第3話 少数

 風成は誰よりも登校が早い。


 朝日が差し込むがらんとした教室に入った彼女は、端っこの窓の席にまっすぐ進みひたすら遠くの海を眺めるか、本を読む。


 遠い昔、自身を支え愛してくれた兄からもらった大切な大切な【安倶水記】。めくればめくるほど浮かんでくる個性豊かで運命に試練を与えられながらも生き生きと動く登場人物。美しい強さや心。


 作られたものだからこその美しさと思いながら、風成はその世界に浸り心を潤す。何度読み返しても薄れることのないこの物語は、どうでもいい人生に少し刺激を与える味付けのような役割を持つと愛用している。


 そうすることで人と接することなく無難に1日を乗り越えることができる。


 しかしとあるクラスメイトが登校する日はこの限りではない。


 マリードは道中で出来上がった取り巻きと共に教室に入った。


 そこにはいつも誰も近寄らない風成のテリトリーに堂々と入り込み、風成の前の椅子を借りて彼女と正面合わせで座っている女子高生が。


「あ、百得ももえちゃんだー!」


 一人の取り巻きが遠くから声を掛ける。


 振り向いた少女の姿は、マリードも知っている顔だった。


 ふわりとした金色の髪のツインテール。とても目立つ曲線の体。


「みんなおはよー! 数日遅れの新学期になっちゃった!」


 メディアに触れるものなら誰でも一度は聞いたことがある可愛らしい声。


 今世間を賑わせている大人気トップアイドルグループのセンターである芸名『Momo』。本名:山田 百得ももえも実はこのトドロキ高校生の一人である。


 誰も近寄らないところに居座った状態の彼女にも、クラスメイトは次々に声がけをする。それだけで彼女の人望の厚さは手に取るように分かった。


 百得は視線を再び風成に合わせ話を持ちかける。


「ってね! もうどんな生活したらそんな発想になるのって! おかしいんだけど尊敬するよ!」

「⋯⋯」


 大きなリアクションを見せながらあれこれと話しをする百得と無反応で一言も言わず表情も動かさない風成。


 その異様な光景に突っ込む者は他にいない。


 取り巻きの一人はため息混じりで話す。


「ここまできたらもう根性的な問題よね」


 マリードは何故こんなことになっているか聞き出すため、不思議なものを見るような反応をした。


 マリードを注意深く見ていた女子が話すチャンスは今だとばかりに勢いよく声に出す。


「一年後半くらいからなのよ。モモってば、『何かすごい秘密があるはず!』って。はじめの頃はみんな止めたよ。アイツ暴言吐きまくってたし。まぁ、今は無視決めこむくらいにはなってるけど」


 風成に手を伸ばす存在がこの高校にいたことは意外であった。そして同時になにか引っかかる気がした。


 そんな人だかりのことなど全く視界に入ってない彼女たちの意地の張り合いは続く。


「ぐっ⋯⋯やはり私の話術もまだまだのようね! よぉ〜し! こうなったら! 必殺! マイベスト──」

「山田さん、不必要な品は校則違反です」

「わ! でたっ! Mr.模範!」


 またしてもその席に臆することなく近づく人物が。マリードはその整った身だしなみで眼鏡を輝かせている男子生徒の存在を知っている。


 村上 晋也しんや。トドロキ高校生徒会長。法律や条例、校則に関しても精通している真面目な生徒であり、その有様をからかわれて『Mr.模範』というあだ名が付けられている。しかし本人がこのあだ名を気に入ったため自身でも名乗り、校内ではもっぱらこのあだ名で呼ばれている。


 普段は何かしら生徒会の用事で席を空けており、授業以外は滅多に姿を表すことのない人物だ。


「山田さん、校則をきちんと守りましょう。これは風紀に関わる大問題です。校則第──」

「不必要じゃないもん!」

「マニュキュアはナチュラルメイクに使用するものなのですか?」

「違う! 用途が違う! これは友人を増やす魔法のアイテムよ」

「はぁ⋯⋯」


 クラスメイトはこのやり取りに関して何も言わない。教えてもらうと、毎回のことであるようだ。


 Mr.模範は風成に顔を向ける。


「廻郷さんおはようございます。落ち着いた環境が欲しくなったらいつでも相談してくださいね」


 律儀に軽く頭を下げるMr.模範。


 その後いろんなところに声がけを始める彼。もちろんマリードにも話しかけてきた。


 彼も分け隔てなく人を気にかけることができる人物であるようだ。


 風成が完全に一人ではないことを知ったことは“王”の任務にあまり関係がない割に、大きな成果を無意識に感じるマリードだった。





 昼休み。


 トドロキ高校は4月恒例の新入生部活勧誘が始まっていた。


 騒がしい場所が苦手な風成は図書室に向かおうと移動していた。図書室に行くためにどうしても通らないといけないホールには人溜りが。しかも今日はいつもの数倍の人の波。


 ため息をつく風成。


「はぁ、勧誘期間も後半になって勢いが増えた感じか?」

「違うよー! あの子が入学してきたもんだからみんな引き入れたくて仕方ないのー」

「⋯⋯」


 いつのまにか横にいる百得には突っ込まず隙間が生じたら通ろうと機会を待つ。


 そんな風成を気にもせず百得は大きな声で手を振る。


花成乃かなのちゃーん! ようこそトドロキ高校へー!」


 急に声を掛けるものだから一斉に多くが振り向く。


 新入生の面々が目を輝かせて興奮気味に駆け寄ってくる。


「すげぇ! Momoちゃんも花成乃さんもいるの⁉︎」

「アイドル界頂点2大グループのメイン2人が⁉︎」


 そこに混じって、綺麗に通りながら艶やかで落ち着いた女性の声が届く。


「こんにちは、Momo先輩。ふふふ、より一層私たちは磨き合い輝きを競い合えますね」


 自然に道が開く。その中央を歩く女子高生は一年生とは思えない高めの背と大人の雰囲気、綺麗に揺れる姫カットの長髪、そして豊満な肉体美を持っている。


 風成すらメディアで知るその存在にますます困る。そんな2人に挟まれていては、人目が強く刺さる。


 諦めて教室に戻ろうとした風成に声がかかる。


「初めまして。Momo先輩、こちらの美しい方は?」

「廻郷 風成ちゃんよ! すごく綺麗でしょ! でもめっちゃくちゃ武道とか剣道とか強いのよー!」


 さらに鋭い視線が刺さり、あの“海色”も迫ってきている。

(さ、最悪だ⋯⋯)


 現役アイドルたちの会話は弾んでいる。


「いいですね。廻郷先輩が私たちのチームになってくだされば、より輝きが⋯⋯」

「ちょ⁉︎ 会って早々⁉︎ たしかに風成ちゃんは芸能界でも全然見ないレベルの美少女だけど!」


 その言い合いに足止めされた風成は結局落ち着いた場所に行けないまま、チャイムの音を聞いた。


 美しい顔にシワが寄る様を、マリードただ1人が遠くから見ていた。





 放課後。


 部活関係の用事があったマリードはたまたま村上と廊下で遭遇、行き先が同じなので共に行くことにした。


「村上くんは空手部のエースでもあるんだな」

「はい。ですが届きませんね⋯⋯」

「目標がいるのか?」

「はい。分野は違いますけど」


 村上はその人物の姿がないことを確認し、照れ気味に小声で名前を言う。


「廻郷さんです」

「⋯⋯」


 村上は堅期マリードの反応を見て確信する。多くの人たちとは異なる彼女の見方をしている、と。


「本人がいないところでこの話はアレですが。彼女、昔は本当に素敵な人間関係を築いてました。勉強は苦手だけどずば抜けて強い、みんなの憧れでした」


 マリードは彼女の過去の知識など不要と思い、別の有益な情報を探ろうとしていたが


「村上くんは、幼馴染なのか?」


 自然と口から出た言葉は、その話の続きを聞くためのふりだった。


 村上は申し訳なさそうな顔をみせたが、すぐに感謝を述べ話を続けた。


「僕は中学から一緒です。と言っても僕自身かなり荒れていたため⋯⋯その頃は一度くらいしか会話を交わしてません」


 村上は自身の黒歴史と言える話を、簡潔にサラリと話す。


「僕たちがカツアゲと暴力の吐口にといろんな方にひどいことをしていた頃。彼女はクラスメイトを守るためたった1人で全てを薙ぎ払った⋯⋯そんな話です。まぁ、それほど勇敢で優しい人⋯⋯です」


 話が逸れたと笑いながら村上は本題に戻る。


「廻郷さんは皆さんに頼られる側の人でした。だから、他の人に頼ることが困難だったのでしょう。仲のいい2人の友人以外に弱みは見せませんでした。しかしその友人が豹変したのです」


 村上の話す2人はカレッドとグラシュであり、豹変は前世を思い出しことを指すことをマリードは理解した。決して口にはしないが。


「豹変した彼らの世界には長く支えてきた廻郷さんの居場所すらありませんでした。彼女には、頼れる存在がなくなったのです。助けても言えない彼女は、たぶん全てに何も求めない生き方を選んだんです」


 誰かの悲しい話など、今まで散々聞いてきた。そして漬け込み利用してきた。同情なんてできないマリードに、“海色”を見た時感じた痛みが走る。


 その表情を見た村上は、再び軽く謝罪をして締めの言葉を紡ぐ。


「あの日真の強さを見せてくれた彼女に言葉を届けたいのです。しかしただ言うだけではダメなのです。あの時の彼女の強さがきちんと形となってからこそ伝わる気がします。だから目標にしてます。彼女の力に届くまで精進するのです」


 メガネ越しに見える彼の瞳はとても真っ直ぐで揺るぎないものである。


(⋯⋯)


 マリードは自身の内側から無限に何かが溢れている感覚を感じた。


 王の駒である自分には不必要なものだとわかっている。それでもこの高鳴りを手放すわけにはいかないと判断した。


「⋯⋯届くといいな、お互い」


 なんとなく浮かんできた言葉を口にする。受け取った村上は嬉しそうに微笑んだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る