第6話 恋と不自由と涅槃(ニルヴァーナ)
疲弊したオーラを周りに漂わせながら玄関のドアを開いた。「ただいま」と響かせる。
久しぶりに見た覇気がない見た目なのに内なるところに覇気のある存在。父は「おかえり」と返した。
「帰ってきてたんだ。」
「まあな。有給消化するに当たって長期休暇が取れたから。それより……、まさか女の子を拾って、そして暮らしているとはな」
胸の中で恥ずかしい気持ちが吹き上がる。
「私と会うとすぐに「お父さん」と呼んできたよ。もうそこまで発展してるとはやるじゃないか。」
「冷やかさないでよ。」
そのまま部屋へと直行した。
荷物を投げ下ろす。
ガチャン。
家に入る誰か。踵を返して進んだ先には彼女がいた。彼女は遊びにいっていたみたいだ。
ふと今日の電車の中のことを思い出す。
消えていく姿と彼女の姿が重なっていく。
心の中はもう幸せよりも不安感が占めていた。その不安を隠しながら、いつもの俺を演じていく。
きっと前までの俺なら楽しいと感じていたのだろうな。だから、ここは楽しいと表現しよう。この変化が悟られないように。
楽しいには楽しいんだ。
だけど、それ以上に不安が心を占めているんだ。
まだまだ小さな不安。それがゆっくりと大きくなっていくのに、俺は見て見ぬふりをした。
もう何日、知らんぷりしているのだろうか。
夢の中で、俺の知らない所で君は君の本物と鉢合わせて、そしてセカイにドッペルゲンガーだと気づかれた。そのまま消された彼女。俺は気づかない場所で、ただただ嘆くばかりだった。
ハッと目を覚ました。
地下水に溜まった泥水が溢れ出しマンホールを押し出そうとする。今までは外へと出ることはなかったのに、あの夢のせいでマンホールは外れ、不安という泥水が外へと出てしまった。
思わず放った言葉。
彼女がドッペルゲンガーに合わないよう、無意識的に俺はこの家に閉じ込めようとしていた。
それが束縛ということに俺は気づいていなかった。
「出てく。さよなら。──せっかく自由になれたのに。」
ガチャン。
一枚隔てたドア。手を伸ばしても届きはしない。
俺にはもう無理だと諦めた。
このどうしようもない気持ちを、途方もない心の傷を、責任転嫁した。自分の心を守るために、俺は彼女が悪いと思い込ませた。
一人俺の部屋に閉じこもってベッドへとダイブする。
そして伸ばしきれなかった手を伸ばしてみる。
天井につく電気に届くことはない。
それと同じくしてこの虚しさを埋めるものは俺の手の届く所にはない。
「一体俺はどうすれば。」
目を瞑り、片腕で瞼を隠す。
冷静になっていく脳。
彼女を自由にさせたい。けど、死というリスクがあるので不自由さも必要だ。何が正解で何が不正解なのか。何一つ分からなくて俺は何もできなかった。
このまま何もしなければ──。
俺は失ったまま、取り戻すことも無く終わる。
「行動するしかないな。どう転んでもいい。話し合おう。」
スマホを手に取った。
恐る恐る電話帳から彼女の連絡先に触れた。
『何? なんかいい残したことでもあってかけてきたの? 私は束縛する男とは付き合いきれないから。』
『ごめん。俺──あんたが俺の知らない所で消えてしまうんじゃないかって思って、勝手に不安になって……。気持ちを考えずそうしようとしてごめん。けど、俺はまだ迷走中だ。心がもやもやするんだ。直接あって話がしたい。じゃないと俺もアンタも後悔すると思うんだ。』
『分かった。私もちょうど話をしたいと思ってたんだ。私も冷静じゃなかったし。』
そして、小さく呟かれた。
『あなたの小学生の頃にあった裏山。よく肝試しにいった場所よ。そこのゴール地点にいるわ。』
相当出遅れたスタートダッシュ。
ガチャン。
夜が落ちてきた空模様。
俺はただスマホを握りしめて、無鉄砲に走り出していた。
場所は公園だ。
それを俺の口から言ったことはないが何故か彼女は知っているようだった。きっと全てがお見通しなのだろう。
俺は必死に走っていった。
小学生の頃。よく肝試しを行った時の、その暗さと同じ闇。子どもには暗すぎて、俺ら大人には普通な景色だった。
『やっぱり辿りついたんだ。じゃあ、私の思ってた通りなんだね。』
木にもたれかかって話しかけている。
昔の俺と同じ冷たいけど奥底は優しいようなオーラを放っている。どこか懐かしいようなオーラに俺は思わず立ち止まっていた。
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