004.快活少女
――――春の陽気が心地よい空気を運び、暇なこの空間に眠気を運ぶ。
差し込む太陽がふわりとした暖かさをもたらし、開けた窓からは鳥の合唱とふわりとした風が入り込む。
道の、奥まったところにあるこの土地。ここの数少ない利点としては、こういう時うるさい音が入ってこないことだろう。
毎日走る車の音や通行人の話し声、更には犬の鳴き声なんてものも一切無く、穏やかな自然の音のみが俺の耳をくすぐる。
こんな心地よい季節に誰も居ない喫茶店。
どうせ客なんて来ないんだし、もはや店を閉めてピクニックなんてのも悪くないだろう。
そうカウンターでウトウトとしながら思いを馳せるも、すぐに今後の予定を思い出し首を振るう。
今日はアルバイトである彼女が来る日なんだ。それなのに店を閉めては混乱させてしまう。
彼女――――深浦さんがこの店で働きだしてから、1週間と少しの時が経った。
最初はいつ辞めるかと、いつ店のものを持ち出されるかとヒヤヒヤしたが、思った以上によく働いてくれる。
相変わらず客は来ないが、週4で働く彼女にとってそれは掃除をするのに良い時間となっていた。
アンティークなものを取り揃えたから、俺が生まれる以上に古い物がいくつもあり、それを一つ一つ、丁寧に掃除してくれているのだ。
さすがは掃除が得意と自称するだけはあるだろう。道具さえ揃えてしまえばプロなんじゃないかと思うほどの腕前。
そして本業も、たった一度ではあるが、物珍しさからなのか客が一組だけ現れた。
散歩ついでに寄ったような老夫婦。まさか来るとは思わなかったから面食らったが、彼女はその丁寧さを接客にも発揮し、俺以上によく働いてくれた。
教える前から教えるものなど何もない。それほどまでに彼女の接客は完璧だった。
今日はそんな彼女がやってくる月曜日。しかし開始の時間までまだ2時間程もある。
これならさっき否定したけど本当にピクニックができるかもしれない。さすがに大掛かりなものはできないから、適当に散歩して公園かどこかでご飯をつまむくらいは。
…………よし、思い立ったが吉日。決まったからには早速準備を始めよう。早くしないと彼女が来てしまう。
いつの間にか眠気がどこかに行ってしまった俺は、立ち上がって閉店の準備を開始する。
鍵を持ち、ガスの元栓を閉め、CLOSEのドアプレートを準備し……これで準備万端だ。じゃあ早速暖かな日だまりをこの身に――――
「すみませ~ん、マスター?」
「――――へっ?」
いざ店を出ようとカウンターを一周したところで、その扉がゆっくりと開いた。
チリンチリンと鈴の音を立てながら顔を出すのは、この1週間で最も見た顔、深浦さん。
彼女は俺のことを呼びながら予定より2時間も早く、この店に姿を現した。
「あ、よかった。 居てくださったんです………ってあれ? そのプレート……どうしたんですか?」
「あー……これは……。 ちょっと俺も整理をしててさ。色々と物動かそうと思ってたところで」
「そうだったんですか。 すみませんお忙しいところ」
「ううん、気にしないで。 いつでもできるし」
ふぅ。なんとかごまかせた。
彼女は責任感が強そうだし、出ていくところなんて知ったらきっと気にしてしまうだろう。
お出かけはまた今度だ。バイトの無い日にしよう。
「それで、時間にはずいぶん早いけどどうしたの? なにか食べてく?」
「いえっ……あっ、はい。 食べていくというのは合ってるんですが……そのぅ…………。 もう来ていいですよ」
「あ、は~いっ!」
「?」
彼女が店の外へ呼びかけると、その声に呼応するように、ソプラノのように透き通る彼女の声とは別にもうひとりの声がした。
元気さの籠もった、ハツラツとした声。
深浦さんに返事をした彼女はタタッ!と小走りで店の入り口をくぐって俺の前にその姿を晒す。
「はじめましてっ! レミミンの紹介で来ましたシンジョ2年、
軽快な足取りでやってきたのは、青みがかった長い髪を一つにまとめ、サイドテールにした少女。
サイドテールにしてもなお、その胸下まで届くほどの長い髪を揺らしてこちらに輝く笑顔を見せつける。
深浦さんとは対称的な彼女は、これまた活発そうな美少女であった――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「深浦さん。 はい、コーヒー」
「あ、ありがとうございます……」
「…………はい。 チョコパフェです」
「わ~! ありがと~ございます~! おいしそ~!」
春の陽気がなびく今日この頃。
本来なら適当に散歩に出かけるかカウンターでウトウトと無為な時間を浪費するところ、今日はピシッとこの店の制服を着て本業に励んでいた。
開店したばかりのこの店にいるのは俺と、2人の少女だけ。
一人は俺も知る可愛らしいアルバイトの子だが、彼女が連れてきた少女は初めて見る顔だった。
「ん~! おいひ~!」
パクリとチョコアイスを一口咥え、頬に手を当ていかにも美味しそうな表情を見せる少女。名を本永さんといったか。
彼女はその口調からひと目見て快活そうな少女だと思った。
深浦さんと同じ制服を着ているが多少着崩し、ピンクのブレザーを羽織って今も思ったことを素直に口にしている。
背丈は深浦さんと同じか少し小さいくらいだが、特筆すべきは遥かに大きいその胸部。
正面に座っている彼女よりも大きいその胸は、ブレザーの制服を大きく押し上げて相当な自己主張をしていた。
さっき店に入ってくる時駆け寄ってきたが、揺れる胸に思わず目を奪われそうになった。我慢できたのは深浦さんが居たからこそだろう。
一人なら絶対視線が胸から外れなかった。そして速攻で通報されてた。事案まっしぐらだ。
「すみません、いきなり来て注文しちゃって……」
「ううん、暇だったし喫茶店ってそういうものだから。 でももう学校終わったんだ。早いね」
時計を見るとまだ3時過ぎ。高校が終わるには少し早い時間だ。
いくつも砂糖を加えた彼女は、一口飲んで満足したように頷いてこちらに視線を移す。
「今日は保護者会の都合で早くなったんです。 それでこの子はですね――――」
「本永……さんだっけ? シンジョとか言ってたけど……なにそれ?」
「あ、シンジョは私達が通う高校の略称です。 ご存知ですか?」
「…………そういえば」
そういえば履歴書にも書いてあったし、俺も学生時代に聞いた覚えがある。
小学校から高校までの、エスカレーター式の女子校だ。『しんげつ』ではなく『しんづき』と読む。
お金持ちばかりのお嬢様学校…………とまではいかないが、私立のなかなか偏差値の高い学校だったと記憶している。
「人がほとんど居ないとこで、2人で話したいって言われたのでここしか思いつかなかったのですが……迷惑じゃないですか?」
「まぁ、2人はお客さんだし俺としては全然構わないけど……」
そう、別にそれくらい構わない。
まだまだバイトの時間には遠いしちゃんと客として来ている。そこに俺がどうこう言う資格はない。でも……
「なんというか、深浦さんからしたら正反対っぽい子で面食らってさ。 早速友達連れて来るなんて驚いたよ」
「え? いえっ……そのぅ……私達は友達といいますか……なんといいますか……」
「ん?」
彼女が言いよどんだところで、その視線は正面の本永さんへと移る。
視線を向けられた彼女もこちらに気づいたようで、口の端にチョコレートを付けながらピッと敬礼をして笑顔を見せつける。
「アタシとレミミンは今日知り合ったの! ほんの30分くらい前っ!」
「……………まじか」
苦笑いをするレミミ……深浦さんに、明るい笑顔を見せつける本永さん。
そんな距離感のおかしい彼女の繰り出す笑顔に、俺も苦笑いで返すほかないのであった。
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