第2話 ヒトリ
新年度の始まり。
私立トドロキ高校はクラス別で専攻や学習が異なるため、クラスメイトの変動は少ない。生徒たちはいつもと変わらぬ様子で各々の新たな教室へと身を運んだ。
普通科の『前世から恋人』と周囲に言いふらすカップルも、剣道の才がずば抜けた美しすぎる11組の嫌われ者も、一学年の時は騒がれたが今は目立つことはない。
風成は今まで通り、盛り上がるクラスメイトの視界に入らない端っこの席で窓から見える街一帯のその先、海を見ていた。美しい眺めは風成にとって好ましいものだ。落ち着いて日を過ごせる。誰かの悪意さえ感じなければそれでいい。海色が話しかけてくることもない。
ホームルームのチャイムが鳴る。それぞれのクラスの担任教師たちが声をかけながら教室に入っていく。
しかしいつもはどの教師よりも早く来るはずの11組の担任の姿が見られない。
「おいおい、アツイ先生新年度早々やらかしかぁ?」
「離任式とかなかったしね、どうなったんだろう」
ざわざわし出すクラスメイトたち。風成も少しだけ気になる。
すると廊下側の生徒たちが
「え、あれマジで?」
「高っっ!」
「モデル?」
「髪すげー」
「イケメン⋯⋯」
と口々に言葉をこぼす。
クラスメイトの1人があることに気づいたようだ。
「なんか一個多いと思ってたんだよな、座席⋯⋯え? 来るかんじこれ」
話題はこの空席に座るであろう人物のことで盛り上がる。廊下側の生徒は先に答えを知っており、特に女子は興奮気味に周囲の席の生徒に告げる。
教室に見慣れた担任と同じ制服を身につけた背の高い金髪の少年が入る。
黄色と驚きが混じった声が溢れかえった。
「こらこら、お前たち静かにしなさい! まぁ、仲間を歓迎するムードとしては満点だが!」
風成は入ってきた人物を見て眉をよせた。
「君、どーんと自己紹介しなさい!」
「はい」
その大人びたトーンの返事にまたざわつき始めるクラスメイト。
(⋯⋯無知って平和だな)
風成は呆れ、外を見る。あの日自身を殺そうとした男に興味はない。ただ、名前だけは聞いておこうと耳を澄ます。
(どうせあいつらのように無下にする名前だ。嫌味にそっちだけ覚えておこう)
黒板には会橋堅期と書かれている。
「皆さん初めまして。スポーツ専攻・剣道の
はっきりと伝わるその魅力的な声でさらに盛り上がるクラス内。
「彼は──」
自身の設定を語る担任の男や多くの視線より先に彼の目には端っこの1人が濃く映っていた。
・
空き時間。
彼は“王”から授かった任務を遂行するために練った設定を守りながらクラスに溶け込んでいく。
話しは11組の人間関係に変わっていた。
スポーツ・芸能専攻のクラスということもあり、皆個性的ながらもそれを認め合う温和さを持っていた。
そうだからこそより一層、誰も近づかない教室の端っこに疑問が募る。
盛り上がる中、マリードは側にいるリーダーポジションの男子にヒソヒソと話しかけた。
「なぁ、純平。あそこは⋯⋯」
純平は首を横に振って答える。
「やめとけ。アレは完全な別生物。奇行ばかりする奴だし。竹刀持ってうろついて森に入ったり、先月はボロボロのまま公園のベンチに寝てたってよ」
風成の印象は最悪であるようだと認知する。彼女に関するデータの一つとして得た情報であるとともに、マリードの内心はどこかざわめいていた。
午前中で学校は終わり、一同は放課後の時間を楽しもうと色々話し合っていた。
「堅期くんは施設のお手伝いするんだよね?」
「あぁ。付き合い悪くてすまない」
「いいんだよ! 偉いなぁほんと」
放課後も人が絶えないマリードは、その背の高さを生かし風成の行動を見る。彼女は古びた本を読み、人だかりがなくなることを待ってる様子だった。
設定のズレを起こさないように仕方なく彼は校内を離れた。入室の一瞬以外、彼女が自身に目線を送ることはなかった。
・
風成は深いため息をついた。
「殺せなかったからってストーカーすることあるのか?」
目の前にはラフな服装のマリードがいた。
「私が気づかないとでも? 常に感じる気持ち悪りぃその気配」
「王の命令だ。お前の観察を」
「本当にそれだけか?」
「何が言いたい」
「めんどくさいことは嫌なんだ。騒ぎを起こすなよ? 私を殺すにしてもな。まぁそうやすやすと
「任務外のことをする必要性はない」
「それだ」
風成は背を向けて言う。
「今日みたいに無難に過ごせ。見るくらいなら許してやる。変に何かをするな」
「お前の命令に従う義務は──」
「⋯⋯“声”が。声が聞こえるんだ。海の音。私が今ここにいる理由もなんとなくわかる。あの日私は“声”に委ねた」
「⋯⋯」
「止むことはない“声”。いつでもそちらにいくことはできるぞ」
「⋯⋯」
「それだけだ」
(この“声”が役に立つのは初めてだな)
風成はその場を去ろうとした時。
「やはり、密会してたな」
「あなたが望んだことなのに。当てつけにこれはひどいわね」
そこには心底軽蔑するものを見る目のカレッドとグラシュがいた。
「孤独を望むくせに結局は自分本位で人に迷惑かけまくる」
「命乞いでもしたの?」
「強さにこだわるくせにやることは雑魚だな」
「変にちょっと戦えるからめんどくさいわ」
口々に風成に辛辣な言葉をかける2人。
その敵意を感じ本能的に向き合う風成。そして意識を研ぎ澄まして気づく。マリードも戦闘準備万端だ。
「⋯⋯おいお前。」
「“王”のため防げる死因はなるべく排除を」
「⋯⋯ふんっ!」
風成はマリードの鳩尾に拳を打ち込む。平均より遥かに上の筋力をもつ一撃にその大きな体は縮む。
その光景にカレッドは警戒をさらに強める。
「こいつ! 都合が悪くなったからって! このばい──」
「黙れ」
風成は思いっきり彼の胸に足を踏み込みそのまま蹴飛ばす。
「あぁ! カレッド!」
慌てて側に駆けつけるグラシュ。
「何を⋯⋯!」
「面倒ごとが起きる前の処理」
風成は下を向きながら冷めた声で言う。
「騒ぎ立てるな。厄介ごとを増やすな。私に触れるな。“
それに対してグラシュが声を荒げ反論する。
「それはあなたがよりめんどくさいことにしてるんじゃない! そうよ! あなたさえ私たちと出会わなければ──」
風成はその言葉を全て聴いてしまう前に、うずくまるマリードを引きずり人通りが多い道の方へ向かった。
街中にある広めの公園のベンチに向けてマリードを投げる。
ちょうど公園にクラスメイトの女子数人が訪れた。
「あれ? 堅期くんじゃない?」
彼女たちは一斉に彼に駆け寄る。口々に声をかけられるマリードは、やっと少し顔を上げることができた。
女子たちの輪の隙間に見える小柄な黒髪の少女。その影はやがて静かな住宅街に姿を消していった。
その後ろ姿を追おうとしたが痛みが勝り手を伸ばすことすら叶わなかった。
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