17、母の誕生日
その日は母の誕生日だった。朝、母はいつも通り仕事に出た。俺もいつも通りバイトに出る。
家を出て少しすると、目の前にふわりと白い羽が舞い落ちてきた。視線を上げると白羽さまがにこにこ笑って手を振っていた。
『おはようございます』
人目もあるので心の中で挨拶すると、すぐに『おはよう』と返事をしてくれた。
俺が妖に追われてからというもの、白羽さまは神社の行き帰りに必ず一緒にいてくれるようになった。さすがに休みの日までべったりは嫌だろうと、お守りになるからと大きな羽も一枚渡されていた。それは肌身離さず持っている。とても綺麗な白銀に輝く羽だった。
『今日は何か良いことがあるのか?』
神社に向かっていると白羽さまに尋ねられた。俺が首をかしげると『なにやら今日は落ち着きがないようだ』と言われた。
『今日は母親の誕生日なんです。俺、そんなにわかりやすいですか?』
『なるほどな。よくよくきみを見ているものでなければ気づかんだろうさ』
そう言って笑う白羽さまに俺は苦笑を返した。
神社の鳥居をくぐると白羽さまは社殿の屋根にいる静華さまのもとへ飛んで行く。俺は静華さまに頭を下げて挨拶すると、社務所に入って作務衣に着替えた。
「隆幸さん、おはようございます。あの、お願いがあるんですけど」
着替えを終えた俺が声をかけると、隆幸さんは驚いたように俺を見た。
「おはよう。お願いって何かな?」
「あの、今日少し早く上がらせてもらえませんか?今日、母親の誕生日で、ケーキ買って帰りたいなと思って」
正直かなり照れ臭かったが、早く上がりたい理由も言うと、隆幸さんはにっこり笑ってうなずいてくれた。
「もちろんいいよ。冬馬くんにはいつも頑張ってもらっているしね。お母さんの誕生日なら、早く帰ってお祝いしなきゃね」
「そんな大したことはしないんですけど、ありがとうございます。仕事はきっちりしますから」
隆幸さんはほどほどに頑張ってくれればいいと言っていたが、俺はいつも通り仕事をこなしていつもより2時間早く帰り支度をした。
『今日はもう帰るのか?』
着替えをして社務所を出ると静華さまがふわりと俺のところに降りてくる。いつもより早い時間に帰ることが不思議だったようで、体調でも悪いのかと尋ねる静華さまに俺は笑って首を振った。
「今日は母親の誕生日なんで、早めに上がらせてもらったんです。いつも通りだとケーキ屋にケーキ残ってないんで」
『誕生日?そうか』
母親の誕生日と聞いた静華さまは安心したような顔をして小さく微笑んだ。
『そなたの母の誕生日なら、我からも祝いを贈ろう』
静華さまはそう言うと周りを見渡して、境内で咲いていた寒椿を一枝折ってふっと息を吹き掛けた。
『それほど強い加護ではないが、そなたの母の健康を祈ろう』
そう言って差し出された寒椿を俺はそっと受け取った。
「ありがとうございます」
『よい。そなたの母がいなければ、我はそなたと出会えなかったのだから』
そう言う静華さまに俺は深く頭を下げた。
帰りはいつも通り白羽さまが一緒だった。ケーキ屋に寄ってケーキを4つ買った。母親が好きなイチゴのショートケーキを2つに和栗のモンブランを2つ。モンブランは明日神社に持っていって静華さまと白羽さまにお供えしようと思ったが、白羽さまが『俺なら持っていけるぞ?』と言ったのでそのまま持って行ってもらうことにした。
『神さまって触れないんだと思ってました』
『神格が高いとそうだな。俺は静華よりも神格が下で、どちらかと言えば妖怪にも近い部分があるからな。だからきみを神社まで運べたのさ』
そう言われて神社まで抱いて運ばれたことを思い出した俺は静華さまより格が下と聞いて妙に納得してしまった。
静華さまは見るからに神々しくて浮世離れしているというか、表情の変化も感情の起伏もあまりないと感じることがあるが、白羽さまは確かに神々しいが感情も表情も豊かだった。
家の前でモンブランが入った箱を白羽さまに渡す。白羽さまが飛び立つのを見送ってから家に入った俺は、ケーキを冷蔵庫入れて夕飯を作ろうと台所に立った。
母親はいつも通りの時間に帰ってきた。その手には赤いバラの花束があった。
「おかえり。すごいバラだな」
「ただいま。職場の人にもらったのよ。私も驚いちゃった」
母親はそう言いながらも嬉しそうにバラを眺めてからテーブルにおいた。
「夕飯できてる。着替えてきて」
「あら、そうなの?ありがとう。じゃあ着替えてくるわね」
そう言って母親が部屋に行くと、俺は自分の箪笥の引き出しからこの前買ったプレゼントを取り出した。それを寒椿と一緒に箪笥の上において食卓を用意する。母親が戻って来る頃には食べるばかりになっていた。
俺が作る料理は簡単なものばかりだ。今日もご飯に味噌汁と野菜炒め。そして、買ってきたイチゴのショートケーキが並ぶ食卓を見て母親は少し驚いた顔をした後、嬉しそうな笑顔になった。
「ケーキ、わざわざ買ってきてくれたの?」
「まあな。あと、これ」
そう言って俺はプレゼントと寒椿の枝を差し出した。
「まあ、ケーキだけじゃなくてプレゼントまで?どうしましょう。母さん嬉しくて泣いちゃいそうよ」
そう言いながら母親がプレゼントと寒椿を受け取る。寒椿をそっとテーブルにおいてプレゼントの包装を解いた母親は、出てきた手袋を見て目を潤ませていた。
「ありがとう。大事にするわね」
「おう」
照れ臭くてついぶっきらぼうな返事になってしまう。冷めてしまうから飯にしようと言う俺に笑って母親はテーブルについた。
2人でいつものように食事をしてケーキを食べる。細やかな誕生日のお祝いだが、母親はとても嬉しそうだった。
バラの花束と寒椿はそれぞれ違う花瓶に飾られた。バラは玄関に、寒椿は食卓の真ん中に飾られ、その後10日ほど食卓を彩ってくれた。
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