第十八話 恐竜

「《凄風ウィンド》」


 相手に負けないほどの唸りを上げて飛んでいく風。それは前方で衝突し、接触点を大きく揺るがす。


 圧力に押されて勢いを落とす恐竜。突風は相手に傷をつけることはなかったが、大きく速度を抑制させることに成功した。


 俺は同時に相手の方に突っ込む。訓練で鍛えた足腰から発生する突撃。エリーのそれには遠く及ばないが、相手の注意を集めるには充分だ。これで雪野たちには攻撃が向かないようにヘイトを集める……!


 相手の直前で進路を変え、巨体の横を抜けると、釣られるように恐竜はその頭を向けた。


 奴はまだ体をこちらに向けきれていない。この機会を逃さないため、確実に急所を狙っていく。


 剣先を定めて詠唱をしようとした時、相手はこちらに体の正面を向けようとはせず、途中で溜めるように動きを止める。


 違和感を覚えるこの動作……。何か嫌な予感を感じ、攻撃をやめて身構える。


 その時、恐竜の体が逆方向に急に回転したかと思うと、鞭のような鋭さでしなる何かが視界に映る。これは、尻尾を使った攻撃………!?


 そう気づいた時には一足遅い。詠唱やバックステップをする間もなく、それは高速で迫る。


 俺は咄嗟に剣の腹を空いた左手で支え、両手に持った状態でガードする。完全な防御体制。


 しかし、その巨体に潜む恐ろしい力は、防御を貫通し俺を大きく飛ばした。


 受け身も取れずに、道路に転がるように落ちる。 


 まともな対策はできなかったが、運良く障害物がないところだった。おかげで致命傷は免れたが、体の痛みは尋常ではない。


 こちらの状態を察してか、相手は追撃をしようと猛然と迫ってくる。


 痛む肩をさすりつつ膝立ちになり、右腕を持ち上げてとにかく口を動かす。


「《火炎フレイム》」


 咄嗟に選んだのは火属性魔術。狙いが定まらない中放った炎の槍は、相手の右半身を焼き尽くそうと微細に揺れながら進む。


 が、それは命中と同時に拡散し、裂かれた炎は広範囲に散る。皮膚を軽く炙った程度で確かなダメージを与えられない。


 発生した火の粉が舞う中、俺は右真横に飛び、ギリギリで突進を躱す。紙一重の一瞬に背筋の冷感を覚えるが、このままだと行き着く先は同じ。怯んでいる暇ない。


 振り向く時間も惜しく、右後方に剣を向けてすかさず詠唱。


「《石塊クラスター》」


 土属性魔術。でこぼこした硬質な岩が飛び、同じく硬い相手の横っ腹に命中する。

 

 恐竜はよろけるが、構わず尻尾で薙ぎ払って来る。俺は真正面にしっかり相手を捉え、今度は防御ではなく、こちらも攻撃に出る。


「…………《石塊クラスター》」

 

 神経を研ぎ澄ませ、エリーとの模擬戦をイメージしながら放った土属性魔術。出来るだけ百パーセントのパフォーマンスを出せるように、焦らず、慌てず、迷わずに……ただ精度を求めて撃ったそれは、迫る尻尾を正確に叩いた。


 まさに奇跡とも言えるこの瞬間は、エリーの訓練によって培われた確かな成果。


 勢いを殺した攻撃を余裕を持って躱すと、その頭を吹っ飛ばすイメージでもう一度撃つ。


「《石塊クラスター》!」


 再度土属性魔術。こちらの正面に向く顔に向かった飛翔物は、確かな手応えと共にクリーンヒットした。


 弾けるように破片が飛び散り、それが自分の頭にまで降りかかる。


 今までで最大のよろめきと後退り。初めて相手を後退させた。しかし、倒れる様子はない。あまりにも頑丈すぎる。


 エリーはこんな奴を一閃の斬撃で倒していたのだ。彼が規格外なのを改めて実感する。


 二、三度バックステップを重ね、十分に距離を取る。また振り出しに戻った。

 

「このやろ………」


 先程放った土属性魔術三連続。あれだけ当てても微々たるダメージしか与えられていない。やはりあの硬い皮膚は、基礎魔術だけじゃどうしようもないのか。


 違う方法を考える。エリーと同じように剣術で攻めるか……俺と違ってこの剣自体は一級品。切れ味は半端ないはずだ。


 他には……もっと近距離で魔術を当てる……さすがの恐竜でもクリーンヒットを与え続ければいつかは倒れるだろう。今にも倒れそうな俺にはおそらく無理だが……。


 俺はあたりを見回す。今まで魔物にばかり集中していて、周りの環境を利用できていなかったかもしれない。


 しかし、目に止まるのは奥の体育館が破壊されていく様子だけ、そしてさらに奥には新たな魔物の影……。あまり時間もかけていられない。

 

 すると、俺の思考を妨げるように、魔物はもう何度目かもわからない突進をして来た。

 

 とにかく早く仕留めるには……攻める……しかない。それも偽りのものではなく、正真正銘の捨て身の特攻。


 勢いが弱まることはなく、圧倒的な迫力を持った巨体が、一直線に向かって来る。


 速い……めちゃくちゃ速いけど、逃げてはダメだ。がむしゃらに意思を固めると、右手をまっすぐに伸ばし、左手を軽く曲げた体制になる。


 大地に波を伝える敵の足音に呼応するように、胸の奥の臓は激しく振動する。


 前方には自分を喰らおうとする、牙を剥き出しにした怪物。恐怖心をこれでもかというほど掻き立てるその姿は、想像に難くないリアルな死を頭に浮かばせる。


 逃げない……やる………やる、やるしかない……!……逃げない……!


 狂ったように自分自身に訴えかけるが、返ってくるのは収まることを知らない震えのみ。

 

 頭の焦りは全身に伝わり、身体中の神経を凍らせるように鈍らせた。


 上手く、足が、腕が動かない……手足が固い…。

 

 硬直した体に鞭を打つように左胸を叩くと、できるだけ相手を引きつけて詠唱する。


「《水撃スプラッシュ》」


 これまでの戦闘で分かったこと……それはダメージを与えるのは難しいが、魔術を当てるのはそこまで難しくないということ。


 顔面……いや、眼球目掛けて放った水弾は目標に直撃した。相手は大きく唸りを上げるが、止まることなく迫って来る。


 俺は左にサイドステップすると、横に水平に構えた剣を相手の軌道上に置いた。すぐ脇を通り過ぎようとする巨体に、相手の勢いも利用した水平斬りを放つ。


 鈍い音を立てて刃と体がぶつかる。硬い皮膚はこの剣の斬撃すらも防ぐのかと思わせたが、同時に殻を割るような感触が右手に走った。


 赤黒い鮮血を飛ばしながら裂かれる横っ腹、浅く突き刺さった剣が数センチ進むたびに、俺の右腕は軋みながら悲鳴をあげる。時折り弾かれそうになるが、剣を離すことなく皮膚の抵抗を突破していく。


 そしてその一瞬の斬撃の最後、刃が体を通り過ぎる直前、俺は叫ぶように詠唱する。


「《火炎フレイム》!!」


 今まで幾度となく俺の魔術を拒んできた硬すぎる皮膚。それを突破するための火力を持ち備えていないなら、その部分を避けるのみ。内側から攻撃を与えるのだ。


 皮膚を破って刺さった剣先から、炎の槍が生成。それが同時に体内で爆散し、内側から溢れる火炎が全身を隙間なく埋め尽くす。


 悲痛な叫びを上げながら悶える恐竜を背に、思いっきり剣を振り抜く。倒れ込むように地面に転がると、背後で魔物が倒れる音が響いた。


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