第5話 着彩

 トドロキ高校の生徒たちは風成との交流をとても楽しんでいる蒼樹に驚いてばかりいる。しかし、他校の彼らは呆れてはいるが嫌悪を浮かべるものはいない。


「よくアレに近づけるよね⋯⋯剣技のこと考えてもね」


 彼も注目を浴びる人物である。彼女に次ぐ剣の才能がいる。中学剣道界で突如現れた新星。いつかの彼女のような頭ひとつ抜けたその実力であっという間に男子の部で頂点に立った。


 そんな彼は周囲に隠すことなく言っている。


「俺、廻郷先輩に憧れてんだよなぁ! 人付き合いの仕方はどうかと思うけど」


 学年の違いもあり会う機会は滅多になかったが、それでも合同練習で機会さえあれば同校の先輩より彼女にくっついていた。


 家の事情で同じ高校を受験できなかったが、よりトドロキ高校と交流があり剣道の名門である所に進学したのはやはり彼女に会って高めあうことが目的である。


「廻郷先輩! ズバリ今回の試合の俺の敗因はなんですか?」

「⋯⋯柔軟な動きができてない」

「やはりそうですか。先輩早いっすもんね。どんな取り組みをすれば対策できますかね」

「⋯⋯それは、まず──」


 側から見たら見つけようの無い動きを風成はきちんと指摘し、対策を教えている。


 人間関係は無駄だと、無意味だと思ってる彼女だが、高みを目指す者へのアドバイスはする。はじめこそ自身に寄ってくる彼を煙たがっていたが、その押しの強さと向上心を認め例外的に指導している。才能を育てない、潰す行為は弱者のすることだと“強者”であることにこだわる彼女の考えあってのことだ。


 人に囲まれながらその様子をマリードは見ていた。

 その目線に気づいた1人が話し始める。


「蒼樹くん、すごくイキイキしてますよね。いつも明るくて、場を盛り上げるムードメーカーなんですけど、中学入りたての頃はなんか違ったんですよね」


 マリードがその話に相槌を打つと、口々に皆話し始める。


「そうそう、明るいんだけど、なんか、空元気っぽいというか⋯⋯。確か過疎ってる小学校からそこそこの規模である中学に入ったからって、本人は言ってたね」

「今思えば行動も盛り上げていくけど主体ではなかったしね。廻郷先輩を大会で見た時のあの反応はすごかったね」


 まるで真っ白な光が虹色になったようだ、と元同じ中学校の女子生徒たちは語った。


「あの人が蒼樹くんに教えるのは、間違いなく彼が飲み込みすごいからだと思う」

「でも珍しいよね。蒼樹くん、人付き合いわりかし慎重じゃん」

「悪態マシマシな人、苦手かと思った」

「それなー! どんなに表がよくても、何か影がある人は避けてたよね!」

「蒼樹くんが避けてた人大概ヤバい人だったしね!」

「一時期、蒼樹くん心読める説あったくらいね」


 彼の人を見る目はとても優れているようだ。


 マリードは先ほど彼に言われた言葉を思い返す。


(警戒する必要がある)


 マリードの鋭い目線が彼の視界に入ることはないまま、合同練習の時間は終わりを告げた。



 風成の通学路の途中である木々と田んぼが広がる曇天の中。彼女はため息混じりに吐きだす。


「なんで一緒の帰路についてる?」

「俺、この街にお家の用事があるんですよぅ! 宿泊先こっちなんで一緒にと!」


 特別な許可をもらったのか、単独行動を許されてる彼。家の事情が特殊というのは聞いていたが、ここまで許されるとなるととても特別なのではと考えた。


 1人になるまで身支度をたらたらしていたが最後まで動かなかった彼に呆れ帰ろうとした矢先、くっつかれている。


 無視を決めていたがとうとう話してしまい、自身の“ブレ”を感じた風成は、ため息混じりに言葉をはいた。


「⋯⋯こっからはプライベートだ。関わるな」

「えー! それは困ります! 俺、一度限りの“推薦権”使うことを決めたのに!」

「⋯⋯?」

安倶水あぐみ家ってご存知ですよね? 一度は落ちましたが今や再びこの国を代表する財閥となったお家です」

「⋯⋯そこが何か」

「俺の家、安倶水家の護衛を担当しているところなんっすよ」

「⋯⋯は?」


 愛読書であり憧れた伝記の子孫である家の存在。それだけなら驚かなかったが、そこと密接に関わる家柄の者となると話が変わる。


 蒼樹のこれまでの『家の都合』を知っている身としてはその発言が妄言でないこともわかるが、なぜ唐突にそれを明かしたか、未だ風成は理解できずに固まっていた。


「安倶水財閥⋯⋯いや、本家の方と関わりが深くなる職ほど求める人材の条件が高いってのは知られてるんですかね」

「⋯⋯一時期緩くした結果、すごく後退したから以降はより厳しくなったんだろ?」

「⋯⋯そうです」


 一瞬、眉を寄せ目を逸らした蒼樹はすぐさま笑顔をつくり話を再開する。


「安倶水財閥はなにかと狙われやすいんです。なのでより本家と関わる仕事であるほど、優秀かつ大きな信頼を寄せる人物を置かないといけません」


 彼は自分の手を伸ばし、風成の前に差し出す。顔つきは再び真剣なものとなっている。


「護衛担当の俺らは一度だけ外部から『信頼できる優秀な者』を推薦できるんです。つまり、俺は貴女をに⋯⋯本家に紹介したい」

「⋯⋯」

「もちろん推薦は相手の許可や要望を聞いた上でのことです」

「何故、私を推薦に選んだ?」

「まず強い。剣道を積極的に支援している我々にとっては星のような存在なのです。先輩ならこの界隈を更なる次元にあげられます。まさしく、発展をよしとする本家にとって欲しい人材です。ふたつ目は⋯⋯」

「いいよ、もういい」


 風成は珍しく対峙する人物の顔を見据えて、はっきりと告げる。


「悪くない話ではある。しかし深すぎる。人との繋がりが。私がそれを嫌うことはお前も知ってるだろ」

「⋯⋯そうですけど。俺たちは違う! 先輩の周りにいる人たちや、記憶一つで様変わりしてきた奴らとは!」

「まて、お前何故それを──」


 刹那、蒼樹の背後に迫る大きな殺意の影。


「チッ」


 風成は彼の手を引き抱き寄せ、共に地面に倒れた。あらわになる姿。他の者に害を成さないと縛り付けたはずの魔法使い、マリードだ。


「テメェ! 何をしてんだ!」

「任務を遂行しただけだ」

「他の者に手を出すなと言っただろ⁉︎」

「“王”の指示以外を聞く必要はない」

「⋯⋯ならば、私は⋯⋯」

「しない。“声”に委ねることはお前にとって“弱いこと”に当てはまるから」

「⋯⋯!」


 観察しているだけのことはある、と風成は歯をグッと噛み締める。


「安倶水の者は見つけ次第処理。これは王命である。並行して進めれる任務は成さねばならない」


 魔法による剣の生成を行い、両手に握り近づいてくるマリード。


「どけ、廻郷」

「⋯⋯」


 しまっていた竹刀を取り出そうと手を動かしたとたん、それを止めるかのように蒼樹の手が伸びてきた。


「大丈夫っすよ、先輩。全部知ってる。ちょっと試したかったんだ。やはりダメだなこのデカいの」


 風成は再度マリードを見る。彼の足元には水の塊のようなものがあり、彼の行く手を拒んでいた。


 不思議な力を使う者。風成にとってそれは魔法使いという単語を浮かばせるものになっている。


「先輩、あんなのと一緒にしないでくださいよ」


 再度。言ってもないのに見抜いていく思考回路。そして違和感を感じる手に目線を向けると、先ほどから触れている蒼樹の手に、淡い青の模様──鱗のようなものがところどころに浮かんでいた。


「⋯⋯お前は一体」


 風成の問いににやりと彼は口角を上げ答える。


「鯉が必死に滝を登るように。足掻き続けてこその高み。本来の意味とは違うが⋯⋯まぁそれはそれとして。貴様ら“魔法使い”はたまたま持った力を振りかざし高位な存在であると傲慢する。そんなものに引けをとるわけねーだろ」


 風成から優しく離れ、起き上がった蒼樹の体の至る所に、鱗が浮かんでくる。


「さぁ、本物をお見せしようか! 持って生まれてなお高めたこの力。 “かみ”の力を!」

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