23、やっと帰って来れたと実感できた
静華さまと因縁がありそうな男に拐われ、白羽さまに助けられていつもの場所に戻ってきた翌日、俺は高熱を出して寝込んだ。静華さまや白羽さまに言われていたのと、隆幸さんが心配してくれたのもあってその日は神路神社の隆幸さんの住居に泊まらせてもらったが、夜中をすぎたあたりから寒気と頭痛が止まらなかった。
『辛いか?』
布団にくるまってガタガタ震える俺のそばにいつの間にか静華さまがいた。普段、隆幸さんの住居には決して入ってこないのに、今は俺のそばにいてくれる。具合は最悪に悪かったが、静華さまがそばにいると思うと安心できた。
『白羽の神域で数日とはいえ過ごしたからな。こちらの空気はいかに神社の中とはいえ神域ほど穢れがないとはいえぬ。清浄な空気に慣れた体が現世の穢れに軽い拒否反応を起こしているのだ。そなたは元はこちらの者。すぐに体も慣れて落ち着くはずだ』
そう言いながら静華さまが俺の頭を撫でるように手を動かす。温かい気配に俺は震えながら小さくうなずいた。
静華さまがいることに気づいた隆幸さんが俺の異変にも気づいて、高熱と頭痛でまわらない頭でなんとか静華さまに言われたことを伝えると、隆幸さんは朝まで付きっきりで俺の看病をしてくれた。そのおかげもあってか、俺の熱は朝にはだいぶ下がって震えも治まっていた。
「隆幸さん、迷惑かけてすみません。俺はもう大丈夫なんで、少しでも休んでください」
「迷惑なんて思ってないよ。具合が悪いときはお互いさまだからね。とはいえ僕も仕事があるし、少しだけ休ませてもらうね」
そう言いながらも何かあったらすぐに呼ぶようにと念を押して、隆幸さんはやっと自分の部屋に戻っていった。
たくさん心配をかけた上にさらに心配をかけてしまって申し訳なかったが、こればかりは俺にどうこうできることではなかったので、早く元気になって仕事をより一層頑張ることにした。
結局その日も隆幸さんの住居に泊まらせてもらい、現世に帰ってきて3日目でやっと元気になった。隆幸さんに念のためにあと1日休むように言われ、俺は久しぶりにアパートに戻った。アパートに戻るまでは白羽さまが一緒にきてくれて、またあの大きな羽を渡してくれた。
大家の茜さんには話してあると言われていたが、帰った足でアパートの敷地内にある茜さんたちが住んでいる家に挨拶に行くと、茜さんは泣いて喜んでくれた。心配をかけたことを謝って部屋に戻ると、そこは当たり前なのだが、出掛けたときのままだった。
とりあえず洗濯と掃除をする。買い出しに出た帰りに拐われたので冷蔵庫の中身はほぼ空。今日食べるものもないことにため息をついて、俺は買い出しに行くことにした。
アパートを出るとどこからともなく白羽さまがふわりと現れる。驚く俺に白羽さまは苦笑しながら『念のためだ』と言った。
『いつまた狙われるとも限らんからな。とりあえず今日はそばにいることにしたのさ。でないと静華がイライラして落ち着かない。君には迷惑な話だろうがな』
『迷惑なんてことはありませんよ。正直、まだ1人でいるのはちょっと怖いんで』
さすがに命の危険にさらされたばかりだ。また帰りにあの男が現れたらどうしようと思わなくはなかった。そう言うと白羽さまは『私がついているから安心しろ』と優しく笑ってくれた。
白羽さまと一緒に買い物をすませてアパートに戻った俺は、白羽さまを部屋まで誘ってみた。
『あの、今日は俺のそばにいてくれるなら、部屋にどうぞ?』
『いいのか?私がずっとそばにいて疲れないか?』
白羽さまの言葉に俺は首をかしげた。相手は神さまだから気を遣うのは当然だが、ほぼ毎日顔を合わせているから疲れるというほどではない。俺がそう言うと白羽さまは驚いたような顔をしながらも楽しげに笑った。
『そうか。あまり俺たちのような神のそばにいると、人間は神気にあてられて疲労を感じるものなんだが、君は大丈夫なんだな』
ならばお邪魔すると言って白羽さまも一緒にアパートの部屋に入る。部屋に入ると白羽さまは興味深そうにあちこち眺めていた。
『綺麗なものだな。というかあまり物がないんだな?』
「必要なものはちゃんとあるからいいんです。不自由はしてないですよ」
買ってきたものを冷蔵庫にしまいながら言う。2つ入ったショートケーキだけは皿に乗せて、1つを白羽さまの前において手を合わせた。
「白羽さま、よかったら食べてください。この前のお礼にもならないだろうけど」
『おや、いいのかい?では遠慮なくいただこう』
白羽さまはにこりと笑うと俺が供えたことで目の前に現れたケーキを食べ始めた。
『こういうものは初めてだな。どうにも神に供えるとなると人の子は饅頭やら団子やら多い』
「ああ、なんかわかる気がします。白羽さまはこういうのも好きかもと思ってケーキにしたけど、静華さまに供えるなら和菓子にしたと思うし。神さまって味とか好みあるんですか?」
俺が尋ねると白羽さまは少し考える素振りを見せた。
『そうだなあ。あまり考えたことはないが、私たちは供えられたものの味を感じるのではないからな。人の子が我らのことを考えて選び、供えてくれた。その心をもらっているようなものだから』
「よくわかんないけど、神さまのために選んだっていうのが大事で、味は感じないってことですか?」
『うっすらとは感じるが、好みというのはあまりないな』
よくわからなくて首をかしげながら尋ねる俺に白羽さまは笑って答えてくれた。
『君が私のために選んでくれたものだから美味い。そういうことさ』
「ふうん。まあ、美味いならよかったです」
そう言って俺ももう1つのケーキを食べ始める。白羽さまはそんな俺を優しい目で見ていた。
『明日からまた静華のところへ行くのかい?』
「はい。さすがに休みすぎたんで、明日からしっかり働きます」
『わかった。では明日からまたいつもの時間に迎えにくるとしよう』
静華さまの言葉に俺は「お世話になります」と頭を下げた。またいつ狙われるかわからない。そう言われると迎えにこなくても大丈夫なんて言えなかった。
その日、白羽さまは日が暮れてもアパートの俺の部屋にいてくれた。俺がそろそろ寝ると言うと、部屋からは出ていったが、それでも近くにいるような気配はあった。神さまは疲れないのだろうかと思いながらも、白羽さまがそばにいるという安心感から、俺は早めに布団に入ったにも関わらずすぐに眠ってしまった。
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