第3話 ニタモノ艶舞

 俺は世間的に見て無価値な人間だ。

 特技なんてものない。他人と比べて突飛抜けたことなんてできない。趣味は音楽を聞くこと。有象無象の一種でしかない。

 そんな俺は味気のない料理。

 彼女はそんな料理を気に入ってくれるだろうか。いや、そんなことないだろうな。

 と、思っていた。

「あたし、そのゲーム、好きなんだ。」

 部屋を見て目を輝かす彼女。俺のスマホ画面に映る音ゲーを盗み見ていた。

「俺、歌聞くの好きで。ついでに音ゲーも沢山やっているんだよね。」

「へぇ。好きな曲は何なの?」

「俺は……syudouのビターチョコデコレーションって曲が好きだな。」

「めっちゃ分かる。あたしはそれも好きだけど、本人が歌ってるギャンブルって曲がめっちゃ好き。」

 無垢な子どものようにはしゃぐ姿が俺の心を弾ませる。表面は冷静を装っても心は溶けて素が現れていった。

「ねぇ、あの曲は知ってる? 幽霊東京。」

「ちょっとは知ってるよ。あまり聞いたことはなくてさ。」

「じゃあ聞いてみてよ。おすすめだからさ。」

 他愛ない会話かも知れない。

 俺にとっては味気ない料理かも知れない。作った本人にとって、その料理は見慣れたものだから。だけど、彼女にとっては初めて見る料理なんだ。俺とは見方考え方は違っている。味の感覚も違うんだ。

 なんでそんなことに気づかなかったんだろう。

 他愛ない生活が続けられていく。

 気が合うのか好きなものが同じ二人。楽しい日々が過ぎていく。母親とも仲良くなって、俺と楽しい日々を過ごして、彼女はほっぺたが落ちるほど嬉しそうだ。

 なんで気づかなかったんだろう。俺が「俺は無味無臭」と決めつけて羽ばたくのを防いでいた。早く気づけば、きっと楽しいことは今以上に目の前に開けてたのに。

 時には喧嘩して、それでも仲直りして。

 絶対に失いたくない。

 彼女はいつでも死ぬかもしれない存在。

 絶対に失いたくないから、俺は彼女を守る。彼女を消そうとするのはこのセカイだ。俺はこのセカイから彼女を守ってやる。

「あれ、何なんだろう。この気持ち……」

 この決意に至る過程にある気持ちが隠されていることに気づいた。

 周りでネットで在り来りに溢れているもの。

 その気持ちは恥ずかしくて前には出せない。

 俺は彼女のことが……、恥ずかしすぎて言葉にできない。


 イタッ。


 浮かれてたのか、俺はタンスの角に足の小指をぶつけていた。

 イテェと嘆きながら、その場にうずくまった。

 痛さを思い出しながら、気持ちを整理していく。言わなきゃ何にも伝わらない。いつ消えても仕方ない彼女を思い出すと、言わなくて後悔するんじゃないか、という気持ちが強くより強くなっていた。

「俺は……の前、で、この想いを表明しよう。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る