第8話 残るもの②

 目先で燃え尽きる化け物。呆然と見つめていた風成だが、ふと我に帰る。この火柱の勢いであれば間違いなく近くにいる2人にも被害が及ぶ。


(化け物が自爆でもしたのか?)

「麗奈! 最実仁!」


 駆けつけた直後化け物ごと炎は消えた。かわりに深い口づけを交わす2人の姿が映る。


 風成は寒気を感じながら2人に声をかける。


「ぶ、無事だったか」


 その声かけは2人の耳に届いていない。


 麗奈と最実仁はお互いの身を確かに確認し、再度強く抱擁した。


「会えた⋯⋯! 会っていた! グラシュ!」

「うう、よかった、よかったわ! カレッド!」


 かつて味わった様々な負の感情が風成の身体中を駆け巡る。ほとんど察しながらも微かな願望を込めて彼女は怒鳴った。


「おい! お前らは⋯⋯!」


 ハッと2人は風成の方を見る。ポツンと立つ彼女に対し驚きの表情を浮かべた。


「“魔獣”倒したんだ。一般人なのにすげぇな」

「でも、“魔獣”は王と情報共有しているわ。私達だけじゃない。も狙われるわね」

「はぁ。一般人を早々に巻き込むとか勘弁してくれよ」


 風成が大好きな2人とは明らかに違う。話す言葉も意味がわからない。


(兄さんの時と⋯⋯同じなのか?)


 風成は声を震わせながら尋ねた。


「お前ら、なにを言ってるんだ?」


 最実仁だった人が返答をする。


「うーん、どうせなら話すか。王に嘘を吐かれてあっちに引き込まれても迷惑だし」


 そんな彼の腕に絡みつくようにくっつく、麗奈だった人が続けて言う。


「私はグラシュ。この人はカレッド。私たちはおおよそ700年前、王の⋯⋯あいつのもと深海で暮らしていた“魔法使い”よ」





 1290年代後半。各地で不思議な力を扱える人々が生まれた。彼らは“魔法使い”と言われ恐れられた。それから十数年、飢餓や病が流行りだし人の世は荒れ始めた。この現状を見て地上に見切りをつけた強力な魔法使いである“王”は、数千人の魔法使い達とその倍の人間を連れて、深海に国を築き上げた。


 しかし完成したのは『王たちのための楽園』。王やその側近の気を少しでも損ねる者は誰もが理不尽に処されていく。


 魔法を使えない人間はおろか、地方の魔法使い達も彼らを恐れる日々を送っていた。


 グラシュとカレッドも地方で生まれた。幼馴染の2人はとても仲良く過ごしていた。カレッドのカリスマ性、逆境に負けない強さ。グラシュの優しさ、包容力。輝く2人は、周囲の魔法使いから『もしかしたら現状打破してくれる存在なのでは』と希望の目で見られていた。


 とくにグラシュは初めてとされる“再生魔法”の使い手だ。彼らの両親は王にその魔力が見つかったら、2人の人生が滅茶苦茶になると判断し、隠し続けた。


 しかし、17歳の彼女は信用できると判断した数名に、特異な魔法と自身と恋人の潜在魔力の高さを明かしてしまった。


 その中の1人が、出世を目的に密告した。王はグラシュを知った。理想論としていた可能性に現実性が帯びる。


『この再生魔法を永遠のものにできれば、私たちは更なる発展と成長を遂げよう』


 つまりは、グラシュを実験体ぎせいにすることにより、王は“永遠”に至ろうと考えたのだ。


 幼馴染であり恋人であったカレッドは猛反発した。


 その結果、2人の地方は理不尽な暴力により破壊された。グラシュは王の元に強引に連れ去られた。





 カレッドは当時の悔しさをそのまま滲み出しながら語った。


「俺は不満を募らせた人々を集め反乱を起こした。だが、王との一騎打ちでグラシュこいつは⋯⋯。そこから俺も覚えていない。どちらにしろ死んだようだ」


 カレッドは強くグラシュを抱き寄せる。


「今世こそ守りきる。どんなことからも、絶対⋯⋯もう2度と、失うものか」

「カレッド⋯⋯私も。もう無力のままではいないわ。今世の全てを使ってでもずっと一緒よ」


 2人はしばらく身を寄せ合った。その後、忘れていたと言わんばかりの仕草をし、風成の方を向いた。


「お前、俺たちの邪魔だけにはなるなよ? 人質とかにされたら面倒だし、一応守ってやるけどさ」

「先ほどしたような軽率な行動は慎んで。魔法使いとあなた達人間は天と地ほどの実力差があるの」


 この2人のなかに“親友・風成”はいなかった。互いを一度失った恐怖からたった2人の世界が確立されていた。


 風成はそれに気づいた。麗奈と最実仁は消えてかわりに“魔法使い”に──他人に変わったのだ。


「⋯⋯もういいや」


 風成の口から諦めがこぼれる。


「お前らは2人でヨシヨシしてろ。私はお前らの邪魔にはならないようにしてやるさ。なんなら手に入れた情報とか渡そうか? そんなんでいいだろ」


 2人はため息をついて再度注意を促す。


「あのな? 魔法使いでもないお前にはそんなこと──」

「失せろ! 私になにも干渉するな! 守る? 私は強い! 力添えなどいらない! お前らはお前らだけで頑張ってろ!」


 風成は勢いよく飛び出し2人がいる場から離れた。


「⋯⋯めんどくさい子ね」


 大切な人の声色で耳障りな言葉が後ろから聞こえる。彼女は無我夢中で2人が見えなくなるまで走り続けた。


「はぁ、はぁ」


 誰もいない静かな道端。アスファルトから飛びでた雑草が夕風に揺れてざわめく。


『もう、いいのではないでしょうか?』


 “声”が聞こえる。負の感情が渦巻いた時に語りかけてくる声。


『もうわかったでしょう? 大切に思う義理なんてないのです、この世界全てに』

「⋯⋯あぁ。繋がりなんて、縁なんてない」

『嫌な世界ですね、そんなの』

「⋯⋯」

『うふふ、とっておきの方法がありますよ。全て壊して作り変えればいいのです! あなた──いえ、私たちにはその力があります。さぁ、こちらにいらっしゃい』


 風成は全てどうでもよくなった。この悪意を拒み続ける意味も見出せなくなった。楽になりたい。


 暗闇に手を伸ばそうとした。





 声が聴こえる。


「また明日⋯⋯!」


 風成は目を見開く。


「だめだ! お前とまだ出会ってない! 果たしてない!」


 誰かの影がぼんやりと目に浮かぶ。


「お前は裏切らないんだ! お前だけは! だから私は! きちんと果たさねばならない! 強くなって! お前と⋯⋯!」


──会わなければならない。


 気づけばあたりは黒を帯びていた。見上げた空にひとつ、強くキラキラした星があった。


「強くならねば。何もないこの世で何よりも強くあらねば。そうでもしないとお前と並べない。つり合わない」





 風成は両親以外の全ての人と距離をおいた。少し悪態をつけばみんなすぐさま離れていく。


「脆い、所詮そんなものなんだ」


 昔あれほど恐れていた孤独がとても心地よかった。人との繋がりなんて“無価値”と知ったからこそだろう。


 周りからの評判も落ちて悪意や敵意を向けられやすくなったため、“声”と隣り合わせの日々となってしまった。


 しかし決してその声になびく事はなかった。


 たった一つのすがりさき。たった一つの生きる価値。


「あぁ、早く会いたい。“明日”きてくれよ⋯⋯」


 少女はその輝きだけを頼りに歩んでいく。自身にふりかかる荒波に耐えながら。

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