第6話 衝動
蒼樹の体の変化は、きらりと輝く淡くて青い鱗がところどころに浮かぶだけではなかった。
少し肥大化する両腕はほぼ鱗に覆われ、指は人のものではない鋭い爪へ変わっていく。トカゲの腕が攻撃的に進化したような姿である。
「この程度で十分かね」
変貌した己の腕を見て少し動かした彼は、その視線をマリードの方へ向ける。
見られただけだ。
その敵意と殺意の眼差しは圧倒的な実力差を、理不尽に踏みにじられる存在だと立場を分からせるもの。
加えて鱗を浮かばせた後から徐々に増していく別存在ということを物語る圧倒的な気配。
「“
彼の後ろにいる風成すら震えてしまうほどのその圧力。そして彼女は薄々、感じている。
(こいつ、物事の“根本的な見方”が変化してるな⋯⋯。おそらく、人の理が今は──)
風成と異なり王の駒でしかないマリードは魔法を発動。多くの剣を含めた道具を用いて、初めから全力で攻撃に出る。
「え、まじ? まぁ分かりきっていたが。お前たちは皆そうだった。どんなに優しくしても結局は理解力が乏しい。哀れだ」
マリードの攻撃を、彼は人の技術と人ならざる肉体能力を用いてかわし、流し、つめよる。
そして、わざわざ人の姿そのままの足で思いっきり蹴飛ばした。大きな体は鈍い音と共に背後へ吹き飛んでいく。
重すぎる一撃。彼はすでに満足に動けない状態になっていた。
蒼樹は“神力”を用いて作った水の鎖で彼の手と足、首と胴を縛り上げ、宙に吊す。
「
蒼樹が天に手をかざすとそこに地から、空から水が集まってくる。
マリードの身が収まるほどの水の塊が完成した直後、その塊でマリードを包み込んだ。
「⋯⋯!」
「拷問の一つに水が用いられることがあるって知ってんだろ? まぁあそこまでの意味はないけど」
溺れもがくマリード。時々顔を宙に触れさせ、また沈めを繰り返す。
蒼樹はゲラゲラ笑いながらその目を光らせていた。
「“2人の魔法使い”。特に女の方を狙ってる。お前は別行動中。ふーん、こんなものか」
「ゴホッゴホッ! どこまで知って──グッ」
「⋯⋯情報漏れてんじゃね? お前の組織」
苦しむ男の様をはじめこそ楽しそうに見ていたが、ふと別のことを考えついたのか調整が雑になり始める。
蒼樹はぼそっと言う。
「殺すか。そいつらも」
衝撃的な決断に、風成は思わず口を出す。
「何言ってるんだお前!」
言葉をかけられると思ってなかった彼はキョトンとしたまま風成の方に顔を向ける。
「なんで? その方が早くいろいろと収まるだろ」
「それにしても⋯⋯」
「なぜ、あなたを苦しめた存在を庇う? 今の俺は多分いくら考えても分からないだろうな。だいぶあっち側だし」
「⋯⋯私はお前に何も話した記憶はない」
「うん。俺も聞いた記憶はない。単に見ただけだし。俺だけは常にこの目が働くから」
そう言うと蒼樹は大きく開いた手をマリードの前にかざし、ゆっくりと閉じていく。
「⁉︎ ぐぅあっっっ!」
ミシミシと水は彼を締め付ける。
つまらなそうに締め上げている彼に風成は疑問と怒りを募らせる。
「⋯⋯なぜそこまでいたぶる」
「あの方の命令だから。⋯⋯くくっ、俺もあんたらと変わりないねぇ」
締め付けの強さは、彼が浮かべる苦痛の顔から分かる。
「さて、どう探そうか──」
少し大きめの尖った石が高速で目の前に迫る。
蒼樹は即座にその気配に気づきかわした。石は落下地点深くをもぐる。
油断していたこともあり意識が削がれ、水の塊が解除される。マリードが崩れ落ちたことなど興味はない。今、彼が持つ関心は目の前の存在だ。知ってはいたが初めて見る相手。
「古きモノ、か。俺の神性に刺激され引っ張り出されたってところか?」
「へぇ。混ざり物ごときが、随分でしゃばっていらっしゃる」
風成から変化して異なる海色の髪と瞳、死人のような肌を持つ女は、不愉快をにじませた笑顔を彼に見せる。
「気に食わないでしょう、お互いに」
「⋯⋯」
女は風成の竹刀を手に取り、禍々しい力を纏ったまま蒼樹に襲い掛かる。
彼も持っていた竹刀を水の力で補強しながら応対していく。
命をかけた剣のやりとりは女が有利である。フェイントを混ぜ、隙のない剣捌きで確実に相手に攻撃を加える。
蒼樹も自身から血が流れていることに気づき驚いていた。
「一応俺、硬いんだけど。やっぱり違うんだな」
「余裕ですね」
「そりゃあもう。なぜならこれ、人の定めた縛りのない生存競争だから」
「⋯⋯!」
彼の思うがままに水は動き、女を捉える。剣を握る手を強く締め上げる。女は苦痛の声と共に剣を手放した。
「おのれ⋯⋯! 半端者でしょうアナタ様も!」
「少し不安だったが。“海”と“水”は権能分けられてんだな」
身動きが取れない女に蒼樹は水の刃を準備しながら話しかける。
「あぁ、悲しく思うよ先輩。消えた幻を追うためだけの命とか。そんなの、生き地獄じゃねーか。だからせめて一瞬で開放してあげよう。
なぁ先輩、やはり無理だよ。“人”が背負うにはデカすぎるんだ、ソレは」
その首めがけて刃を振るう。
刹那。
それは女が落としたはずの竹刀で、受け止められていた。
「⋯⋯へ?」
「⋯⋯」
満身創痍であるはず。動くことはもちろん、立つことすらできないほど痛み付けた。
「魔法使い⋯⋯?」
「⋯⋯ハァ、ハァ。ゴフッ」
血を吐き出しながらも真っ直ぐ女の敵を睨みつける。
「しつこい!」
蒼樹は身を切り裂くつもりで鋭い異形の手を振り下ろす。
「
蒼樹の目に、女の瞳にそれは浮かぶ。
大きく、強く、堂々とした男。ボサボサな茶色の長髪をなびかせたあの姿。
「⋯⋯チッ」
蒼樹は歯を強く擦り合わせると、荷物をまとめその場から立ち去っていった。
「──ねぇ」
蒼樹が去った後、女は彼に駆け寄る。
「⋯⋯」
ふらり、と彼はバランスを崩す。女はその大きな体を受け止める。
「⋯⋯なんですか、アナタ様は」
彼の顔を覗き見る。
彼の口や鼻からは未だ血が流れている。しかし目元は、透明の雫が流れている。
「⋯⋯褒美はきちんと、ですね」
女は彼の額に手をかざす。
「私の権能は⋯⋯ですが同じ属性ですし、多少ならば」
・
マリードは目を覚ました。体に響く活動に問題のない痛み。そして自身に寄りかかる重み。
「廻郷⋯⋯」
彼女の寝顔を見るのは2度目。
あの時は原因不明の痛みが勝っていた。しかし今は妙に温かな感覚を全身で感じている。
「⋯⋯傷」
マリードはかすり傷や小さなあざ以外、蒼樹に確実に傷つけられた大きな傷や折られた骨が完治していることに気づく。
「お前が⋯⋯なのか」
深い睡眠をとっている彼女は返答をしない。
「⋯⋯ひとり。助ける⋯⋯か」
自分から出た言葉は、王の駒には不要なもの。それでも、彼はそれを誰にも奪われたくないと思った。
そっと彼は風成の身を支え、彼女が目覚めるまで待つことにした。
眩しさを感じ空を見ると、雲のわずかな隙間から光が一筋地を照らしていた。
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