第10話 そして「死ぬ」話
登りきった先には昔見た懐かしい景色が広がっていた。忘れかけていたあの頃の無邪気さ。
大人になるに連れて増えていく知識と演じる大切さ。無知が恥ずかしくて私は大人になるために演じていった。段々と子どもの頃の輝きは心の奥底に隠したまま消えかけていた。
人生で最も印象的で、絶対に忘れないと決めていたあの花火も大人の私は忘れかけていた。
ここは忘れかけていたあの景色を思い出させる場所だ。さらに、同じ景色を知る彼がその景色を鮮明にさせる。
いつの間にか消えていた苛立ち。
いつの間にか失われてた輝き。
輝けなかった私はきっと元の世界にいても輝きは失われていったのだろう。あのまま落ちていっていたんだ。だけど今は違う。今はこの世界に迷い込んで彼と出会って、昔の輝きを取り戻した。
そうか。これが幸せなんだ。
彼に深く求められている。私はここにいてもいいんだ。ほんとに私は幸せだと思う。
「どんな理不尽なことがおきても私はあなたを心から愛すわ。命に変えても、ね。」
思わず口から出た言葉。恥ずかしげもなく放てるのもこの場所で彼がいるからだ。
心が浮かれていく。
不安が見えなくなって、後は無知で無垢な私だけが残っている。
浮かれた心を体で表現していく。
声も上滑り、知らぬ間にぶりっ子みたくなっている。
あれっ?
キャッ──
足を滑らした。
ここは山の上。それも人間による手がほぼほぼ届いていない。こんな荒れた場所にある崖。私は底へと足を踏み入れたみたいだ。
深い深い暗闇へと落ちかけていく。
「間に合えっ!」
引っ張られる。死への落下が防がれるように、私は土の上に引き戻された。
代わりに、彼が崖の外に出てしまい奈落の底に落ちていった。
夜の闇の中で、何が起きたのか一瞬分からなくなった。
ただ、何が起きているのか分からず立ち尽くすだけ。
ハッとして、救急車に向けて発信する。私自身何言っているのか分からない。ただ信じられない状態に動揺しながら、最悪な展開にならないでくれと祈るばかりだった。
鳴り響く救急車の音。
サイレンの残響。
あの輝かしき景色が瞬く間に混沌とした景色に変わっていた。
植物状態──
ベッドの上で横たわる彼の姿。感情も愛情も全てがない。ただ息をしているだけ。
全てが私のせいだった。
私が飛び出さなければ。呼び出さなければ。足を踏み外さなければ。こんなことにならなかった。私のせいで彼がこんなことになった。
「私のせいで。」
彼はまだ死んじゃいない。
意識を取り戻すことを待ち望んでいた。今も尚、死にかけていく媒体。ただ無理やり死を遅延しているだけの状態。もう無理なのだと分かっているはずなのに私は奇跡を信じ続けた。
毎日毎日病院にお世話になって、彼とお話をしていた。話しかけてもうんともすんとも言ってはくれない。相槌も打ってはくれない。反応なんて一切ない。それでも私は話しかけ続けた。
何日も何日も行き続けた。
早く彼の声が聴きたいな。
どうか神様、奇跡を起こして下さい。
冷たくて何にも感じない手のひら。その手を温めようと優しく強く握っても何にも起きない。いつの間にか涙がその手のひらにこぼれていた。
病院が家のような場所となった。
諦めきれない私は何度も何度も神に縋った。
けれども、神は意地悪だった。
段々と死に向かっていく姿。
見るに堪えないその姿。
神によって小さく波打つ周波が、直線に変わった。
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