7、夜中に神様に呼ばれたら
紅葉した木の葉が落ち、そろそろ初雪も降りそうな季節になったある晩、家で寝ていた俺は急に目が覚めて猛烈な胸騒ぎに襲われた。
なぜか神路神社に行かなければならない気がして、俺は母親にメモを残し上着を手に家を出た。
時間は0時過ぎ、吐く息が白くなるほど寒い夜だった。神社の鳥居をくぐると待ち構えていた神様が俺の周りをぐるぐる回ってから社殿に向かって飛んだ。いつもふわふわ飛んでいる神様からは考えられないスピードで飛んでいく。嫌な予感がして俺は社殿に向かって走った。
神様は社殿の床下に入っていった。俺は懐中電灯を持っていなかったけど、幸い境内の電灯はついていてなんとか見える。俺は四つん這いになって社殿の床下に潜り込んだ。
神様は床下に少し入ったところにいた。そのそばには小学生くらいの男の子がうずくまっている。俺は慌てて男の子を抱き上げると床下を出た。いつからいたのか男の子の体は冷えきっている。俺は上着を脱いで男の子をくるむと隆幸さんの住居に走った。
「隆幸さん!隆幸さん!開けてください!」
呼び鈴を連打したあと戸をガンガン叩きながら叫ぶ。少しするとバタバタと足音が聞こえて慌てた様子で戸が開けられた。
「冬馬くん!?こんな時間にどうしたの?」
「話はあとです!中に入れてください!この子が死んじまう!」
焦ったように言う俺の腕に抱かれた男の子を見た隆幸さんはうなずくと家に上げてくれた。居間の暖房をつけて毛布で男の子をくるむ。何度か声をかけるとうっすら目を開けたが受け答えはできそうになかった。
「救急車を呼んだから。もう少し頑張って!」
消防に電話したあと隆幸さんが男の子に声をかける。俺は少しでも暖めようと男の子を抱き締めていた。
救急車がきて俺は男の子と一緒に病院に行った。隆幸さんは少し遅れてタクシーで病院にきてくれた。男の子は低体温症になってはいたが、幸い命に別状なかった。ただ、発見がもう少し遅れていれば危なかったと言われた。
男の子の身元がわからなかったことと、こんな時間に子どもが1人で神社にいたことから警察が呼ばれた。隆幸さんが見回りをしていた俺が男の子を見つけたんだと説明してくれたが、病院にきた警官の1人が疑うように俺を見た。
「きみ、一ノ瀬だろう?本当にただ見つけただけなのか?」
「それはどういう意味ですか?」
警官の言葉に隆幸さんが珍しく不機嫌そうな声を出す。俺はその警官に見覚えがあったから何も言えずにうつむいてしまった。
「彼、何度か補導されてるんですよ。ケンカもしょっちゅうだったし。よく彼を雇いましたね」
「それは、冬馬くんにあまりに失礼ではありませんか?」
隆幸さんが苛立ちを隠そうともせずに言うと、さすがに警官もバツの悪そうな顔をした。
「彼は真面目に仕事をしてくれています。参拝してくれる方々とも少しずつ交流をもてている。決して悪い子ではありませんよ」
「それは、すみません…」
隆幸さんに気圧されて警官が戸惑いながら謝罪を口にした。
男の子については捜索願も出されていないことから回復を待って事情を聞くことになり、俺と隆幸さんはタクシーで神社に帰った。
「冬馬くん、今さらだけどお母さんは大丈夫?こんな夜中に飛び出してきて心配してない?」
「メモはおいてきたんで大丈夫だと思います。それより、さっきは俺のために怒ってくれてありがとうございました」
そう言って頭を下げると隆幸さんは首を振って俺の頭をポンポン撫でた。
「きみがどういう人間かはわかっているつもりだから。僕もついカッとなっちゃった」
神社につくともう空が白み始める時間になっていたが、空にはどんよりと重い雲が垂れ込めていた。
タクシーを降りて鳥居をくぐると神様が安心したように微笑んで出迎えてくれた。
「教えてくれてありがとうございました。おかげであの子は助かりました」
そう言って神様に頭を下げると、神様は驚いたような顔をしたあと、にっこり笑って俺の頭を撫でた。
「そうか、冬馬くんは神様に呼ばれてきたんだね」
「そうです。寝てたら急に目が覚めて、胸騒ぎがしたから神社にきたら鳥居のとこで待ち構えてた神様に社殿の床下まで案内されました」
「なるほど。とにかくあの子が助かって良かった。冬馬くん、今日は仕事休んでもいいからまずは家に帰ってゆっくり休んでね」
隆幸さんは俺の説明に納得したように笑うとそう言ってホッカイロをくれた。
「ありがとうございます」
俺は礼を言って頭を下げるとホッカイロを受け取って家に帰った。
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