【2】合縁奇縁
動き出す運命
第1話 サイカイ
この街には有名な女子高生がいる。一目見れば皆わかる。太ももまで伸びる美しい黒髪、肌身離さず所持している竹刀、同年代より少し小柄の背丈、何より美の体現と言ってもなんの差支えない顔立ち。
街に住む者は彼女を見かけると──容赦のない悪意を持って避ける。
孤独を良しとし、自身に関わろうとする人たちの好意を簡単に踏み躙る。協調性など微塵もない。そんな彼女の性格を知る人々は誰も近づこうとはしなかった。
冬も終わりに近づき変わる環境に向け多くの人で賑わう街中。その中を、他者を気遣うことなく突き抜けていく彼女がいた。
目立ちながらも誰も彼女を仲間として絶対に認識しない現状。それは風成にとってとても好都合だった。
見渡す限り人がいない街外れの森中。彼女は木を背にして立ち止まり、振り返る。
彼女の目線にゆっくりとその姿を写す大きな獣型の異形。
見た目とは反して素早い動きで、見た目以上の剛力を誇るソレ──“魔獣”の攻撃を風成はひらりひらりと避ける。ずば抜けた身体能力を生かし木を飛び移り高く登ると、“魔獣”に向けてその小柄な体からとは思えないほどの強力な“突き”を竹刀から繰り出した。その強さは“魔獣”特有の肉体構造なら簡単に突き抜けることができるほど。
煙と共に消え去った魔獣を見向きもせず、風成はあたりを警戒し現状把握を行なった。
(⋯⋯やはり気のせいではないな。雑音と火の匂い)
概ね誰かは見当がつく。その人物に対してはなんの好印象もなく、むしろ嫌悪と軽蔑を抱いている。それでも彼女は聴覚と嗅覚を用いてその場所に近づく。
理由は二つ。一つは彼らに『多くありふれた弱者の1人』と判断されたこと。特殊な異能力を持つ彼ら──“魔法使い”は自らを人より進化した高次の存在と定義している。
“人間”であるというだけで自分達より劣っていると決めつける思考。風成にとってとても不快である。彼らの目の前で彼らを凌駕する力を見せつけて、その判断が愚かな誤りであることを認めさせたいという考えがあった。
もう一つ。それは人格や関係性が全て変わってしまっても。もう何も繋がりがないと、互いに断ち切ってしまったとしても。
(あの身体は私の大好きだった、大切だった──)
風成の視界に映る3人。うち2人は予想通りの者たち。もう1人は初めて見る男。
駆けてきた勢いを足の踏ん張りで止める。大きな音を立てたため3人は彼女の存在に気づいた。
茶髪が特徴的な爽やかな男子高生⋯⋯魔法使い:カレッド。お淑やかで上品な女子高生⋯⋯魔法使い:グラシュ。そして2人と対峙している、高身長で冷たい目をしながらも綺麗な顔立ちをしている男。
ほんの一瞬、彼らは突如現れた乱入者のために動きを止めたが何事もなかったかのように動き出した。
高身長の男は、炎を纏いながら戦うカレッドに明らかに手持ちとは思えない量の様々な武器を次々に繰り出しながら応戦していた。片方は軽度の火傷を、片方は軽度の切り傷を少しずつつけながら動きを止めない。
風成はカレッドと対峙している人物が魔法使いであるということを理解した。おおかた、“王”がグラシュを手に入れるために派遣した使いだろう。
彼らが音をあげるまで見ておこうと彼女が傍観者に徹し始めたところ、剣が自身の方へ飛んできた。風成はすぐさま回避する。もちろんそれで終わるはずもなく複数の武器が次々に彼女を貫かんと迫ってくる。
(この程度で⋯⋯しかしながら私の方にも気をすこーし削りながらも、カレッドを攻める勢いはあまり落ちてはいない⋯⋯なかなかだなあの男)
一方、カレッドの回復を支援していたグラシュは、風成をどうにかこの状況で利用できないかと考え始めていた。
(カレッドがこの戦いから離脱できるには⋯⋯あの子を身代わりにして⋯⋯そのために、誤魔化しを⋯⋯)
そしてひらめいた彼女は早速行動に出る。
突如周囲に地を這いつくばるような生え方をする木々が猛スピードで辺りを埋め尽くす。まるでカレッドだけをこの場から離脱させるように。
木の組織を再生し伸ばす⋯⋯3人はこの力がグラシュのものだと分かった。
体の傷こそかすり傷程度のカレッドだったが、体力的に疲労が出始めていたので離脱の機会が訪れたことを良しとした。グラシュの考えがなんとなく分かったのだ。
風成ならば自分たちが街に出るまでの時間稼ぎにはなる。目立った“行動”をしないように言われている彼らは、街に出た自分たちを魔法で狙おうとまではしない。彼女の性格柄、自分たちを追おうとする
カレッドは木々にそれぞれ自分の能力の火をつけ、炎と煙で多くの感覚を妨害した。そしてグラシュの手を握るとそそくさと人混みの街を目指し駆けていった。
「ゴホッ⋯⋯! あんのヤロウ!!!」
「⋯⋯」
風成は少し煙が弱まったところで男がカレッドたちを追おうとしている仕草を視界に捉えた。
彼の背後を並の人間離れしたスピードで、竹刀を握り締めながら迫る。
「無視してんじゃねーよ、“魔法使い”」
「⋯⋯」
魔法使いの男はまたどこからか剣を取り出し風成の竹刀に応戦した。
「⋯⋯処理優先度変更。“王”よ、我が力不足をお許しください」
「あんた、結構いい声だな。逆にイライラするぜ」
技術面では圧倒的に風成が有利だ。しかし男は様々な武器を何もない空間から作り出しては放ってくる。
風成の不規則な武器への対応、身のこなし、カレッドをはるかに上回る体力。
彼女のしぶとさを悟った男は次の策にでる。
風成は、突然自由が効かなくなったことに気づいた。足元を見るといつのまにか鎖が巻かれており、男の手元まで伸びている。体力消費のため警戒心が疎かになってたと風成は悔やんだ。
痛みを覚悟する。
彼女は振り回されて、 近くの木に勢いよく激突した。
「ぐっ⋯⋯」
風成は消えゆく意識の中、海色に包まれる景色を見た。
・
男は彼女にトドメを刺そうと剣を作り放とうとする⋯⋯が、なぜか自身の能力が発動しない異常に気がつく。数回発動を試みても何も起きない。
作り出していた他の剣は時間で崩れ去っている。
それならばと女の元に近づき、その首を折り締めることで戦いを終えようと手を伸ばした。
男の腕を女の手が強く掴む。姿を見ると、異様な変化をしていることに気づいた。
真っ白な死人のような色の肌。生気を感じさせない肉体、海を連想させる色の髪と瞳。
「──!」
男と目を合わせたソレはニタリと笑い、人が出すにはありえない腕だけの力で男を投げ飛ばした。その勢いは衝突した木が折れるほど。
「ぐっ⋯⋯! ゴボッ⋯⋯」
男は初めて痛いと思った。
無論、肉体的なものではない。確かに今世では味わったことのない外的損傷だが前世ではこの程度の攻撃は幾多とも経験しているし、耐えきれる。
男の痛みは、内側からくるものである。
“王”の命令とそれをこなすための策以外の、具体性のない考えが頭を駆け巡り痛い。目に映る光景のせいで痛い。その笑い声のせいで耳が痛い。何か言いたげな口を噛み締めて痛い。相対しているこの空気が肌に刺さり痛い。──心臓周辺が、強く抉れるように痛い。
集中力が、呼吸が、動きが乱れていく。
そんな彼のそばにいつの間にか立っている笑顔の彼女は、彼を片手でまた投げ飛ばす。
まともに動けそうになって見上げると、視界に海色の女が映り、また痛みで何もできなくなったとたん投げ飛ばされる。
苦しむ彼を彼女はとても嬉しそうにケラケラと笑いながら眺めている。
まるで何も知らぬ赤子がその残虐性に任せたまま、玩具を破壊して遊ぶかのように。
海のように美しい女は荒々しい波のような加虐性を秘めながら男を蹂躙していたが突然動きを止めた。
「──飽きましたね。竹刀どちらに放ってしまいましたか」
竹刀を探しにオンナは離れていく。男がこの短時間で、自分から逃げることなどできないと知ってる故の行動。
「あー! ありましたわ。しかし困りましたね。これでは不完全です⋯⋯我ながらせっかちですねぇ。力を貸すことになりますが⋯⋯不本意ですので、わたしよ。そこはご理解くださいな」
オンナはふと
「残りの力を逃げることにも使わず、諦めから力なく地に伏すわけでもなく。なぜ、貴方は立ち上がっているのです? 何か策があるのでしょうか。先に言っておきます。人間が持ちうる小細工は全て効きません」
「⋯⋯」
「フフフ、涙を流しているではありませんか。そうですね、きっかけをくださったのは貴方。大失敗作が今になり貢献することもあるのですね。ならば一つの礼くらいでは足りない。どうです?
「⋯⋯ッ」
男は、己の顔に手を伸ばす小柄な彼女に合わせ屈み⋯⋯その身を確かに、優しくも強い力で抱きしめた。
「──⁉︎ 何をしているのです! 無礼千万でしょう!」
動きを封じられるとは思わなかった美しい海色は、声を荒げる。
「離しなさい!」
「──ない。離さない⋯⋯」
「そんな延命など」
「⋯⋯おまえ、また⋯⋯」
男は、体も声も震えていた。風成が目撃したときの無機質さが薄れている。
行動した当の本人も訳がわからなかった。内側からくる痛みも、己の言動も。──記憶の底、何もかも霞みがかった向こうで泣く、誰かの姿も。
人の温もりが男の意識を現状に引き戻す。男は抱きしめた女を見る。そこには綺麗な黒髪ときめ細かな肌色、そして目を瞑った乙女がいた。
力なく足から崩れ落ちる彼女の体を、男は支える。
「⋯⋯」
命令どころではない。任務を執行する意識や力はとうに失せた。
自身も満足ではない体と体力だが、無理して彼女を運び出す。そこには何の考えもない。体が勝手に動いていた。もちろん彼女が愛用する竹刀も忘れず持ち、森を抜けてすぐの公園に彼女を座らせた。竹刀は取られないように力のない彼女の手に握らせて。
少し彼女を見つめたのち、彼はその場を後にした。
男は携帯を手に取り連絡の許可のメールを送る。すぐさま通話がかかってきたのでそれに応える。
「報告は見ました。君がしくじるとは」
「申し訳ありません、我が王。私ができる償いがあればなんなりと」
「あぁ。我が直属ながらこの失態。どう落とし前をつけさせよう──などと考えていたのですが、その“女”に関することが事実なら全て許します」
「寛大なる慈悲、感謝いたします」
「海色⋯⋯あの伝説の存在が本当だとするならば、我らの理想の先に更なる発展も考えられる。君に次の任務を与えます」
「はっ」
「使いを送ります。彼らと共にこの女のことを調べなさい。そして、監視もとい観察を使いと一体化して行うのです。なるべく年齢層が近い者を彼女に接近させるといいでしょう。君でも構わないです」
「はっ」
「その間君たちは“グラシュ奪還任務”は関与しなくて大丈夫。その子のことにだけ気を使いなさい」
通話の相手は、念を込めるかのように彼に告げる。
「こちらとしてはかなりの痛手なのです。貴方は我が直属⋯⋯“力”を任された《三柱》の1人。代理人は立てますが貴方ほどの魔法使いはそういないのです。今後は気をつけなさい。我らが“魔法使い”の栄光のため尽力しなさい。マリード・ルロー」
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