003.お客さんの数は
「それじゃ、今日から頑張っていこうか」
「は…………はいっ!」
開店から約1週間…………そして初めてのお客さん?が来てからも約1週間。
これまでの時間殆どを使い、アルバイトを雇うということを学んだ俺は、無事土曜日を迎えられていた。
カウンターの内側で向かい合っているのは初日にやってきた少女――――深浦さん。
初日にバックレるという恐怖は杞憂に終わり、なんとか仕事の体面を保ってくれそうな彼女は小さく両手をギュッと握りしめる。
ちなみに、この1週間ほとんど…………いや、一切客は来なかった。
それを望んでこんな辺鄙な土地に開いたんだし上々だ。むしろ学ぶ時間が増えて嬉しかった。
「あぁそうだ。サイズ大丈夫? 一応フリーサイズを選んでみたけど…………」
「えっ……あ、はい。少しウエストは緩いですが、ベルトがあるので大丈夫です」
彼女のために急遽用意したのは、もうひとり分の制服。
俺の服ならいくつか予備があるがさすがにサイズが大きすぎて役に立たない。それに黒いシャツに黒いパンツ、そして腰回り用のボーダー柄エプロンという地味なものだ。
一方彼女のは白いシャツに茶色のロングスカート、そして紺色のエプロンと、スタイルこそ同じものの少し白色を混ぜてみた。そっちのほうが女性にも花があるだろうと思ったから。あと同じの買おうと思っても品切れだったし。
「でも…………」
「ん?」
「同じ服じゃ……ないんですね……」
ジッと俺を上から下まで眺めた彼女は小さく呟く。
え、一緒がよかったの?
こういうのって逆にリンクコーデだとかなんとか言って嫌がって、改造したがるんじゃないの? さすがに色替えまではともかく改造は許さないが。
「ごめん、これ売ってなかったからさ。あと地味だし」
「そうですか?」
「深浦さんには注文を受けてもらいたいから、服が明るめだといいんだよね。 …………客が来ればだけど」
「そうですか…………」
心なしか寂しそうに、小さく返事が返ってくる。
うーむ、合理的な判断だと思うんだけどな。客が来ればだけど。
「とりあえず、お客さんが来るまで待とうか。 はい、ここに座ってゆっくりしてて」
日中俺がここで座っている椅子に加え、新たに買ってきた同じものを彼女に差し出す。
二人して椅子に座り、頬杖を付きながらボーッと窓を見ていると、ふと隣の少女がピシッと背筋を伸ばしていることに気付く。
「……ねぇ、深浦さん」
「は……はいっ! お仕事ですか!?」
「いや……。お客さんはほとんど来ないからゆっくりしてていいよ」
ホント、来ないから。むしろ来ないように作ったから。
なんで開店したかって、趣味の一環に決まっている。
「でもお仕事中ですし……」
「いいのいいの。むしろ次からは勉強道具とか持ってきてもいいよ?」
初々しいなぁ……。
俺も初めてバイトした時なんかかなり張り切ってたのを思い出す。……半年もすれば慣れてダレていったけど。
「はい……」
そう了承しても彼女は肩の力を抜くだけで、ピシッと伸びた背筋は未だ健在だ。
もしかしたら随分と育ちのいいのかな?ならばあまり俺が言ってしまうのもよくないだろう。
「…………来ませんね」
「だねぇ」
二人カウンターに仲良く座りながら、ボーッとすること1時間と少し。
今まで静かだった空間にちょっとした会話が生まれる。
危ない危ない。もう少し遅かったら寝るところだった。
「ちなみにですが、一日何人ほど来られるんですか?」
「ん~? これまでなら0かなぁ?」
「……………へっ?」
一瞬固まって思わず聞き返してくる深浦さん。そんなに不思議なこと?
「0………ですか?」
「うん。 開店当日に深浦さんが来て以降は0。むしろこんな辺鄙で見つけにくい店に来るなんて凄いんだから」
「全然……見つけにくいなんて無かったんだけどなぁ…………」
その小さな独り言は、俺の耳にも届いてきた。
本当に? 俺も慣れるまでは地図見ても毎回迷うくらい入り組んでたんだけど。
履歴書にあった住所はこの辺じゃなかったけど、もしかしたら昔ここらに住んでたのかな?
「では、なんで街中に店を構えなかったんですか?」
「店は構えたかったけど、お客さんに来てほしくなかったから……かな?」
「…………? それって本末転倒なのでは……?」
そうだよね。そう思うよね。
でもほら……あるじゃん。知る人ぞ知るみたいな、それ以上に知られざる店みたいなこう…………。
もしかして少数派? いや、せめて男のロマンとかになるはず!
「ともかく、お客さんが来ないことは分かってるから。 でもお給料はちゃんと出すから心配しないで」
「でも…………なんだか悪い気が…………」
さすがに、そこらへんの勘定だってしっかりしている。
最低賃金くらいなら客が来なくたってどうにか払えるものだ。
「気にしないで。むしろこうやって話し相手になってくれてるし、華やかになってくれて嬉しいから」
「華やか……私がですか?」
「え? うん。だって深浦さん可愛いし」
「…………ふぇっ!?」
まさかと。思ってもみなかったのか、彼女はその言葉を咀嚼すると同時に顔を真っ赤に染める。
茶色の髪をしきりに手で触れ、その顔を見られたくないのか少し俺から背ける仕草。
そんなに驚くほどかな?少なくとも俺が今まで見た限りでは一番可愛い。同い年なら告白するグループの特攻隊長になっていたくらいだ。
おっと、これ以上思ってたら口に出て事案になってしまう。自重しないと。
「そ……そうですか…………。 私が可愛い……ですか……‥…えへへっ」
可愛い。
ニマニマと抑えきれない頬の緩みに真っ赤に染まった頬。
そして若干左右に揺れる身体も全て可愛い。可愛くて性格も良いとか、天は二物を与え過ぎなのでは?
「その……マスター……。 ありがとうございます……」
「お、おう……」
なんだかその控えめなお礼につられて、俺も照れてしまう。
そのまま互いになんとなく恥ずかしくなり、ついぞ話さなくなって見ていた扉は動く気配もない。
そんな時間は更に続き、彼女が帰るまでにやってきた客は、当然0人であった――――。
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