他校の一年生

第4話 合同練習

 私立トドロキ高校は方針として、社交性の向上と切磋琢磨を目的とした交流を積極的に取り入れている。そのため他校と合同での学習や活動が盛んに行われている。


 部活動も同様で親しい他校とはよく合同練習が行われている。その日、剣道部は隣県の私立高校と合同練習を開いていた。


 堅期マリードが入部したことで、剣道部は騒ぎになっていた。彼を一目見ようと人が押し寄せる。一部の部員はそのせいで部活ができず問題になるレベル。対策として剣道部の見学は予約制とした。


 その効果は大きく、見学者の視線がある中ではあるが活動に支障は出なくなった。


 しかし他校の生徒である彼らは初めて見る、高校生離れの体つきと、切れ長の瞳が特徴的な整った顔の男に釘付けになる。


「でけぇ!」

「うわー強そう」

「かっこいい⋯⋯」

「前の時はいなかった⋯⋯転入生か?」


 女子の割合多めで彼の周りに輪ができる。


 他校の生徒が剣道部員に話しかける。


「でも彼、大会でも見たことないのよね」

「堅期くんはね、頑張ってきた人なんだ」


 同じクラスメイトでもある女子部員はどこか得意気に話し出す。


 マリードは風成をより観察できるように、彼女と同じクラスに入った。しかし特殊な専攻であるため、普通の方法では難しい。そこで“王”により設定を言い渡されている。


 『会橋 堅期』は“王”が表で率いている友愛団体“アトラン”に保護され支援を受けている存在、というものだ。


 発見されるまで戸籍も存在せず、劣悪な環境で育っていたが、アトラン所属の支援員に発見され、教養を受けた。剣道の才があり、その腕を磨きたいとの希望で多くのところに回ったが、受け入れたところが私立トドロキ高校だけだった。彼の希望が叶うならと団体は彼に出費した。


 また、マリードは他者の好感度が上がる性格を演じている。


「恩を返すため、自分と同じ境遇の子を救うため、放課後も時間がある範囲で団体のお手伝いをしてるのよ」


 黄色い声や讃える声が彼の周りを埋め尽くす。計算された振る舞いをしている彼の目線には、遠くの孤独な人影を捉えていた。


(このような場でも孤立か)


 周りの反応を見るからに、風成の悪評は相当なものである。


 1人でコツコツと稽古の準備を始めている彼女。


 しかし突然、人影は二つに増えていた。


「はぁ⁉︎ なんでお前がここに⁉︎」

「えへへへへ〜! 廻郷先ぱーい!」


 小柄で美しい少女に、無遠慮に飛びつく他校の少年。色素薄めの髪や瞳、整った涼し気な顔立ちとは正反対と言える大胆な行動をする少年は少し離れた場所にいる人たちに怒られていた。


「こら! 滝登鯉たきのごい! 礼節は弁えなさい!」

「はっ! つい! すみません先輩!」

「ったく。いくら特待生だからって⋯⋯」

「失礼しました! 廻郷先輩、また後で! どうせ渡り合えるの俺くらいですよね? まぁ! 俺の全敗なんっすけど! ワハハ」


 実力に自信があるのか卑下しているのかわからない言葉を残し、彼は同じ高校の先輩の元へ戻っていった。


「マジか⋯⋯噂は本当だったんだ」

「滝登鯉くん、すごいなー」


 唖然とした雰囲気が残る中、マリードは少しだけ腹部が燃えるような感覚がした。





 剣道の稽古が厳しくも的確な指導のもと行われる。


 通学経験が特殊な堅期マリードのその素質に経験者たちは驚く。


「すごっ! 普通に全国レベルじゃねーか!」

「うひゃー! こりゃ悔しいわ」

「神って無慈悲だわぁ」


 口々にいう彼ら。集まる取り巻き。


「⋯⋯あいつらに届くかもな、この人」


 ぼそっとつぶやいた1人の言葉に一同は次に行われる練習試合を見る。


「廻郷さん、剣の腕だけは頂点だもんな」

「でも、あの“瞬剣しゅんけん”を唯一持ち堪えられる彼も凄いよ。一年の滝登鯉たきのごい 蒼樹あおき

「あの2人とはマジで試合当たりたくないよなー」

「その技術だけは、見惚れるけどね」


 マリードは風成の技術は魔法を凌げるほどのものだと知っている。しかしそれに届こうとする者がいることに片眉が動いた。


 しっかりと捉えた目先で繰り広げられる光景。


 異性間では通常行われないが、彼らの実力が飛び抜けてるため許されるこの試合。


 素早く正確に放たれる美しい太刀筋と、力強い声。静と動が交互に場を支配する空気。そして、いつのまにか彼らに釘付けになっている人々。


「面‼︎」


 少女の声と共にその空間は元に戻る。


「白、一本。そこまで」


 お互い礼を言うとそれぞれの場所に戻っていった。


 風成は孤独にその場を離れ、少年──蒼樹の元には同校の生徒たちが集まった。


「蒼樹くんすごかった!」

「えへへ、そうかー! でもまた負けた! むー、全然追いつかねー」


 マリードほどではないが彼の元にも人だかりができる。戸惑う様子はなく、明るい身振りそぶりで場を盛り上げていく。


 蒼樹はマリードと異なり、その親しみやすさで人が寄ってくるタイプであった。


 そんな彼の手を先輩の1人が引っ張り、マリードの元へと連れてくる。


「蒼樹くん、いいライバルになりそうでしょ?」

「滝登鯉くん、だな。俺は会橋。とてもすごい腕前だね。俺も頑張ろうかな」


 マリードの目の前に押し出された彼は、始めこそ変わらぬ調子でいたが、その表情は一瞬、真剣そのものになる。目線が合った一瞬、マリードの身に奇妙な感覚が走った。


「⋯⋯俺は廻郷先輩以外の人に負けないしー!」


 ベロを出して子供のような威嚇をした蒼樹は、そのまま彼の横を通り過ぎる。


「⋯⋯随分と堕とされたもんだな。それでは──」


 マリードにだけに聞こえるような声でぼそっと呟き通り過ぎる。その後、周りにそれぞれ声かけしながら、風成の元へ駆けて行った。

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