4、神様に名前を教えてはいけない?
祭りが終わるとまた静かな日々が戻ってきた。俺はいつものように境内を掃除して、色が剥げてきたベンチにペンキを塗り直していた。
「冬馬くん、休憩にしよう」
声をかけられて顔を上げると、隆幸さんがお盆を2つ持って歩いてきた。
「おはぎをもらったんだ。嫌いでなければ一緒に食べよう」
「おはぎは好きです」
俺が答えると隆幸さんは「良かった」と言って笑い、おはぎとお茶が乗った盆を1つを俺に差し出した。
「じゃあこれを神様にお供えしてきてくれる?」
「わかりました」
うなずいて盆を受け取った俺は神様を探した。神様は社殿のそばの大きな木の枝に座って鳥たちと遊んでいた。神様がいる木の下に行って盆をおいて手を合わせる。すると、神様の前におはぎとお茶が現れる。神様はとても驚いた顔をしておはぎを見たあと、木の下にいる俺を見た。俺も見上げていたから神様と目が合う。神様が俺を見たのは初めてだった。神様は俺ににこりと笑うと美味そうにおはぎを食べ始めた。
隆幸さんのそばに戻って俺も隆幸さんと一緒におはぎを食べる。食べながら隆幸さんの視線は神様のいる木に向いていた。
「今日は神様はあそこにいらっしゃるの?」
「枝に座って、鳥と遊んでました。今はおはぎ食ってます」
俺が答えると隆幸さんは楽しそうに笑った。
「神様もおはぎ食べるんだね。お供えしたものを食べていただいていたなんて、嬉しいな」
「…さっき、初めて神様と目が合いました」
俺が言うと、隆幸さんは驚いたように俺を見た。
「今まではそんなことなかったの?」
「神様は参拝にくる人たちのことはよく見てるけど、俺が見てるときに目が合ったり、見られてると思ったことはないです」
俺の話を聞いた隆幸さんが真剣な表情をしているので驚いた。
「冬馬くん。万が一、神様に名前を聞かれてもフルネームを教えてはいけないよ?隠されてしまうかもしれないからね」
「隠される?」
「神隠し、って聞いたことないかい?神様は優しいだけじゃない。残酷な一面も持ち合わせているんだよ。神様がきみを気に入ってそばにおきたいと思ったとき、名を知っていれば神様の領域に連れていける。神様の領域に行けばこちら側にはそう簡単には戻れない。だから、名前を教えてはいけないよ。尋ねられたらせめて名字だけ教えるといい」
隆幸さんの真剣な表情と思ってもみなかった話に俺は言葉もなくコクコクとうなずいた。
おはぎを食べ終わってからベンチのペンキ塗りを再開した俺は、神様の視線を感じていた。今までこんなことなかったのに。隆幸さんから神隠しの話を聞いたこともあって俺は顔を上げて神様を見ることができなかった。神様のほうから何かしてくるかと思ったが、神様はただ見ているだけで何かされることはなかった。
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