第7話 残るもの①

 その日以来、3人はとても仲良くなった。調べごとをしてその場所に行くことが日常になっていた。時には管理人の許可がいる場所もあったため、彼女らの社交性にも良い影響が出た。


 風成は2人の影響もあり、他者に対する恐怖を克服した。


 どんな態度を取られても穏やかに対応していくさまを見て、街の人たちもこれまでの接し方を見直す人たちが増えていった。


 そして多くの春を迎え、ついには『気味の悪い海の子』のうわさは街から影を薄めた。







 風成たちは中学3年生に進級した。この3人は校内でとても人気があった。


 風成は絶世の美少女でありながら、勇ましさと全国でトップの剣道の腕前を持つこと、しかし国語以外の勉学が苦手という親しみやすさから男女問わずよく声をかけられた。


 麗奈は運動が苦手ではあるが、それ以外はこれといった欠点のない、理想の女性像として憧れの存在になった。


 最実仁はその積極性やカリスマ性、協調性、寛大な心からみんなの頼れる兄貴肌、リーダー的存在となった。


 3人の仲はとても良く、時間さえ合えばいつでも遊んだ。


 そんな彼らの悩みは進学についてだった。できれば同じ高校に行きたいと願っている。


 3人が目をつけたのは私立トドロキ高校。ここは各分野で科が分かれているマンモス高だ。


 風成は芸能・スポーツ科を、麗奈は超特進科を、最実仁は普通科を狙っていた。


 確実に合格できるように、麗奈は2人の勉強を応援した。


「ふうちゃんは国語全般すごいから、他を頑張って。ほら、ここの公式は覚えてね!」

「あー! なんでこの世には数字が蔓延ってんだ! 動くなよ点P!」

「最実仁くんは基礎を固めましょう。少しおさえたくらいでいきなり応用にチャレンジするから、勉強が嫌になるの」

「名前書いただけで受からねーかな」


 文句を垂れ流してはいるものの、風成にとってこの時間はとても大切なものである。


(幸せだ。本当にありがとう)


 いつかこの感謝を形にして伝えたいと思った。




 夏も終わりをむかえるころ、彼女らは人気のない道を歩いていた。


 今日は剣道の大会だった。風成は小学生の時から続いていた『大会連勝記録』をまたもや更新した。他との実力差は明らかだ。


 中学最後の大会ということもあり麗奈と最実仁も応援に来てくれた。風成は顧問に竹刀以外の重い荷物を預けると、電車賃を持ち彼らの元へ駆けつけた。


 最実仁が風成に尋ねる。


「竹刀持とうか?」

「いい。これ、持ってた方が落ち着くからな」

「おう。さて、帰ろうか!」


 3人は赤い空の下を歩いていく。少し薄暗くひんやりとしているが、それは気にもとめずわちゃわちゃ会話しながら歩いていた。


 すると背後から明らかに不自然な黒い影が伸びてきた。


「⋯⋯!」


 いち早く気づいた風成は麗奈と最実仁をつれ、道の端っこに引っ張った。


「ふうちゃん?」

「どうした風成?」


 キョトンとしている2人をよそに、風成は震えていた。疑問に思った2人はその目線の先をみる。刹那、2人の柔らかい表情は一気に凍りついた。


 風成は怯えながら言葉をはいた。


「ば、化け物⋯⋯」


 そこには三メートルほどのライオンのような黒い化け物。ぎょろりと覗かせる眼球は一つ。鋭い牙と爪が光っている。


 化け物は話しだした。


『カレッド、グラシュを渡せ』


 風成は化け物がなにを要求しているのか理解できなかった。しかし、化け物が放つ気配は知っている。かつて従兄だった者に向けられた感情──殺意。


(守らないと)


 風成は竹刀を取り出し、構えた。


「う、うぉおおおお!」


 怪物は風成に向かって虫払いするような攻撃をする。風成はそれをよけて、腹の下に潜り込み、思いっきり突きあげた。


 その感触はまるで実感がなく、見た目よりも軽々と持ち上げられたことを不気味に思った。


(なにこれ⋯⋯)


 少し嗚咽をもらす。


(だが、倒せたか⋯⋯?)


 吹き飛ばした化け物の方を見る風成。その耳に麗奈の悲鳴と最実仁の叫びが入る。


「きゃぁぁぁあ!」

「風成! うしろ!」


「⋯⋯え?」


 そこには似た化け物がもう1匹。思いっきり前足で吹き飛ばされてしまう。


 うまく反射できず自身が地面にぶつかる鈍い音が聞こえた。朦朧とする視界。口に広がる鉄の味。


(なにが起きた⋯⋯?)


 ゆっくり理解する。


(あ、2匹いたんだ)


 1匹は自分のところに、もう1匹は起き上がり大切な人たちの前に。


『カレッド、見つけたぞ。グラシュを渡せ』


「あ⋯⋯あ⋯⋯うっ⋯⋯うっ⋯⋯」


 怯え、泣く麗奈。


「風成ぁ! う、ううう!!」


 青ざめ、歯ぎしりをする最実仁。


 薄れていく意識の中、風成は必死に言葉を紡ぐ。


「逃げ、ろ。麗奈、最実仁」


 ただ、それだけを祈り、重いまぶたを閉じる。感覚が消えていく中、麗奈の叫び声が聞こえた。


「いや! 生きて! 生きてぇー!」


 麗奈から眩しい光が放たれた。化け物たちは動きを止める。


 風成が負った傷が癒える。感覚も戻っていき、力も溢れ出てくる。


「こ、これは⋯⋯?」

『ぐっ! この力! 目覚めたか、グラシュ!』


 化け物が動きを止めた隙を見て、風成は再び動く。


(倒す!)


 そう意気込むと、さらに力があふれてきた。


 飛躍し、化け物の遥か頭上に到達する。


「──オラァ!」


 風成は思いっきり相手の一つ目にめがけて渾身の付きを放った。


 グシャっと気持ちの悪い音と不快な感覚が伝わる。化け物からは黒い霧のようなものが溢れ出た。


『その力、その髪、その目、その肌。何者⋯⋯』


 化け物はそういうと全身黒い霧になって消えていった。


「やった、のか?」


 風成は一息ついた。そしてすぐ振り返る。


「麗奈! 最実仁!」

『ぐぁぁぁあ!』


 耳に入る化け物の叫び。目に映ったのは、空高くまで届く巨大な火柱だった。

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