き始めてすぐ誰かとぶつかる。
「ぐっ」
「ウキャ⁉︎」
自然とぶつかった人物に視線を向けた。
「すまねぇ!」
真っ先に謝る明るい声の少年は薄い栗色の短髪が特徴的なやや小柄の生徒。“猿”と言われそうな顔立ち。ただ、風成は先日見た“鵺”を真っ先に浮かべたため少しだけ動きが固まってしまった。
「ん? なんか俺やっちゃった? おーい」
ハッとした風成はすぐさまいつも通りの刺々しい振る舞いをしようとする。
その前に村上が彼の元に駆けつけた。
「おはようございます、亜信くん」
「うぃーす。あ、貼られてるんだー。お、少し点差縮まってんな。あとはどこの問いでとった点数なのかも気になるな」
2人は模擬試験の話で盛り上がりはじめた。
風成はため息をついてそそくさと教室に向かっていった。
・
昼休み。
ムードメーカーの1人である
「
この声掛けのおかげで風成がいる席の隅っこはガラリと人がいなくなった。
風成はいつも通り孤独に安倶水記を読んでいる。
すると、今朝聞いた声が教室に響いた。
「特別講師:亜信先生だぞー」
自身でそう名乗りをあげ教室に入る男子生徒。生徒たちは他クラスの彼を歓迎した。
純平が自身のテストを彼に渡す。一通り目を通して、数分考え事をした後に、黒板のチョークを手に取りババっと書く。
「純平は全体的にここをおさえていないな。今回はこれ中心に解説するがそれでいい?」
「うおー! 助かるわー!」
「さーて⋯⋯お」
解説をするために黒板下の台に登った亜信は窓際の端っこに目線を向けた。
「今朝ぶつかった子だー」
風成は自身に向けて言ってると分かっていながら無視をする。
一方周りはとても焦った様子で亜信の視線を遮る。
「あの子はちょっと気難しい子なんだ。ひ、人見知りだしな! は、早く解説聞きたいなー」
「? お、おう!」
純平の言葉を聞き入れ、彼はチャイムがなるまでとても丁寧に面白く的確な解説を展開した。
暗黙の了解で超特進コースの1組所属である亜信は本来別校舎に来ることが許されていないため、一同はメモを一通り取ったあと団結して黒板の整理など証拠隠滅を測った。
彼らは溜息混じりで言う。
「マジ焦ったわ⋯⋯」
「ほんとよ」
純平のグループとは別の人たちと絡んでいたマリードは明らかに様子がおかしいと思い、純平に尋ねる。
「彼、何かあった?」
「いや、
引っかかるものがある。詳しく聞こうとしたが2度めのチャイムが鳴りそれ以上の詳しいことは聞けなかった。
・
部活を終えた風成は暗い道を歩いていた。本日から本格的に同じ活動時間となったマリードが背後にいるため、彼女の機嫌はかなり悪い。
ふと、荷物を素早く下ろし竹刀を構える。それは後ろのマリードも同様だ。
道端の茂みから彼女を狙った何かが迫ってくる。ひらりとかわす。
「出てこいよ」
茂みから姿を表す数名の人。大きな黒生地のマントにフードを深く被ってるため、顔どころかその輪郭すら夜に溶けて分かりづらい。
「⋯⋯何をしている」
マリードは彼らに質問する。
「マリード様、お力添えをするかそこから動かれないでください」
「王のご命令、ではないな。誰の命令だ」
「⋯⋯」
「予測だが、ベールの仕業か」
「人間1人を仕留めるだけです」
「その行動、王の御意志にそぐわないのでは」
「我らは王のご命令によりあの方のために動くように言われています」
応答を繰り返す彼らだったが、背後の気配を感知し振り返る。そこには小さなビニール袋を持ち歩いてる亜信の姿があった。
「お、
風成は焦る。魔法使いたちの現場に居合わせた人間は容赦なく殺される。守ろうと動く風成だが、どう考えても間に合わない距離。
「人間、悪く思うな」
魔法使いたちは彼に向け攻撃を仕掛ける。
「あ」
亜信がそう発した途端、その場にいた全員は内面からぐちゃぐちゃにされそうな禍々しい圧力を感じた。
直後、強烈な光と大きな雷鳴が響く。
風成とマリードはしばらくして顔を上げる。妙な匂いが漂う。そして目の前の光景に驚愕した。
そこには、もう動くことはない魔法使いたちが倒れていた。
彼女たちはそこでようやく、落雷によるものだと気づいた。
「あー、やっぱ死ぬよなー」
この非日常的な光景を慣れた様子で見渡す亜信。さらには何もなかったかのように亡骸に触れないように歩きその場を去ろうとする。
不可解さに固まる風成とは異なり、死に慣れているマリードは明らかに一般的な感性とはズレている彼に話しかけた。
「お前、死に慣れているな」
「お互い様じゃね? あんたも慣れてそう」
「何をした」
「俺は何もしてないぞー⋯⋯と言いたいところだが。うーん、意図的ではないんだが俺のせいなんだよなー」
「何が言いたい」
「“俺を敵に回すな”。多分学校であのバカップルと同じくらい流れてるものだと思ってたけど」
「聞いた」
「あれね、本当だぜ。俺に敵意丸出したり害をなそうとしたりした人間、皆取り返しのつかない不幸に見舞われている。偶然だって言いたいけど昔からそういう体質なんだよ。だから多くの死を見たし、酷いものも見た。で、慣れてしまうという! いやー、我ながら狂ってる!」
軽いノリ。現状と噛み合わない態度が不気味さをより一層膨らませていた。
「だから、“魔法使い”に狙われても無事だった」
「⁉︎」
「だいぶ前、今日みたいなことが起きてな。初めのうちは狙われてたんだけどもう何もないな」
彼の危険性は明らかに今までの“人間”を凌駕するもの。
魔法とは異なる不気味な力。
その2つの特徴を並べると風成の顔が浮かぶ。
「廻郷」
振り返ると体調が優れないながら強がる風成がいた。
「どうするんだこれ」
亜信は少しだけ口角を上げる。
「無視でいい。下手に触ったら死体遺棄になりそうだし。あと、別の道経由であんた送るよ。だいぶなトラウマ植え付けたかもだし」
「私は弱くない」
「弱い強いじゃなくて⋯⋯俺のためだよ。これ目の当たりしたら俺のこと“怖い”ってなるじゃん? そしたら皆俺の都合を考えて動き出す。この力のせいで人と本気で話しあえたことがねーの。少しでも緩和したいって思うのは不自然か?」
風成は言い返せなかった。彼の都合など知らないが、余計に敵意を見せ力を出させた結果さらに彼の傷を作ってしまうのも違う。
「好きにしろ」
「ハハッ、この力を目の前で見ても尚態度に変化がないのは珍しい!」
「正直恐ろしくは感じる。しかしあの馬鹿どものように傲慢に力を振りかざすことはない。特性の一つを知ったって話。それだけだろ」
亜信は一瞬固まる。そしていっきに笑顔になる。
「お前面白れー!」
「なっ! 飛びつくなー!」
その様子を見つめるだけのマリード。
彼の胸の内に焼けるような感覚と多くの思考にこびりつく黒い何かのイメージが湧く。
魔法使いとは異なる力の持ち主。風成、蒼樹、亜信。
三者ともその力を見せるとき高圧的な雰囲気を纏う。
特に亜信から感じたそれは“不吉”そのものだった。
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