5、神様にもできないことがある
神様と目が合ってから数日、俺はいつもどおり仕事をしていた。ただ、あれから神様の視線を感じる。特に俺が社殿の周りにいるときは少し離れたところから俺を見ていた。
神様の視線を気にしつつ仕事をしていると、ランドセルを背負った男の子が参拝にきた。最近毎日学校帰りに寄って参拝していく。その表情がとても真剣で、俺も少し気になった。それに、いつもは嬉しそうに参拝者を見ている神様が、この男の子には悲しそうな顔をするんだ。
つい男の子を見つめていると帰ろうとした男の子と目が合った。驚いたような顔をしながら会釈する男の子に俺も頭を下げる。ちょうどポケットに飴が入っているのを思い出して俺は男の子に近づいた。
「最近毎日きてるな。これ、あげる」
ぶっきらぼうに言いながら飴を差し出すと、男の子はふにゃっと笑って受け取ってくれた。
「ありがとう、お兄ちゃん!お兄ちゃんこの神社の人?」
「俺はバイト」
「ふうん。ねえ、お兄ちゃん、神様っているよね?」
飴を握りながら尋ねる男の子に俺は首をかしげた。
「毎日一生懸命お祈りしてるけど、神様に何かお願いあるのか?」
「うん。お母さんがね、入院してるの。神様にお母さんが早く治りますようにってお願いしてるんだ」
男の子は「きっと叶えてくれるよね」と言うとパタパタと走っていってしまった。
俺はしばらく動けなかった。男の子の願いと神様の悲しそうな顔。それは、神様には叶えられない願いだとわかったから。
「冬馬くん、何かあった?」
「え?」
帰り際、隆幸さんに尋ねられて俺はハッと顔を上げた。男の子と話してから正直上の空だった。俺は隆幸さんに男の子の話と神様の話をした。
「あの子か。僕も気になってたんだけど、そっか。人には寿命がある。それは神様には変えられない。でも、あの子には辛いね」
「はい。あんなに一生懸命毎日お祈りしてるから」
「せめて、少しでも長くあの子がお母さんといられるといいね」
隆幸さんの言葉に俺は無言でうなずいた。
それからも男の子は毎日お参りにきていたが、1ヶ月くらい経つとパタリとこなくなった。お母さんが良くなったなら喜ばしいことだけど、神様の様子からそうでないと俺はわかっていた。
そんなある日、男の子がお父さんらしき男の人と参拝にやってきた。男の子は元気がなく、男の人の手を握ってうつむいていた。
神様はそんな男の子の周りを心配そうにふわふわと飛び、時には抱き締めたりと一生懸命慰めていた。
参拝を終えて帰ろうとしたとき、男の子が男の人に何か言い、2人は俺のほうに歩いてきた。
「あの、以前息子が飴をもらったそうで、ありがとうございました」
「あ、いえ…」
丁寧に頭を下げられて俺は慌てて頭を下げた。
「妻が、この子の母親が亡くなったんですが、毎日ここにお参りしていたと聞いて今日はお礼参りにきたんです。入院はしていましたが、医師に言われていたよりずっと長く生きられたので」
「そう、なんですか…」
俺はなんと言っていいかわからず、膝をつくとうつむいている男の子の頭を優しく撫でた。
「辛いよな。あんなに毎日お願いしてたもんな。でも、神様にもできないことがあるんだ。でもな、神様はお前のことちゃんと見てるぞ?頑張れって言ってる」
「…本当?」
少しだけ顔を上げた男の子に俺はうなずいた。
「神様にもできないことがあるけど、ちゃんと見ててくれる。だからお父さんと頑張れ。そんで、疲れたり泣きたくなったりしたらここに来い。神様はちゃんと聞いててくれるから」
「うん…」
俺の言葉に男の子はボロボロ泣いていた。
ひとしきり泣いたあと、顔を上げた男の子はどこかすっきりしていた。お父さんと手を繋ぎ、手を振って帰っていく男の子に俺は手を振り返した。
「はぁ~…」
男の子たちが帰ったあと、俺はベンチに座って頭を抱え、溜め息をついた。偉そうにあんなことを言ってしまったが、きっと変な奴だと思われただろう。でも、神様は本当に話を聞いていたし、男の子を慰めていた。これからも男の子の話を聞いてくれるだろう。そう思ったらつい言ってしまっていた。
「はぁ~…」
また溜め息をついたとき、頭にふわりと優しく温かい感触があった。思わず頭を抱えたまま固まる。この感触は人の手じゃない。きっと神様手だとなぜか思った。
ふっと気配が消えて顔を上げると、神様は社殿の屋根に座って俺に向かって手を振っていた。俺はそれに頭を下げて応えた。
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