第7話 ''急転直下''

「俺は君に消えて欲しくなくて。だから、そのごめん。俺のしたことはやり過ぎだったかも知れない。」

「うん」と無愛想に返された。

 そのまま歩き出す彼女は、夜の階段を歩いていった。

 土の上に乗る小マルタを踏んで上へ上へと進んでいく。

「ごめん。怒ってるよね。」

「怒ってるよ。けど、一番はアンタにじゃない。私自身にすごくイラつくの。」

 土の上の階段を登りきると今度は舗道されていない土の道を登っていく。

 登った先にある懐かしい景色。

 変わり果てた開けた土地に涙が出そうだ。

「私ね、私をもう見つけたの。誰なのかは消されるから言えないけど。」

「そうなんだ。良かった。消されなくて。」

「十年前そこらのコロナ時代で、コロナ終息が一年早いか遅いか。それがここの世界ともう一つの世界との違い。たったそれだけ。二つは全く変わらないこともあって、同じような歴史と歩みがあるのは確か──」

 月明かりの下、夜の森は神秘的に揺らめく。

「一方でたった小さな違いで段違いの結果になることもあるのも確か。そのバタフライエフェクトが男と女を分け隔てたの。ねぇ、この景色、知ってる?」

 知っている。この景色を。

 それは確か小学生の頃に体験した一夏。

「誰にも共感できないと思ってた。一人で見たこの景色。あの時は、さらに美しかった。夏休み。ここからうっすり見える──」

「夏の花火──」

 今は夜空に浮かぶ星屑しか見えない。

 それでも。

 二人で共有した懐かしき夢花火。その思い出の重なりが感動を生み出していた。

「ありがとう。何にも見えないけど、私には見える。お陰でイライラも落ち着いてきた。」

 土の上がへこんでいく。

 重量と体重を地面にかけていく。

「勝手に飛び出してごめんなさい。考えを改めて来てくれたの、すごく嬉しかった。またよりを戻して下さい。」

「こちらこそごめん。身勝手なことを言って。俺は決めたよ。拘束なんかしない。どんな理不尽なことがおきても俺が絶対に守る。例え命に変えても。」

「そんな漫画みたいなダサイ台詞せりふ、スマホで録音しとけば良かった。理不尽なことがおきても俺が守る、って。ふはっ。」

 そんな他愛ないことで笑いながら懐かしい土を踏みしめていた。

「あなたが誰であろうと。あなたは私の恩人で、趣味が一致するヲタ友で、同じ家に住む家族で、それでいて私が恋した愛人。どんな理不尽なことがおきても私はあなたを心から愛すわ。命に変えても、ね。」

 ふわふわとしたオーラで適当にその場を歩きしめる。所々にできた足跡を夜の暗さが隠していた。

 一悶着は一段落。

 疲労が一気にやってきそうだ。疲労の予兆が知らされた。

 これからはようやく幸せな時間が過ごせる。

 それを考えるだけで時間は勝手に過ぎていきそうだ。


 キャッ──


 猫の叫ぶ声のような悲鳴。彼女の声が俺の体を勝手に動かしていく。頭で考えるより先に体が動いているようだ。

 彼女の体を掴んで俺のいた方向に投げ飛ばした。が、勢い余って俺は彼女が進んで行った方向に倒れていった。

 唐突な無重力。

 夜の静けさと真っ暗闇が何がおきているのかを悟らせない。

 頭に隕石が落ちてきたような感触。

 その壮絶な痛みだけが何度も頭の中で繰り返されていった。

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