005.食べ放題?
「ごめんねぇ~レミミン、いきなり無茶言っちゃって」
「い、いえっ…………」
あだ名を使い、距離も近く、まさかほんの数分前まで他人だとは思わなかった少女――――本永さん。
彼女は深浦さんに謝りつつも、その長いスプーンを使ってパフェを口に運んで一口ごとにその美味しさを顔で表している。
この数分で俺が彼女に抱いた印象は、感情が忙しい少女だ。
食べている最中も笑顔がベースにあり、そこからコロコロと表情が変わっている。
元の素材のよさもあってか、こういう子が学校では人気が出るんだろうなと確信させる明るさだ。
深浦さんはその大人しさから縁の下の力持ちになるが、彼女はリーダータイプ。全部俺の第一印象でしかないけど。
「それで……本永さん」
「んっ? なぁに。レミミン」
「レミミンはそのっ…………いえ、それで2人で話したいって言ってた件ですが……そのぅ……」
深浦さんは控えめにいいつつもチラチラと俺へと視線を配る。
……なんだ?俺になにか言いたいことでも?
話したいこと…………2人…………あぁ、なるほど。
「俺、ちょっと裏に行ってようか?」
「ん~んっ、大丈夫だよ! 人が多いと恥ずかしいだけで、そんな大した問題じゃないし!」
何ともないように言いつつ、最後の一口を持っていく長浦さん。
すごい……。女の子は一人で食べられるか心配な量だったけどペロリと平らげてしまった。
「そうですか……。では、その中身って……?」
「ん~……ちょっとレミミンに相談っていうか助けてほしいことなんだけど…………。アタシ、シンジョを辞めることになるかも」
「っ――――!?」
軽い口調で出た本永さんの言葉に、深浦さんは思わず息を呑む。
シンジョを…………辞める?
つまりそれって学校を辞めるってことだよな。なにか家庭の事情でもあるのか?
「学校を…………ですか?」
「うんうん。そんな感じそんな感じ!」
「…………」
聞き返した彼女はそれ以上何も言うこと無く視線を泳がせてしまう。
そりゃ驚くよ。いくら知り合ったばかりとはいえ辞めるなんて聞かされちゃ。
俺も何も言えないでいると、本永さんは一人乾いた笑いでごまかしてくる。
「あはは……こういう話だからあんまり人の多いところはヤだったんだよね」
「なぜ……です……?」
「……えっ?」
「なぜ……本永さんが辞めることになるんです……? あなたはクラスの中心で、いつも人を引っ張って……みんなを明るくしてたのに……」
彼女もまだ咀嚼しきれてはいないようで、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべつつもポツリ、ポツリと問いかける。
深浦さんが段々と力が弱まって顔を下げる一方で、本永さんは困ったように笑っていた。
「あはは……話したこと無かったけど、アタシのことそう思ってたんだ」
「当然です。 初めてクラスが一緒になって、これからじゃないですか。 私、友達居ないから嬉しかったんですよ。話しかけられて……」
「レミミン……」
完全に深浦さんの顔が伏せってしまい、本永さんも言葉をなくす。
そうだよな。まだまだ春、新学期がはじまったばかりじゃないか。なのにクラスメイトが辞めるとなると寂しくなるに決まっている。
「……俺からもいいかな、本永さん」
「ん? どったの?」
「最初、辞めるって言ってた時助けてほしいって言ってたんだけど……それってどういう意味?」
「あ、そうそう! ここからが本題でさ! レミミン!」
「えっ…………?」
彼女に呼ばれて深浦さんが顔を上げた瞬間、ガチャン!と大きな音が鳴る。
テーブルが揺れ、パフェグラスとスプーンが、コーヒカップとスプーンが共に当たり衝撃音が鳴り響く。
俺と深浦さんがが同時に驚いてやった視線先には、テーブルに手を付き、額をも勢いよくぶつけた本永さんの姿だった。
「お願いっ! レミミン! アタシに勉強教えてっ!!」
「――――へっ?」
テーブルに頭をついて出た言葉に、彼女は思わず聞き返す。
勉強……勉強…………。あぁ、そういうことか。
「アタシ、1年の頃赤点続きでさっ! なんとか2年には上がったんだけど、次の中間でも赤点が出たら辞めさせられちゃうのっ! だからお願い!助けてっ!!」
…………きっと、彼女は明るさはピカイチだが勉強の方はあまり得意では無いのだろう。
あの学校の偏差値はなかなかのものと聞く。入れたは良いがそこから思うように勉強ができず、危機に陥っているのだ。
「な……なんで……私に……」
「だって、レミミン学年1位じゃん。 ……有名だよ?」
「っ!?」
え、そうなの?
確かに利発的な子だとは思ってたけど、学年トップとは知らなかった。
「どうしてそれを……この学校はランキングもないのに……」
「え~? 先生が口々に話してるもん。 だからお願いっ!この通り!!」
パン!と両手を合わせて頼み込む本永さん。
それを目にした彼女は何度も何度も、迷うように逡巡するも、次第に諦めたように肩を落とし、息を吐いた。
「…………はぁ。 いいですよ」
「いいの!?」
「はい……。 クラスメイトの危機ですものね」
「やったぁ! ありがとう!レミミン!!」
頼み込みの成果が出たようで、了承の言葉を受けた本永さんはテーブルを回り込んで深浦さんの元へ。
そのまま駆け寄って飛び込むように座っている彼女へギュッと抱きついてくる。
「わっ!ちょっと……レミミンというのは…………」
「レッミミ~ン! ありがと~!」
「…………はぁ」
もはや呼び方の訂正を諦めてしまったレミミン。
困ったように本永さんを受け止めているが、その表情はほんのりと口角が上がって嬉しそうだ。
「それじゃあ……勉強する場所も考えなきゃいけませんね」
「ほえ? 普通にガッコじゃだめなの?」
「学校だとつい集中しすぎて時間を忘れるかもしれません。 …………マスター」
「うん?」
少し真剣な表情に戻って口元に手を当てたと思いきや、俺を呼ぶ深浦さん。
あっ、この流れってもしかして……
「マスター、すみませんが少しの間、放課後の勉強にここを使わせてもらって構いませんか? もちろん売り上げにも貢献しますので」
「別に売り上げなんて気にしなくても、ほとんど誰も来ないんだし好きに使って構わないよ」
「……。 ありがとうございます」
やはり、ここを使う流れになったか。
ここまで話を聞いて乗りかかった船だ。俺にもそういう考えは浮かんでたし、ホントに客は来ないからどうということはない。
「えっ、ここ使っていいの!?」
「ちゃんと勉強してくれるならね」
「やったぁ~! パフェ食べ放題だ~!」
こらこら、今日は奢るけど次からはちゃんと払ってよ?
でも、そう喜んでくれると俺も嬉しくなる。
「ありがとねっ! えっと……えっと……」
「俺の名前? 俺は大ま――――」
「マスターです」
「えっ?」
自ら名乗ろうとしたところで、横から入ってくるのは深浦さん。
そんな彼女に目をやると、彼女も俺と目を合わせてニッコリと微笑まれる。
「大――――」
「マスターです」
「お――――」
「マスターです」
…………あ、これダメなやつだ。
「……マスターって呼んで」
「うんっ! ありがと!マスター!」
俺たちのやり取りを一切気にすること無く、輝かしい笑顔を見せてくれる本永さん。
まぁ、こんな可愛い子2人に囲まれて、感謝までされるんだ。
これほどいい笑顔が見れるなら、俺も喫茶店を開業したかいはあったかな。
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