第6話 断片
強くなりたい。風成はその想いを胸に日々を送った。自分のそばにいた“強い人”──かつての乃琉のようにと。
剣道にひたすらのめり込んだ。自分を大切にしてくれる家族や友の支えになるようにと強気にふるまった。
「よう、麗奈! 今日はなにして遊ぼうか!」
「風成ちゃん、なんかとてもかっこよくなったよね⋯⋯お外遊びの方が好きかしら?」
「いや、麗奈と遊ぶことが楽しいからさ。また図書館で本を読むか?」
「うん! また妖怪のお話たくさん見ましょう」
運動が嫌いな彼女を気遣ううちに図書館で多くの本を読むことが好きになった。色々な困難やそれを乗り越える登場人物の存在をよく己に重ねていた。
時間を潰したあとはいつもの剣道道場。剣道大会が近づいていたこともあって、より一層気合を入れていた風成に最悪の情報が伝わった。師範がとても悔しそうな顔で道場の生徒に告げる。
「大会までは開きます。しかし、安倶水道場の系列がここのような支部も含め解体することになりました」
ざわつく道場。当然風成も納得しなかった。しかし『経営本部』の決定は覆しようのないもので、仲間たちは次々に別の道場へ行ってしまった。
その年、風成は初めて大会で一位に入賞した。自身が強くなっている実感を噛み締める反面、道場のことが頭によぎって心から喜ぶことができなかった。
『ウフフ、ウフフフフフ』
聞こえてくる“声”。自身に訪れる不幸を笑っている気がした。
・
風成は小学四年生になった。桜が新学期の訪れを告げている。
風成と麗奈は再び同じクラスになれたことを喜んだ。麗奈はこっそり風成に特別な情報を教えた。
「あのね、近所に新しい方々がいらっしゃったの! 遠くから見ただけだからはっきりとわからなかったのだけど、同じくらいの子もいたわ。もしかして転入生が来るかもしれないわ」
新しい教室に来ると、たしかに一人分多く机が出されていた。
新しいクラスメイト達も察していて、転入生の話題で持ちきりになっていた。
チャイムがなると同時に一同は席につく。
先程全校集会で発表された新しい担任と一緒に、凛々しい顔立ちで、茶髪が特徴的な少年が教室に入ってきた。
「えー、新しいお友達を紹介します」
先生は黒板に【栂部 最実仁】と記入した。それを確認した少年は元気な声で、少し頬を赤らめながら自己紹介をした。
「初めまして! 僕の名前は
ニカッ、と大きく口を開けて微笑む。
男子達は歓迎の声を上げたが、風成を含めた女子数名は黙り込んでしまった。太陽のように明るい表情はとても魅力的だった。
とても活発で積極的な最実仁はすぐにクラスに溶け込んだ。男女ともに好印象を持たれている。彼と遊びたいとクラス内のグループで言い争いが度々起こるほど、好かれる人間性の持ち主だった。
ある日、彼は読書で時間を潰している風成と麗奈のもとへ来た。
「やぁ、何を読んでるんだ?」
「あ、つかべくん。私たちは“怪奇・伝承”を調べている。そういうものは平気か?」
「おぉ! 興味あるぞ!」
2人はおすすめの本や資料を広げた。風成が該当ページを探し、麗奈が説明する。
「ほほぉ! ここ、そんな伝説があるんだな!」
「えぇ。とくにこの地域は“ハマヒメ伝説”が有名で、“安倶水記”とも関連しているのよねー」
「あー! 俺でも知ってる伝記だ!」
「それとは別にこの街の海辺はとても素敵なの!」
「おお! 案内してくれよ!」
「じゃあ放課後、3人でいきましょ?」
「行こうぜ!」
こうして3人は放課後、海辺に行くことになった。
手を取り合って岩場を降りる。サラサラな浜辺に足を取られないようにゆっくり歩いていく。そうこうするうちに日は真っ赤になって3人を照らしていく。海は少し赤みを帯びて、穏やかに波の音を立てながら輝いていた。
「どうだ? つかべくん」
「おお、すげぇ!」
感嘆の声をこぼす彼。
疲労によって少し遅れをとっている麗奈の元へ風成は駆けつけた。
「麗奈、行けそうか?」
「はぁ、はぁ、ありがとうね」
彼女の手を取り最実仁の方を見る。
潮風になでられて、なびく彼の茶髪。
風成の瞳に違う人物の影がぼんやりと浮かんだ。
ボロボロの着物、自分よりうんと高い背丈、雑に束ねられた長い茶髪──大好きな背中。
(あ、そうだ。“君”だ)
自身の小さな光である“約束”に関する記憶の断片。ほんの少しだけ思い出すことができた。
「⋯⋯ん、風成ちゃん!」
気づくと麗奈と最実仁が心配そうに目の前に立っていた。
「具合悪いのか?」
「風成ちゃん、泣いてるから⋯⋯」
目と頬の違和感。焦って手で拭う。
「あ、あはは、なんでもねーよ! なんで涙なんか出てるんだろうな?」
風成にとって“約束”も大切だ。しかし今目の前にいるのは自分を大切に想ってくれている素敵な人たち。
(泣いてる場合か! 私は強くならないといけねーんだよ!)
風成は不器用に笑って2人の手を取り、帰路を駆けていった。
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